外科医の父が突然の他界
岡田将人:事実です(笑)。地元は大分県なのですが、小学校時代からヤンチャで、校長室に親が呼び出されることもしばしばありました。父とは基本的に仲が良かったものの、反省する素振りを見せない私にかなり手を焼いたようです。
――お父様が医師だったんですよね。
岡田将人:はい、外科医でした。しかし私が中1のとき、その父が大腸がんで他界しました。私は4人きょうだいの1番上でしたので、父が亡くなったとき、末っ子は3歳くらいだったと思います。結婚を機に家庭に入った母は、それから働きに出なくてはならなくなりました。当然ですが、父がいたころよりも家計は苦しかったのだろうと思います。私は思春期真っ只中で、父の死が悲しかったものの、きちんとそれを表現することはできませんでした。
「大分の田舎じゃ無理だろ」と指摘される
――ただ、お父様が他界されたあとも、ヤンチャは続けたと。岡田将人:そうですね。
結局、高校を卒業したあとも数年は、地元の不良仲間とつるむのをやめなかったですね。高校も後半はほぼ行けていなくて、家にもあまり帰らない日が続きました。友だちの家に居候するような生活で、本当に母を悲しませたと今は思いますね。
――高卒後は、夜の世界に入るんですよね。それがきっかけで格闘技を本格的に始めるとか。
岡田将人:はい、いわゆるラウンジのボーイをやっていました。その前からもジムでキックボクシングをやっていたりはしていて、うっすら「世界チャンピオンのベルトを巻きたいな」とは思っていました。ラウンジでは本当に良くしてもらって、そこのママさんやお客さんに可愛がってもらっていたのですが、夢を話したとき、「こんな大分の田舎にいたら無理だろ」と突っ込まれて。タイはムエタイの本場ですから、行きたいなという気持ちが強くなっていきましたね。
タイで味わった、圧倒的な「実力差」
岡田将人:タイに対して自分が抱いていたイメージは当初、あまりいいものではありませんでした。
住んでいたアパートの大家さんは、「本当の両親のように思ってね」と言ってくれて、食事を御馳走してくれたり旅行にも連れて行ってくれました。実際に私が日本に帰ったあとも実家に遊びに来てくれるなど、交流が続いています。
――本場のムエタイのレベルはどうでしたか。
岡田将人:1年半くらいの武者修行に出たのですが、自分がまったく通用しないことをまざまざと見せつけられました。腕っぷしに自信がなかったわけでないものの、当時の私はやはり素人に毛が生えた程度でした。
わずか3ヶ月の猛勉強で国立大医学部へ
――帰国して、すぐに医師を目指すのでしょうか。岡田将人:帰国してから、父が医師だったので「医師に挑戦したいな」とも思いましたが、地元に帰るとやっぱり遊んでしまうんですよね(笑)。ちょうどタイで知り合った白人の友人の影響で、英語を話せるようになりたいと思ったんです。
――すみません、いつ本格的に勉強するんですか(笑)。
岡田将人:結局、22歳くらいですね。ワーキングホリデーから帰国して、そのちょっとあとくらいでしょうか。そこから3ヶ月くらい本気で勉強して、大分大学医学部に滑り込んだ感じです。
――めちゃくちゃすごいじゃないですか。
岡田将人:いや、本当に運が良かったと思います。センター試験もギリギリの点数だったと思うので。ただ、合格したからには真剣に学びたいなと思って学業には打ち込みました。
3日連続当直、仮眠2時間でジムに行くことも
岡田将人:そうですね、結構たいへんなときもあります。
――なぜ、そこまでするのでしょうか。
岡田将人:簡単に言うと、妥協をしたくないんですよね。医師として勤務をしたまま、格闘技でもチャンピオンになりたいんです。もちろん、医師としても救急科の専門医をとりたいと思っています。また将来は、タイの貧困地域で大切なものを教わった身として、そうした地域での医療を発展させられるような存在になりたいという希望があります。
――プロ格闘家と医師という2つの夢を叶えられた要因は何だったと思いますか。
岡田将人:人や出会いに恵まれたことが大きかったと思います。ヤンチャをしていた時期も、たぶん人懐っこさなどの私の根幹は変わっていなくて、それを見出して可愛がってくれる人たちに出会えたことが大きかったと思います。夜職のボーイ時代のママさん、お客さんも今でも親切にしてくれますし、医学部を目指すことを打ち明けた仲間たちも、驚きつつ「やる気になったなら頑張れ」と背中を押してくれました。私ひとりでは成し遂げられなかったと思うので、周囲に対する感謝が大きいですね。
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あまりに月並みだが、岡田さんを形容する言葉として”好青年”以外が思い浮かばない。
20代後半から、周囲への愛情に満ちたその生き方がようやく実った。果てしなく高い目標も志も、彼が口にすれば叶う気がする。そんな高揚感と期待感を抱かせる。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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