青森県は最も銭湯の多い県として知られる。
 厚生労働省がまとめている「衛生行政報告例」(令和6年度)によると、人口10万人あたりの一般公衆浴場の数は青森県が22ヶ所で全国最多である。
ちなみに、2位の鹿児島県が16ヶ所ほどで、全国平均は2か所。青森県がダントツなのは、温泉を利用した日帰り入浴施設が多いのが要因のひとつだ。

 弘前市の岩木山麓・百沢にある百沢温泉もそんな日帰り専門の温泉だったが、施設の老朽化と人手不足から2023年9月に休業。毎日のように通っていた地元住民を大いに残念がらせた。

 しかし、翌24年4月27日には早くも「ハッピィー百沢温泉」としてリニューアル・オープンを迎える。廃業やむなしと思われた温泉をよみがえらせた立役者は、お笑いタレントのあべこうじさんだった。

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再建の出発点は「楽しそう、面白そう」

 あべさんといえば、2010年の「第8回R-1ぐらんぷり」で優勝した実力派のピン芸人。お笑い以外にも作詞家や映画監督、役者などマルチに活躍する才能あふれる人物だ。元モーニング娘。の高橋愛さんとおしどり夫婦としても知られる。

 休業を聞きつけたあべさんが百沢温泉を購入したのは、2023年12月のこと。休業からわずか3ヶ月後の、電光石火のオーナーチェンジだった。

 もっとも、あべさんに採算がとれる確固たる自信があったわけではないようだ。


「どちらかというと、楽しそーとか面白そーというほうが優先でした。もちろん不安もありましたが、いざスタートしてみると思った以上に反応がよく、おやおや? これはかなりいくぞーーーというのが正直な思いでした。いまも必ずしも順調とはいえないかもしれませんが、着実にハッピィな場所になってきております!!」と、あべさんは振り返る。

現場責任者は後輩芸人。運営管理の舞台裏は?

かつてのR-1王者が“温泉オーナー”に…「縁もゆかりもない」青森県で、「経営難の温泉施設」を再生するまで
宿泊棟は30畳の大部屋(写真)と16畳が2部屋 ©ハッピィー百沢温泉
 実際、リニューアル・オープンから1年8ヶ月ほどが過ぎ、客足は着実に伸びてきているという。

「季節によって上下はありますが、全体的には右肩上がりできています。あくまで僕の体感ですが、お客様のだいたい7割が地元の方、地域外の方が3割くらいという感じでしょうか。なかには、北海道や沖縄から来てくださる方もいらっしゃいます。毎日来てくださる地元の方を含めると、リピート率はかなり高いですね」

 そう語るのは、「ハッピィー百沢温泉」の運営管理を任されている後輩芸人のOGAこと小笠原豊和さんだ。

 OGAさんはオープン前から住み込みで現場の責任者として活動。施設の運営はもちろん、本職の芸を生かしたトークライブなども施設内で開催し、より充実したサービスの提供にも注力している。

「自分の部屋もだいぶ充実してきて、ここの暮らしにもなじんできました。
以前は、青森市あたりで仕事して帰ってくる途中、街灯もなくなってだんだん暗くなってくるのが寂しかったのですが、いまは自分の巣に戻っていくかのようにホッとする気分になります(笑)」(OGAさん)

実は稀有な名湯。自らの手で修繕も

かつてのR-1王者が“温泉オーナー”に…「縁もゆかりもない」青森県で、「経営難の温泉施設」を再生するまで
ロビーホール。OGAさんらによるトークライブやバランスボールレッスンなどのイベントもよく行われる ©ハッピィー百沢温泉
 昨年8月には宿泊棟もオープン。さらに、「現在、長期間滞在できる湯治場の修繕を進めています。今年の3月か4月にプレ・オープンするのが目標ですが、修繕といっても――仕上げはプロの方にお任せするとして――基本的に作業は僕がやっているので、まあ僕しだいですけど(笑)」(OGAさん)という。

