塾講師の坪田信貴さんが2013年に上梓したのが、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA)、通称『ビリギャル』だ。累計発行部数は128万部、さらに実写映画(2015年公開)の観客動員数は220万人を数えるほど。
いずれも大ヒットといってもいい。当時の“ビリギャル旋風”は鮮烈だった。
あれから干支が一回りした2025年の師走、坪田さんの新作『勝手な夢を押しつける親を憎む優等生と、東大は無理とバカにされた学年ビリが、現役合格した話』(サンマーク出版)が発売。一見するだけで大まかな内容が把握できるタイトルは元祖譲りである。

目が回るほどの速さで価値観がアップデートされる昨今。教育の世界でも同様なのか。今なお現場で汗をかく坪田さんに、新刊の話に紐づけて意見を聞いてみた。

『ビリギャル』作者が「書くつもりはなかった」続編を手掛けたワ...の画像はこちら >>

続編を書くつもりはなかった

ーー『ビリギャル』の続編を執筆するに至った背景をお聞かせください。

坪田信貴:もともと、『ビリギャル』の続編を書くつもりは全くありませんでした。しかし、映画で私を演じた俳優の伊藤淳史さんとの会話がきっかけで執筆を考えるように。伊藤さんとは、ゴルフに行ったり食事をしたり、子育ての教育相談を受けたりする仲なんです。

伊藤さんは、今でも街中で「ビリギャル見ました!」「ビリギャルの坪田先生ですよね」と声をかけられるそうで。ゆえにこの作品は思い入れが深く、自身の代表作だと言ってくださっています。
ある時、ふと「他の生徒さんもいるだろうし、『ビリギャル2』は作らないんですか?」と投げかけられて。

前作から10年以上が経ち、時代も変わりました。「今の時代に合わせた、アップデートされた令和の物語」が必要なんじゃないかと思いたち、私が顧問を務めているサンマーク出版の黒川精一社長に相談したら「やりましょう!」となり。こうして続編の制作に至ったんです。

五者五様の人間模様を描く

ーー今回はどういった展開で物語が進んでいくのでしょうか?

坪田信貴:前作は主人公のさやかちゃんと私との1対1でしたが、今回は5人の生徒が出てきます。彼らが同じ校舎で同じ時期に勉強し、お互いに影響を受けながら成長していく実話をもとにした物語になっています。

5人はそれぞれまったく違う種類の葛藤を抱えているんです。具体的に例を挙げると、タイトルにもなっている「勝手な夢を押しつける親を憎む優等生」や、「東大は無理だと馬鹿にされてきた学年ビリ」、そして「絵を描くのは好きだが夢はない子」といった具合です。

そしてなかでも、象徴的な生徒として、病気で余命宣告を受けている子が登場します。車椅子で登場する彼の予後は悪く、もしかすると受験の時には亡くなっているかもしれない。それでも他の子と同じように厳しく指導を受けて、医学部を目指したいと願っています。他の学生との出会いを通じて、勉強の意味だけでなく「生きる意味とは何か」を考えもします。

また、先生側の登場人物も私だけではなく、今の坪田塾の社長である中野先生、そして東大生のアルバイト講師の遥先生の計3人が登場します。
遥先生は、将来的には文科省に行って教育改革をしたいと考えているほど、基本的には効率性重視のデータ派です。「やる気がない子に無理やりやらせようとするのは違う」と考えていて、当初は私にすごく批判的な姿勢。しかし、生徒たちと関わるうちに、生徒のために涙を流し、必死に応援する熱い先生へと変わっていく場面が描かれています。

前作の主人公が特殊だったわけではない

ーー執筆時の感覚はどのようなものでしたか?

