※本記事は、岡山理科大学理学部動物学科教授の村上貴弘『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
毎日の日課は、ランニング通勤と葉っぱ採り
毎朝8時30分、ランニングシャツに短パン、足元はワラーチという姿で家を出る。体を動かすのは中学時代からの習慣だけれど、大学院生になってから30年あまり、フィールドワークに耐える体力をつけるため常に体を動かすよう意識している(雨の日は歩きで、ちょっと疲れていたら自転車だ)。ワラーチというのは、メキシコ山岳民族ララムリ(タラフマラ族)が履いているサンダルのことだ。最近ではランニング用のおしゃれワラーチも売られているが、僕はビブラムシートという登山靴の補強材を使って、自分の足に合わせて自作している。
足幅が極端に広い僕にとって、ワラーチは生まれて初めて出合った足が痛くならない履きものだった。小さい頃から合わない既製の靴に足を押し込んできた。かわいそうな僕の足の小指は常に靴に圧迫され、爪が上にしか伸びなくなってしまっている。ワラーチと出合い、ようやく解放された気がした。
以来、ハードなフィールドワークを除き、季節を問わずワラーチで過ごしている。大学に行くときも家族とのおでかけもワラーチ。テレビに出演するときもワラーチ。
大好きなサイト『デイリーポータルZ』でララムリは山でもワラーチで走っているという記事を見て、僕もワラーチでちゃんと走りたいと思った。そこで、2017年頃からワラーチを履いてのランニングに力を入れるようになった。九州大学時代にランニング通勤を週一ではじめ、2019年の福岡マラソンではフルマラソンに初チャレンジして、無事完走。2023年に参加したモンゴルの草原マラソンでもワラーチはモンゴルの草原をしっかり踏み締め、僕を気持ちよく前に進めてくれた。
坂だらけの過酷ラン通勤
単身赴任をしている現在。自宅アパートから職場である岡山理科大学までは2・3キロほど。距離はないが、学校に到着する手前に急な坂がある。「マムシ坂」と呼ばれるこの坂は、急勾配(最大斜度30度)なうえにヘアピンカーブが続くため、バスも時速15キロ程度しか出すことができない。ここの上り坂はなかなか慣れない。ゆっくりと一定のリズムで足を運び、なんとかクリアするしかない。脳内では、通学バスと競争しているのだが、実際にはゆっくり登るバスよりもさらにゆっくりとしか走れない。
ランニング通勤をしながら、途中、寄り道をするときもある。
ハキリアリが好む(というか、キノコが好む)葉っぱは、日本では決まっている。スイバやギシギシといったシュウ酸たっぷりの植物が今のところいちばん好きだ。以前、行なった実験ではクリがいちばん好きだった。一方で嫌いな植物はサクラとツツジ。サクラの葉に含まれる芳香成分(桜餅のあのにおいのもと)である「クマリン」、ツツジに入っている「ベンツアルデヒド」が嫌いなようだ。
どこで何が採れるのかはすでに頭の中に入っている。1か所から大量に採ることはできない。自宅から学校の間で何か所か〝収穫ポイント〟があるので、ローテーションで回る。草刈りや剪定の業者が入っていたら大ショック。だが仕方ない。しょんぼりしながら、別のポイントへと向かう。
走りながら葉っぱを収穫
ビニール袋いっぱいに葉っぱを摘んだら、「すまぬ」「ありがとう」とギシギシに声をかけ、ストップウォッチを再開。また走り出す。
大学に着いたら真っ先にハキリアリの飼育部屋に向かう。キノコ畑とハキリアリの様子を確認し、大きな問題がなければ、葉っぱを新鮮なものと交換する。アリ部屋はエアコンが完備されている。温度27℃・湿度70%程度を保つよう24時間空調にしているのだが、どうしても人工飼育の難しさがある。
自然環境下であれば、ハキリアリの巣の中は「天然の換気システム」によって最適な状態に保たれる。しかし、人工の巣の中だと空気の対流が起こらないため、カビやダニの発生を防ぐことができないのだ。
そのため、こまめに掃除をして、傷んだ葉っぱや古くなったキノコ畑、アリの死骸を集めて高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)にかけて、滅菌して捨てる。これは10 日に1回くらいでいいのだが、なかなか大変な作業だ。
