多様な働き方が選べる時代になった一方で、「何でもできる人」よりも「これしかできない人」が強く求められている気がする。YouTubeをはじめとするプラットフォームの発展により、マス向けの無難なコンテンツよりも、尖った“ニッチ”が評価されるケースも増えているからだ。

タグ付けの種類もガラパゴス化が進み、今回話を聞いたのは「ヌンチャクガール」と名乗る28歳の女性である。過去に存在した山ガール、釣りガールという呼称も、ヌンチャク一辺倒に比べるとだいぶ対象が広いと感じてしまう。しかし、話を聞いていくとニッチとも言えるコンテンツであっても、ひたむきに向き合う姿が見えてきた。

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特技が“肩書き”に変わったきっかけは?

ヌンチャクガールと自称するのは、子役として活動した経験を持つ森累珠さん。幼少期からブルース・リーに傾倒し、当時から「ヌンチャク少女」などと呼ばれ、技を披露する機会はあったという。ただし、それはあくまでも「役者の変わった特技」のような位置付けだった。

それから、ヌンチャクが肩書きに昇格したのはなぜなのか。

「ずっとやってきたお芝居の仕事が、コロナ禍でまったくなくなり……。そのタイミングでYouTubeに公開したのが、ブルース・リーが出演する映画の一部を再現する動画。これがすごい反響で」

動画には、英語や中国語でも多くのコメントが寄せられている。パフォーマンスが国境を越えて認められたわけだ。

「イベントなどでヌンチャクを披露する仕事が増えたんですが、若い世代にブルース・リーが好きな人がいないことが実感できて。また、ブルース・リーのファンの方からも『布教してください!』と、熱く言われるようになり、『中途半端ではいけないな』と決意したんです」

ブルース・リーに心酔…放課後は武術修行へ

たぎるようなブルース・リーへの愛と、ファンたちの思いまでを背負ってヌンチャクガールに転生した森さん。だが、そもそもどうやってブルース・リーに出会ったのか。


「子役時代から、演技の勉強として色々な映画を観ていました。王道だとジェームス・ディーンの演技や、子供が見るにはマニアックと言われそうなゴダールやホドロフスキーといったものも観ていましたね。その中で、中学2年の時にブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』を観て衝撃を受けたんです。カッコいいのもそうですが、何よりお芝居のすごさに……!」

その衝撃によって、ブルース・リーが創始した武術ジークンドーの教室に通うようになり、着々とヌンチャクの技術を身につけていった。

役者の仕事は減ったが…「今しかできない」に賭ける

元子役28歳女性が、特技の「ヌンチャク」を“肩書き”に変えるまで「ヌンチャクで仕事するのは今しかない」
唯一無二の表現者を目指す
しかし、肩書きに入れてしまうと、役者としての仕事の幅が狭くならないのだろうか。

「確かに、普通の役者の仕事はかなり減りましたよ。でも、お芝居はおばあちゃんになってもできるけど、ヌンチャクで仕事するのは今しかありませんから」

リスクを負ってでも、現状に安住せず進もうとする彼女の姿からは、ブルース・リーの名言のひとつ「幸せであれ。しかし決して満足するな (Be happy, but never satisfied.)」を彷彿させる。

いわばヌンチャクに“全振り”したワケだが、現状の仕事量や収入はどのくらいなのだろう。

「イベントの出演は、月に2~3本ですね。そこに、テレビやYouTubeなどの出演が入って、仕事としては月に5~6本というくらいだと思います」

さらに、ヌンチャクを“振る”以外にも、彼女の収入となっているものがあった。

「私がプロデュースさせていただいたヌンチャクが2025年に発売されて、ありがたいことに大きな反響をいただいています。気軽に手にしてもらいたくて、1990円と限界まで安くしたのも良かったみたいで。
多くの方にご購入いただいています」

「競う」のではなく「広めたい」

プロ野球選手でもミュージシャンでも、芸や技術を披露することを生業にする人々は、本番の裏側で、その何十倍もの練習を重ねている。森さんも同様のようだ。

「日々の練習もそうですが、猛練習を重ねる時期もありますね。以前、ヌンチャクでダルマ落としをする企画でテレビに出演することになったんですが、一発勝負ですし、ダルマは重さがあるので、スポンジ製の『ソフトヌンチャク』では落ちないんですよ。だから、『鉄製のヌンチャク』で毎日何時間も練習して。さすがに手が青アザだらけになりました」

日々研鑽を積んでいる彼女だが、芸能界はイス取りゲーム。ヌンチャクという日本ではニッチなコンテンツを奪い合うライバルはいないのか。筆者の知人にも、ヌンチャクを特技としてSNSなどで披露している芸人がいるが。

「いえ、ライバルはいません。なによりヌンチャクとブルース・リーを広めることが私の目標なので、むしろヌンチャクをやっている方は仲間ですね。だから、みんなでムーブメントを作っていきたいです」

「何歳まで」は決めない

元子役28歳女性が、特技の「ヌンチャク」を“肩書き”に変えるまで「ヌンチャクで仕事するのは今しかない」
自らの生きざまをヌンチャクを通じて体現する
生きる道としてヌンチャクを選択するにあたって、「芝居は後からでもできるが、ヌンチャクは今しかない」と感じたという森さん。自身のヌンチャク活動に、期限は設けているのだろうか。

「何歳までとは決めていません。
『ブルース・リーを好きでいることにより、こんなに楽しい人生になりました』という証明ができればいいのかなと思っています」

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森さんが大事にしているブルース・リーの名言がある。

「私が恐れるのは、1万通りの蹴りを1度ずつ練習した者ではない。たった1つの蹴りを1万回練習した者だ」

ひとつのことを突き詰めて生きる。それは、選択肢が増えた現代だからこそ、かえって難しい。それでも森さんは、ヌンチャクの道を選び全力で身を投じている。

八方に手を伸ばしたくなる時代に、あえて一点に振り切るそのスタイルは、現代にあって一層、輝きを放っている。

<取材・文/Mr.tsubaking>

元子役28歳女性が、特技の「ヌンチャク」を“肩書き”に変えるまで「ヌンチャクで仕事するのは今しかない」
森累珠


元子役28歳女性が、特技の「ヌンチャク」を“肩書き”に変えるまで「ヌンチャクで仕事するのは今しかない」
森累珠


元子役28歳女性が、特技の「ヌンチャク」を“肩書き”に変えるまで「ヌンチャクで仕事するのは今しかない」
森累珠


【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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