―[その判決に異議あり!]―

 厚木基地周辺の住民約8000人が国に損害賠償を求めた訴訟で、横浜地裁は11月19日、国に総額39億円の支払いを命じた。原告側は今回、飛行差止め請求を断念し賠償請求のみを提起。
過去の訴訟では一度も飛行差止めが認められていなかった。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「厚木基地騒音訴訟(横浜地裁)」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

厚木基地騒音訴訟「国に39億円の支払い命令」。元最高裁長官が...の画像はこちら >>

元最高裁長官が直接電話で圧力

 厚木基地騒音訴訟で、’25年11月19日、横浜地裁は国に39億円の支払いを命じた。1976年の第1次訴訟以来、裁判所は国の責任を認め、多額の賠償金の支払いを命じている。だが、騒音の元凶となっている米軍機と自衛隊機の飛行差し止めは認めず、損害賠償のみを命じる判決を繰り返してきたこともあって、今回、原告が提起したのは損害賠償請求のみだった。

 なぜ、基地の周辺住民に健康被害をもたらしていることが明らかなのに、裁判所は頑として飛行差し止めを認めないのか?

 それは1981年に、民間飛行機の飛行差し止め請求を認めなかった大阪空港(伊丹空港)騒音公害訴訟の最高裁大法廷の判断が足かせとなっているからだ。

 実はこの事件は、日本における三権分立が建前に過ぎないということをもっともわかりやすく実証した判決であった。当時、最高裁は限度を超える騒音をまき散らす航空機の飛行は違法だとして、その差止め請求を認めることも検討していた。しかし、それに待ったをかけたのが運輸省(現・国交省)だった。そんな最高裁大法廷判決が出れば、航空行政に多大な支障が生じるからである。

 運輸省は法務省経由で最高裁に圧力をかけようと、すでに退官している元最高裁長官へ依頼。司法のトップにいた人間でありながら、あろうことか現職の最高裁長官に直接電話し「この請求を認めるな」と釘を刺したのである。

「団藤ノート」が暴いたエセ三権分立

 その結果、請求を認めない最高裁大法廷判決が出されることになるが、当時、最高裁判事の一人だった団藤重光氏が経緯の一部始終をノートに記録。
後に、この「団藤ノート」を譲り受けた龍谷大学が公開したことで、日本の三権分立を揺るがす驚愕の事態が明らかとなったのだ。

 しかし、行政府の圧力を受けたとはいえ、これは最高裁大法廷判決だ。下級審裁判官はこれに従うしかない。以来、下級審で飛行差止め請求が認められることはなくなり、最高裁自身も自衛隊機の飛行について同様の判断を出し続けている。

 それでも厚木基地の付近住民らは定期的に損害賠償と飛行差止めを求め続けてきた。今回の訴訟では飛行差止め請求はせず損害賠償請求のみをしている。これは、どうせ認めてもらえないからだ。運輸省の圧力に屈した最高裁の判断から始まったことだが、ついに住民ら自身も飛行差止め請求を断念するようになったのである。

 こうした航空機騒音訴訟は全国で起こされており、同じように損害賠償請求だけが定期的に認められている。その結果、日本中で受忍限度を上回る騒音を発生する違法な航空行政がまかり通っている。

 違法な行政で国民が被害を受けているのだから、本来なら「人権の砦」である司法が救済すべきなのは言うまでもない。しかし、日本ではそうはならない。
なぜなら、過去の最高裁判決がそれを阻んでいるからだ。

 今後も航空機騒音訴訟のニュースは定期的に報道されるだろう。それを目にするたびに、この国の三権分立がその程度のものであることを思い起こしてほしい。

<文/岡口基一>

―[その判決に異議あり!]―

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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