ハキリアリへの朝のあいさつが終わったら、バタバタと自分の研究室へと戻り、日中は講義や実習をしたり、学生の対応をしたり、会議に出たり、「大学の先生」としての仕事をこなす。
以前の職場は研究室の隣にアリ部屋があったので、暇さえあれば眺めていた。とても幸せだった。が、現在は研究室とアリ部屋が少し離れているので、1日3回、ちょこちょことチェックしに行く。やや手間がかかるが、致し方ない。
そのため、来年、大学院生に僕の教員部屋を明け渡して、アリ部屋に僕の研究室を移してしまおうかと思案中である。しかし、アリ部屋は窓がなく、湿度70%というなかなかな環境だ。じめっとした中で長時間過ごすのは躊躇しちゃうなぁ。
すったもんだの末、ハキリアリを個人輸入
そもそもなぜ、ハキリアリが岡山理科大学理学部の動物飼育室に鎮座しているのか。ハキリアリは日本に分布するアリではない。アマゾンを中心とした南米、北米大陸にしかいない。2020年4月、久しぶりに科学研究費補助金(科研費)が採択された。うれしいことはうれしいのだが、折しも、新型コロナウイルスが猛威をふるいはじめた時期。海外渡航が厳しく制限され、調査に行くことはできない。
そのうち制限は解除されるだろうとたかを括っていたのだが、2年たっても解除される気配がない。これはまずいことになった。データ解析など、国内でやることはあるのだが、実地でのアリの音の録音や、プレイバック実験が研究計画のメインだ。パナマに行けないのは厳しい。苦肉の策としてハキリアリの個人輸入を画策したのだ。
2022年3月に農林水産省に問い合わせをしてから約1年。すったもんだの末、ようやく2023年の3月、九州大学決断科学センターにハキリアリ4コロニーを迎え入れることができた。
何がそんなに大変だったのか? ハキリアリは子どもたちのアイドル昆虫だが、とくに中南米では甚大な農業被害を出す害虫だ。
輸入許可をもらうには、外部には絶対に逃さない飼育環境でなくてはならない。「鍵付きの二重扉の部屋での飼育」「扉にも施錠」といった設備を整え、実際に植物防疫所係員の立ち合い検査を受けて、ようやくハキリアリの飼育が認められる。
ハキリアリ輸入の大騒動
ギリギリで許可が下り、オランダのアリ屋さんからハキリアリを購入。その頃には研究費を使い果たしていたので、ここからは自腹だ。ハキリアリのお値段16万円也。ハキリアリを引き取るための航空券代や宿泊費、レンタカー代は合わせて30万円也。
そんな苦労(と出費)を重ねてようやく九州は福岡に、ハキリアリをお迎えできたのだ。うれしくて幸せで、毎日ずっとハキリアリを眺めていたら、大学事務の方から「村上先生、アリばかり眺めてないで書類送ってくださいね!」と叱られる始末。
そして、さらに1年後。2024年4月に岡山理科大に研究の場を移すことになった。ありがたいことに、理科大には立派な飼育設備が整っていた。これなら文句も言われまい。ところが、植物防疫所の審査の際、担当の方からまさかの指摘。
「こちらの飼育部屋には非常口がありますので、二重扉とは認められません。中をパーテーションで区切ってください」
……そんな!大学が用意してくれた飼育部屋には消防法上必ず必要な非常口があり、外と直接出入りができてしまう。それでは二重扉にならないため対策が必要とのことだった。
ならばと、鍵付きのパーテーションの設置を業者に相談すると、出てきた見積額は70万円。その年の大学から支給される僕の個人研究費は66万円。パーテーションの設置だけで研究費がすべてなくなってしまう。というか、マイナスだ。
ハキリアリが手元にあって研究できるのは僕の最大の強みになる。だからどうしてもここはクリアせねば。にしても、70万円は痛い。ということで、いくつもの業者さんに見積ってもらい、なんとか安いところを見つけた。改めて環境を整え、ようやく、岡山理科大学にハキリアリをお迎えすることができた。やれやれ。
【村上貴弘】
岡山理科大学理学部動物学科教授。1971年、神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ『又吉直樹のヘウレーカ! 』ほかヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。
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