坪田信貴:今回は、「忘れ物を取りに行く感じ」でした。前作で全てを出したつもりではいたのですが、尺が長くなったり、書くとちょっと複雑になったりすることもあり。泣く泣く書くのを控えたエピソードもいっぱいあったんです。

前作を一言で言うと、「楽観的な女の子に対してどう対応して、勉強で結果を出させるか」という、ある種特殊な生徒への特殊な指導の話と捉えられがちです。でも、生徒にはいろんな性格がいて、面白い反応をする子ばかりではない。真面目な子もいれば、やんちゃな子もいる。「一人ひとりに実は対応の仕方が変わる」ということや、そもそも「五教科ってなんで学ぶんだっけ」といったストレートな問いについても、今作では答えています。

つまり、さやかさんが特殊だったわけではなく「みんなそれぞれ特殊で、それぞれの成功の物語がある」ということを伝えたかったんです。

「努力」の定義が変わっている

ーースマホを開けば無料で情報が手に入る時代に、「努力」や「学び」の定義は変わりましたか?

坪田信貴:今やAIが検索もせずに勝手にまとめて回答してくれるようになりました。そして、「努力」の定義も変わっています。昔は0から100まで積み上げるのが努力でしたが、今は0から75点ぐらいまではAIがやってくれるんです。
例えば、難しい文学作品を紹介するコンテンツを、AIに「小学5年生がわかるように作成して」と頼めば、数秒で作ってくれます。

問題は、多くの人がその75点のコンテンツをそのまま鵜呑みにしてしまうことです。今まで3~4時間かかっていたことが数秒で済むなら、みんなそれで良いと思っちゃうわけです。

ですが、私はこれこそが人間の仕事だと思っています。75点の台本ができている状態で、文章を自分らしく変えてみたり、表現や順番を工夫したりして、自分のオリジナリティを加えていくことができるかどうか。つまり、「クリエート(創造)」ではなく、「リクリエート(再創造)」をする。この部分が、AI時代の努力、才能、学びへとシフトしていくと感じています。

単に成績を上げるだけでなく…

ーー現在、どんな活動に軸足を置いているのですか?

坪田信貴:私は基本的に「目の前の人から頼まれたことをやる」というスタンスで活動してきました。吉本興業の社外取締役としてデジタル分野を担当したのも、サンマーク出版の顧問になったのも、声をかけていただいたからです。

塾では、単に成績を上げるだけでなく、お母さんたちが求めているのは「この子の人生を応援してくれる大人」だと気づき、塾を卒業した後もずっと繋がる関係性を築ける場を作りたいと思って指導してきています。

出版についても、私は本によって助けられてきた人間です。本は最も古いメディアであり、深く対話ができるディープメディアだと考えています。そして何より、文字のメディアは文化財になる価値があります。


だからこそ「読書ブーム」を作って、文化として定着させたいと思っています。しかし現状では、フォロワー数が多くや知名度を優先した“面白くない本”が増えたことが、出版業界の地盤沈下を招いていると思います。1500円払った人が「なんだこれ」と感じる内容に終始していれば、もう本を読もうとは思わない。

だからこそ、その人が人生をかけてひねり出した、お金を出して買う価値のある渾身の一冊を並べるために、著者を育てないといけないんです。私が携わっている「ビジョナリー著者養成講座」は、ミリオンセラーを出し、その思想を社会に活かせる著者を育成することを目指しています。

誰かの「どうせ無理」をなくしたい

ーー『ビリギャル』続編を読む読者に対して、最も伝えたいメッセージをお願いします。

坪田信貴:私の社会的なビジョンは、誰かの「どうせ無理」をなくしたいということ。何か無理なことをやろうとなった時に、みんなが応援するという文化を形成したいです。

もっと言うと、そんなことすらもう考えなくなってませんか? 目の前に神様が現れたとして、「君の願いを1個だけ叶えてあげるよ」って言われたときに、今のあなたの夢をそのまま伝えますか? 「どうせ無理」という領域に一歩足を踏み入れてほしいんです。これからも、たくさんの人にそんな勇気を与え続けていきたいです。

<取材・文/菅原春二>

【菅原春二】
東京都出身。フリーライター。
6歳の頃から名刺交換をする環境に育ち、人と対話を通して世界を知る喜びを学んだ。人の歩んできた人生を通して、その人を形づくる背景や思想を探ることをライフワークとしている。
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