■「コメ」は国税局資料調査課の隠語
1987年に公開された映画『マルサの女』により、それまで国税の隠語で一般には知られていなかった「マルサ=国税局査察部」が公のものとなった。国税の隠語には、名詞などの前に「マル」をつける習慣がある。代表者を指すときには「マルダイ」、対象者は「マルタイ」。で、査察は「マルサ」となるわけである。ただ、マルサが知られるようになり、隠語は「6階」(大手町合同庁舎2号館の6階に査察部があった)、または「旧6階」とか「3階」(大手町合同庁舎3号館の3階に査察部があった)と変わった。現築地庁舎に移転してからは何と呼ばれているのか知らない。
国税局査察部は、国税通則法(旧国税犯則取締法の犯則手続きが編入された)に基づく調査で、裁判所の令状をもって強制調査を行う部署である。目的は、脱税者を塀の向こうに送るべく、検察庁に告発することである。
よって、査察官の存在意義は、脱税者のうち、できるだけ多くを捕捉し、調査を行い、告発することにある。マルサの調査は、徹底した内偵により、脱税した所得の証拠(「タマリ」という)で「裏付けとなる資産を把握できた事件が対象」になる。
一方、「コメ」という部署は、国税局資料調査課の隠語である。
資料の「料」と調査課の「調」をとって「リョウチョウ」とも呼ばれているが、税理士などを含めた税務の分野ではすでに知られた言葉で、隠語としての価値はなくなった。それで、「料」の偏を指して「コメ」と呼ぶようになったのだ。
■マルサより圧倒的に怖い「コメ」
マルサという言葉は映画の影響ですっかり有名になってしまい、国税庁がホームページ上で普通に使用しているほどで、すでに隠語の役割を果たさなくなっている。世間ではそのマルサが税務当局における最強部隊のように認識されているが、徴税に関してはコメのほうが圧倒的に怖い存在である。
コメは1週間に一事案を基本に調査を企画・実施しており、増差所得(調査によって把握した所得)、調査件数ともに、職員一人当たりの効果測定はコメが圧倒している。
マルサの調査事績は国税庁により公表されているが、2024年度に告発したのは全国で98件、脱税額82億円(本税及び加算税)。人員が約1300人とすると、一人当たり追徴税額は加算税を含めても630万円にすぎない。
コメの調査事績は税務署の調査事績のなかに混在しており、具体的な数字はベールに包まれているが、一人当たりの年間追徴税額は2000万円を下らないだろう。マルサの4倍以上と想像する。
■マルサは不正計算の裏付けがないと調査できない
マルサは内偵の結果、「タマリ」と呼ばれる不正計算の裏付け(過少申告した利益に対応する預金、有価証券、不動産など)があった案件しか調査できない。
つまり、答えがわかっている案件しか調査できないのである。
起訴する案件は不正計算が一定規模以上であることが要件なので、後出しで損金となる証拠を差し引いたら一定規模未満になりましたという事案ではダメなのだ。検察官が受けない案件は、告発できないのである。
タマリがあれば、不正利益の裏付けがとれる。売上除外をしました、預金が同額あります、だから脱税したのは間違いありません、と。
■証拠がなくても動けるコメ
一方、納税者にとってコメが怖いのは、脱税の確実な証拠がなくても調査に着手する点だ。各種マスコミなどの蓄積データ、申告データから「これはクサい」と思う案件を探し出して調査。無予告、つまり事前通告をせずにターゲットの会社や店舗などに踏み込むのだ。
加えて、能力やマンパワーの不足で税務署職員だけでは調査するのが困難な案件にも、果敢に挑む。コメのターゲットの特徴として、「大口」「悪質」「宗教」「政治家」「国際取引」「富裕層」といったキーワードが挙げられる。
コメは任意調査の最後の砦、いやマルサが手を出せない案件まで扱うことからいえば、税務調査の最後の砦ともいえる。したがって資料調査課は少数精鋭で、配属される職員には高い調査能力が求められる。
任意調査というと、踏み込まれた側は調査を拒否することもできそうだが、それは考えが甘い。
マルサの「強制」は、国税通則法(旧国税犯則取締法)という法律に基づいて裁判所から令状を取るという後ろ盾があることによるが、コメは令状がなくても調査が可能。
しかも「任意調査」は強制調査に対する対義語なだけで、法律上は、納税者には質問に答えたり調査に応じなければならない受忍義務がある。
■調査官が持つ強力な「質問検査権」
財政と治安は国の根幹であり、税収は財政にとって非常に重要なものである。調査を受けずにのらりくらりといなされては困るので、調査官が持つ質問検査権はかなり強力になっている。
拒否したり虚偽の回答をした場合には、拘禁1年以下などの罰則規定も定められている。つまり、間接的に強制しているので、「間接強制調査」といわれる場合もある。任意という言葉尻をとらえて軽く考えている人もいるが、その点は気をつけておくべきだ。
質問検査証には、権利が及ぶ範囲が明記されている。たとえば京橋税務署と明記されていれば、京橋税務署の管轄しか調査はできない。
しかしコメは、東京国税局長が質問検査証を発行するので、すべての税務署の管轄エリアを調査できる権限を持っている。
税目についても同じだ。たとえば税務署の個人課税部門の場合、所得税調査が業務となるので、質問検査権は所得税法に関する調査に限定される。
■査察部と課税部の関係性
つまり、法人を直接調査することはできない。取引相手を調査する反面調査はできるが、その法人自体を調査対象にすることはできない。ところがコメの場合は、全税目において調査できる権限を与えられているのだ。強力な権限を持っているからと、過去にはデキの悪い実査官の横暴な調査のせいで、事件になったケースがある。国民から負託された質問検査権の使い方には、十分気をつけてもらいたいものだ。
意外と思われるかもしれないが、税務職員は質問検査権の教育をきちんと受けていない。せいぜい研修資料が配布されたりする程度である。
私が以前にペアを組んだ若い事務官(財務事務官、国税調査官昇任前の若手職員)は、調査中、なんと社長の奥さんの財布を勝手に覗き込んでいた。
その場で平謝りして事なきを得たが、あってはならないことである。ゆとり教育の弊害なのか、最近の若者には平気でこうした常識外れの行為をする者が少なくない。
話を戻すと、調査の性質に違いはあるものの、コメとマルサは不正をただす部署として目指す方向は一緒であり、蜜月の仲でもある。互いのノウハウを浸透させるべく、人事交流も行われている。査察部と課税部は、ギブ・アンド・テイクのような関係になっている。
<文/佐藤弘幸>
【佐藤弘幸】
元東京国税局・税理士。1967年生まれ。東京国税局課税第一部課税総括課、資料調査課などに勤務。主として大口、悪質、困難、海外、宗教、電子商取引事案の企画・立案及び税務調査を担当。2011年、東京国税局主査で退官。現在、税理士。著書に『仮想通貨脱税』(扶桑社)、『税金亡命』(ダイヤモンド社)、『富裕層のバレない脱税』(NHK出版)などがある。テレビ・雑誌のコメンテーター、テレビドラマの監修などでも活躍している。
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