『孤独のグルメ』原作者で、弁当大好きな久住昌之が「人生最後に食べたい弁当」を追い求めるグルメエッセイ。今回『孤独のファイナル弁当』として取り上げるのはドラマ『孤独のグルメ』撮影時に出た弁当。
孤独のファイナル弁当 vol.20 「すき焼弁当vs海苔弁戦」
年末のテレビ番組『孤独のグルメ2025大晦日スペシャル』の最後の7分間は、浅草花屋敷からの生中継ドラマだった。ボクはそこに生演奏バンドのメンバーとして出演した。本番は23時30分ごろなのだが、なにしろ生中継なのでカメラ・音声・電波チェック、リハーサルなどで会場入りは16時。僕らの出演時間は1分半だがそのために5時間拘束。それが生放送ドラマなのだ。待ち時間に出演者とエキストラには弁当が出た。3種類から選べる。「浅草今半すき焼弁当」「浅草今半和牛焼肉弁当」「日本橋人形町いちのや海苔弁」。どれも魅力的。
さてこれが人生最後の弁当ならどれを選ぶ。大決断である。
大決断のわりに、ボクは「すき焼弁当」をすっと手に取ってしまった。
安易だった。
同じバンドメンバーが「海苔弁」を取った。結論から言おう。そっちのほうが圧倒的においしそうだった。それは見たこともない海苔弁だった。
弁当箱はすき焼弁当よりずっと小さい。にもかかわらずこの見るからに充実した密度はなんだろう。
まず箱の横幅いっぱいの竹輪磯辺揚げ。この長さ。ころもに透けた青海苔の美しさ。蓋の裏にいちいち解説があり、これは四万十川の青海苔、竹輪は宮城県塩釜市とある。
そして、真ん中の白身魚の大きさと食べなくてもわかるふくよかさ。魚の種類は書いてないが海苔弁でそれを問うのは野暮。ただ、立派な魚フライというので十分だ。
野沢菜ときんぴらごぼうもしっかりとおいしそうだ。
そして三重県松阪の厳選鶏もも肉を味噌だれで二度三度と焦がし焼いたもの。
おかずで海苔の飯が見えない。これを選びし者が肉を一切れ摘み上げると真っ黒で艶やかな海苔が見えた。
これでもかという攻めだ。
いや、名門今半のすき焼弁当がおいしくないわけではない。私はこれをおいしくいただきながら、隣の弁当に驚き、それを選んだ彼の勝利を賞賛しているのだ。こういう負け方ならしかたない。
人生の最後の勝負が敗北のこともある。それをボクは生きているうちに味わうことができた。
―[連載『孤独のファイナル弁当』]―
【久住昌之】
1958年、東京都出身。漫画家・音楽家。代表作に『孤独のグルメ』(作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(作画・水沢悦子)など。Xアカウント:@qusumi
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