ハラスメント、風評被害、SNS晒し――院内恋愛はリスクの塊で、患者にも同僚にも一線を引かねばならない。結果、職場での出会いに見切りをつけて、マッチングアプリと結婚相談所を頼る者が急増しているのだ。現場のリアルな声から“白衣の勝ち組”が陥った婚活の地獄を追った。
検索すれば所属を調べられ、職場では下手な振る舞いができない
「自分の氏名をGoogleで検索すると顔写真も所属も出てきますし、診療中は患者さんからのクレームにも気を張り続けています。『見られている』意識は常にあり、職場では下手な振る舞いができません」こう打ち明けるのは、医師の植田隼人さん(仮名・20代後半)だ。大学病院での後期研修を経て、現在は都内の市立病院に勤務する植田さん。約1年前、彼女と別れたことを機に結婚を考えるようになり、医師に特化したマッチングアプリ「iCoi」に登録した。放っておけば女性から好意を寄せられそうな医師が、なぜ自らアプリ?と思うかもしれない。「モテないからですよ」と、植田さんは自嘲する。
「中高一貫の男子校出身、見た目も芋っぽい『理系男子』なので、恋愛市場ではキラキラした男性に勝てないと思ったのもありますが、これからの医師はAIに仕事を奪われないよう、自己研鑽を積み上げる必要がある。だからこそ、視座の高い同業者に出会いたい気持ちもありました」
過酷な現場を共に乗り越えた男女が惹かれ合うーー医療ドラマでは定番のストーリーだが、現場では求められないジレンマがあるようだ。結婚相談所ではなくアプリを選んだのには、金銭的な事情も関わっているという。
「特に大学病院の場合、世間一般が思うより年収ははるかに低い。自分が所属していた病院の場合、若手医師の月収は25万円程度。下っ端のうちは昇給もボーナスもなく、残業代は申請しても教授にはねられる『定額働かせ放題プラン』でした。結婚相談所に登録した場合、初期費用だけで30万円近くかかるところもあり、大学病院勤務の収入では難しいと断念しました」
婚活カウンセラーの代わりに駆使したのは、月額利用料約3000円のChatGPTだったという。
「婚活アプリに掲載する自己紹介文は、商品の宣伝文句に等しい。ただ自分一人で文句を考えるのは気恥ずかしかったので、ChatGPTにカウンセリングをしてもらっていました」
ChatGPTによる献身的なサポートの結果、アプリ上では計8人と女性とマッチングし、現在はそのうち一人の女性医師と交際中だという。もはや医師といえど、自身から営業をかけない限りは異性とも出会えない時代なのだろうか。
今時の若手医師は恋愛に不得手!?
そう話すのは、大学病院勤務の内科医・南俊太さん(仮名・30代前半)。色白で、内気な印象を受ける南さんは約2年前、親の薦めで婚活をスタートした。’25年末、結婚相談所で出会った女性看護師とどうにか婚約にこぎつけたものの、道のりは艱難辛苦だった。
「初めに登録していた医師専門の会員制相談所では、ほかの相談所の女性と半年間の交際を経てプロポーズまで進みました。それが返事を保留されたかと思ったら、その女性が所属していた相談所を突然退会してしまって……。
職場での出会いはないのか南さんに聞くと、「まず期待できません」と即答した。
「自分が所属している医局の若手医師は内向的な『陰キャ』が多く、異性に気軽に声をかける文化がありません。今時は職場で下手に恋愛や結婚について聞くとハラスメントになりかねませんから、飲み会でもその手の話は基本出ません」
職場という狭いコミュニティの中で恋愛沙汰が起きれば、仕事そのものがやりづらくなる。とりわけ医療現場の場合は上下関係と患者対応が絡むため、究極的には患者の人命を左右することになりかねない。何か言われるより先に、職場恋愛は「初めから避ける方が賢明」との認識が広がっている。
患者とは「1対1」で会わないように徹底
取材では、特に年配の医師から「ハラスメント」と訴えられることへの恐れが語られた。「開業医の場合、自分の身は自分で守らないといけません。ハラスメントや風評被害について、かなり神経質になっている部分はあると思います」
関東近郊で内科系クリニックを運営する柴田元孝さん(仮名・50代前半)は言う。プライベートでは離婚を経て、結婚相談所で出会った女性と’25年に再婚した。柴田さんの場合、同僚であれ患者であれ、仕事で接する相手は「恋愛対象として見ない」との方針を貫いているという。
「特に気をつけているのは対患者。診察時には必ず看護師をそばに置き、『1対1』にならないよう徹底しています。
‘16年には、手術中に「胸を舐められ、自慰行為をされた」として、都内の病院に勤める乳腺外科医が女性患者からクレームをつけられ、その後準強制わいせつ罪で起訴される事件が起きている。’25年には医師の無罪判決が確定したが、柴田さんは言う。
「自分もいつ同じような訴えを受けるかはわかりません。万が一に備えて証言者を立てておくことは、常日頃からとても大事なので……。患者と院外で会う? そんなのもってのほかです」
立場ある医師ほど「針のむしろに立たされている」
「特に医師の場合、プライベートよりも、自身の職業上の使命感を優先させたいと考える方が多い。周囲に気づかれず結婚を短期集中で実現でき、かつ、仲人を介在させることで当事者間の意向が率直に反映できるーーそんな効率の良さに惹かれ、結婚相談所に入る方は近頃かなり増えています」
前出の柴田さんからは、取材中、こんな話もあった。
「医師から看護師に言い寄って度が過ぎれば、勤務医であれば相手の直属上司から注意を受けたり、病院内の窓口に通報されかねません。それ以前に、院内で噂が広まるのは早い。特に権限や責任があるほど、院内では偉い以前に『針のむしろに立つ』感覚を持つ医師が増えているのではないでしょうか」
社会的なステータスの高さが、婚活市場の人気と結びつけられやすい「医師」。
<取材・文・撮影/松岡瑛理>
【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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