私小説『夫のちんぽが入らない』の衝撃から9年。著者こだまさんが初めて挑んだ創作小説『けんちゃん』の舞台は、特別支援学校だ。
寄宿舎で出会った子どもたちとの時間をもとに、こだまさんは何を描こうとしたのか。静かに積み重ねられた物語の背景と、そこに込めた思いを聞いた。
「“障害者はこう思ってるはず”と型にはめられがち」――障害の...の画像はこちら >>

特別支援学校の生徒が凝り固まった生き方をほぐしてくれた

――今回の物語の舞台である特別支援学校と、こだまさんにはどんな接点があったのでしょうか。

こだま 20代の小学校教員時代、クラスに発達障害と言語障害を併せ持つ子がいました。すぐにカッとなって椅子を投げたり、よく友達と喧嘩になったりしがちな子で、私も知識や経験が浅くてどう接したらいいか悩んだ覚えがあります。
 その後、学級崩壊を経験して教員をやめ30代後半になった頃、特別支援学校に併設された寄宿舎での求人を見つけたんです。「夜勤・早番あり」という条件をみるとハードそうだし、「学校」という場への拒否感はまだあったけど、「自分が教壇に立つわけではないなら」と、ちょっと気持ちが動いて……。実際、1対1で接することが中心になるのは向いていたようで、持病が悪化するまでの約3年間、そこで働きました。

――『けんちゃん』はその実体験がベースになっているのでしょうか?

こだま 寄宿舎指導員の多田野先生の設定は自分に近い。寄宿舎で働く職員として見てきた景色を、そのまま小説に移し替えた部分が多いですね。けんちゃんのモデルになるような存在の子もいて、彼は吃音があり、いつもノートやホワイトボードを持ち歩き、大喜利のようにくすっと笑える一言をくれた。ドリフが好きだったり、やたらキザなポーズを決めたりも。そういう奇想天外さが、当時凝り固まっていた私の生き方にいい影響を与えてくれました。


――その体験を、小説に落とし込もうとしたきっかけは何だったのでしょうか?

こだま 2017年に発表したデビュー作『夫のちんぽが入らない』を書き終えそうな頃から、同じ担当編集の高石智一さんから「次は、けんちゃんで」と推されていたんです。というのも、私がたびたびブログや同人誌のエッセイにけんちゃんを登場させていて、「めちゃくちゃおもしろいですね」と興味を持ってくださっていて。
「エッセイでも小説でもいいですよ」と言われましたが、私のなかでは障害のある子をそのまま綴るエッセイには抵抗感があった。だからきちんと「創作小説」として形にしたかったんです。ただ、小説の書き方がまったくわかりませんでした。小説にしようと決めてからもなかなか筆が進みませんでした。

――それで構想から9年……。

こだま 「こんな感じで書いてみました」と原稿を送ると、高石さんは赤字を入れながらもたくさん褒めてくれました。だけど、自分で読み返すと「これはわざとらしい」「嘘っぽいな」と引っかかる描写が気になって仕方なくなり、また最初から書き直す。完成原稿に、初期の面影はほぼ残ってないと思います(笑)。だからこそ、きちんと1冊の形に残せた達成感は大きいですね。

「“障害者はこう思ってるはず”と型にはめられがち」――障害のある子どもたちと接した経験を小説に

障害のある子どもが特別扱いを求めているとは限らない

――こだまさんの肌感として、現在、障害のある人たちは社会からどう見られていると思いますか?

こだま SNSには極端な感情が溢れているように思います。
「みんな仲良く、障害なんて関係なく接しよう」という考えもあれば、「とにかく関わりたくない」という人もいて。強い否定の言葉も飛び交っていますが、そういう発言を当事者やご家族が読んだら……と思うと苦しくなります。

――作中では、けんちゃんをはじめとする、特別支援学校で過ごす子どもたちへの視線の向け方がひとつのポイントだったと思います。たとえば、施設の近所にあるコンビニ店長は「障害のある若者には丁寧に対応してあげなきゃ」という姿勢なのに対し、七尾光という同店の店員は障害者に過剰に寄り添うことへの違和感を覚えていた。そこにはどんなメッセージが込められていますか?

こだま 現場で障害のある子どもたちと接していると、彼らは決して特別扱いなんか求めていないことに気づいたんです。周りが「〇〇してあげなければいけない」と勝手に身構えているだけで、彼ら自身は私たちと変わらない生活者のひとり。本人は時間がかかっても自分でやってみたいと思っているのに、良かれと思って先回りしていることがある。もちろん、彼らが助けを求めるなら手を貸せばいいけれど、基本的にはフラットな視点で接してほしいという思いは、伝えたいことのひとつでした。

――一方で、作中には、障害者によって怖い思いをした人の気持ちも無視できない、という思いも反映されていました。

こだま 普段から障害のある人に接していないと、突然大きな声を出されたり、つきまとわれたりした経験だけが、その人にとっての障害者像になってしまう。その怖かった感情を否定することは決してできないから、簡単に「怖がらないで」とは言えないです。それでも、その溝を埋める方法はないのか――。
この物語を書きながらずっと考えてきたテーマだし、作中人物も何度も口にしていますが、結局は何度もやりとりを重ねて、お互いを知っていくしかないのかなと思っています。

――最後に、この本を読んで、障害を持つ人々に向ける視線が変わってほしいという思いはありますか?

こだま 正直、私が何か言える立場なのかはわかりません。ただ、「障害者」と一括りにされがちだけど、その程度も、家族構成も、暮らし方もすべてがそれぞれ違うということ。その人が何を必要としているか、してほしいこと、してほしくないことは何なのか。ひとりひとり違うはずなのに「障害者はこう思ってるはず」と型にはめられがちなことが多い。障害があってもなくても、同じ世界で普通に暮らしている人間だという感覚が、もっと当たり前になってほしいと願っています。

「“障害者はこう思ってるはず”と型にはめられがち」――障害のある子どもたちと接した経験を小説に
障害を抱える青年と人々の交流を描いた連作小説『けんちゃん』(扶桑社)
こだま
作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる

取材・文/田中 慧(清談社) 撮影/杉原洋平
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