 あべさんが続ける。

「6畳部屋を8部屋ほど設けたいですね。あと、家族風呂を作ったり、カフェの営業もやっていきたい。さらには、百沢の温泉水を使った化粧水や石鹼を売り出して、『ハッピィー百沢温泉』の認知度を全国的に広げていきたいと思っています。百沢温泉は、青森県を代表する岩木山のパワーを存分に味わえるところ。いろんなハッピィーを全国に発信していきたいんです」

 実際、百沢温泉は県内の数ある温泉のなかでも稀有な存在のひとつのようだ。青森県の温泉に詳しい温泉ソムリエの鎌田祥史氏は、次のように語る。

「津軽地方は塩分の多い温泉が多いのですが、百沢温泉はそれに加えてマグネシウムやカルシウムなどミネラルの多い濁り湯なのが特徴です。
地域の中でも古くに温泉を掘削した施設で、昔から日帰り温泉として住民に親しまれていました。あべさんが再開させてことを喜んでいる人はとても多い」

課題は山積みだが…情熱が引き寄せた支援の輪

 ただし、いくら人気者のあべさんといえども、そうそうたやすく温泉施設を運営できるわけではなかった。資金面、人手の問題など課題は山積みだったが、とりあえずできることからやろうと取り組んでいくうちに、あべさんの志に共感した人々が集まってきた。再開にこぎつけるためのリフォームは、ほぼ有志によるボランティアと採算を度外視した業者たちの協力で成り立っていた。

「どうしても僕があまり手伝えないので、OGAさんたちに任せっきりになってしまって、いろいろと遅れ気味になってしまいますが、いろんな方々のご協力を得てここまで来ました。温泉をまわしてくれているOGAさんたちスタッフ、地域のみなさん、そしてお客様に本当に感謝しかありません」(あべさん)

なぜ縁もゆかりもなかった青森で?

それにしても、そもそもなぜ青森県だったのか?

かつてのR-1王者が“温泉オーナー”に…「縁もゆかりもない」青森県で、「経営難の温泉施設」を再生するまで
ミネラル豊富な源泉かけ流しの温泉。毎日通う地元住民も多い ©ハッピィー百沢温泉
 じつはあべさんは、2013年から青森朝日放送で毎週土曜日午前に放映される情報番組『夢はここから生放送 ハッピィ』のメインMCを務めている。神奈川県横浜市出身で青森県とは縁もゆかりもなかったが、あべさんの朗らかで常に前向きなキャラクターにほれ込んだプロデューサーに熱心に口説かれ、引き受けた。いまや青森の土曜の朝の顔といってもいい存在だ。

 よそ者の自分を受け入れてくれた県民の人柄、そして海と山に囲まれ温泉にも恵まれた青森県の魅力にひかれたあべさんは、いつしか青森に“幸せのテーマパーク”をつくりたいと考えたようだ。

「いろんなハッピィがここにあります。ハッピィになれる県、青森県! ぜひ少しでも多くの方に足を運んでいただけるよう、全国に発信していきたいと思います」

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 昨今のエネルギー費の高騰で電気代や水道代といった経費が思った以上にかかるのが悩みの種。それでも、あべさんが明るくハッピィに挑戦を続けていく限り、そう遠くない将来、百沢温泉が青森県を代表する“幸せのテーマパーク”となる日がやって来るに違いない。

<取材・文/加賀新一郎>

【加賀新一郎】
1964年、東京都生まれ。
フリーランスのライター&エディターとして総合月刊誌、経済誌、ボクシング雑誌、歴史雑誌などの分野で活動。さらに出版社勤務を経て、2022年に青森県弘前市の相馬地区(旧相馬村)に移住し、3年間、当地の地域おこし協力隊として勤務する。退任後も弘前市に居住し、取材・執筆活動を続けている。
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