ルポライターの國友公司氏は、都庁下、上野公園、代々木公園、山谷、寿町、西成など、各地の炊き出しの現場を訪れ、そこに集まるホームレスや生活困窮者と同じ列に並び、食事を口にしながら、彼らの言葉に耳をかたむけたという。そこで見えてきた意外な実態とは……。
※本記事は、國友氏の新刊『ルポ 路上メシ』(双葉社)より一部抜粋、再編集したものです(全2回の1回目)
身勝手なおにぎり
横浜駅からJR京浜東北・根岸線で2駅先にある関内駅。北口ではこれから伊勢佐木町や福富町などの歓楽街へ酒を飲みに行くのであろう人の姿が目立つ一方、南口では時折、白とブルーのユニフォームをまとった一群に出くわす。
すぐそばに、横浜DeNAベイスターズの本拠地である横浜スタジアムがあるからだ。1978年に横浜大洋ホエールズの本拠地として建てられ、横浜の「Y」の字を模した6基の照明塔や日本初の全面人工芝の敷設で知られる、この地を象徴する球場でもある。そのため、関内駅のホームでは、ベイスターズの球団歌である『熱き星たちよ』が発車ベルとして流れている。
いつも、ガード下にできる80人ほどの行列。最初に目にしたとき、その行列が炊き出しであることはすぐにわかった。並んでいる顔ぶれに見覚えがあったからだ。普段、寿町の広場で酒を飲んでいたり、同町内の炊き出しに並んでいたりするおじさんの顔が、チラホラ見受けられた。
寿町から関内駅までは歩いて約10分。また、関内駅の地下通路にはダンボールハウスをつくって生活しているホームレスも数人いて、主に、その両者が炊き出しに参加している。
2023年のドラ1ルーキー・度会隆輝の先制タイムリーツーベースなどで、ベイスターズがヤクルトに勝利することになる2024年7月2日の18時半、私は19時から始まるという炊き出しの行列に並んだ。
私の後ろに並んでいる70代のおじさんに、20代の若い男がそう話しかけた。半袖・短パン・サンダル姿に『ストロングゼロ』缶を手に持った短パン小僧も、炊き出しに並ぶようだ。
「並ぶのが早い」と言いながら、自分も列に加わっている。ここに来た時間は、私もおじさんも短パン小僧も、ほぼ同じである。
とにかく誰かと話したいんだろう。私も会話に交ざりたいなと様子を窺っていると、突然、行列の前方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「あっち行け、この野郎ッ!」
麦わら帽子をかぶった高齢の男性が、同い年くらいの気の弱そうな男を蹴散らしている。
「いや、荷物置いといたんだから」
「関係ねえよ! 後ろから並べ!」
気の弱そうな男は怒鳴り声に圧倒され、最後尾に並び直すしかなかった。炊き出しでは長時間ずっと並ぶのは大変なので、早めに来て自分の荷物を置き、順番取りをしておく習慣がある。先頭付近に並んでおけば、2周目、3周目と食事を何度ももらえる可能性があるからだ。
そんなに怒ることもないだろう……と思うが、これは会話を始める最高のきっかけだ。
「また、なんかやってるよ……」といった顔で苦笑しながら短パン小僧のほうを見ると、彼もまったく同じ顔で私を見ていた。
短パン小僧は28歳だと言った
「今日もカレーだといいんだけどな……」短パン小僧が私の顔をチラッと見ながら、呟いた。話しかけてほしいオーラが全身からプンプン漂っている。炊き出しの行列には「話しかけるなオーラ」を発する人も多いので、取材者の私にとってはうれしい限りだ。
「ここはカレーも出るんですか?」
「昨日(月曜日)はカレーだったんですよ。めちゃめちゃよかった」
私が知っている情報では、ここの炊き出しは火・木・土・日の週4日である。昨日もあったのだろうか。
「正直言うと、毎日どこかであるっす。場所は少しずつ違うんですけど。昨日はあそこの炊き出しが最終日だったんすよ」
短パン小僧は駅前の大通りを挟んだ反対側にあるパチンコ店のほうを指差した。そこでは4年間、炊き出しが行われていたが、なんと昨日をもって撤退してしまったのだという。
「めちゃめちゃよかった」というカレーは、どんな味だったのか。
「今日の朝は(寿町の中にある)寿公園でも炊き出しがあったんですよ。あっちに住んでいる人に聞いてみたらいろいろあるはずですよ。ってか、お兄さんなんか普通に働いてそうじゃないですか。なんで、こんなところいるんすか?」
とくに小綺麗な格好をしているわけでもないのだが、30代というだけでやはり炊き出し界隈では浮いてしまう。それに、私はサンダル履きでもなければ、歯も1本も抜けていない。
短パン小僧は28歳だと言った。1カ月前に横浜の綱島にある実家を出て、寿町のすぐ裏手にある山田町に住み始めた。短期の派遣に登録し、月に数日だけ仕事に行っているという。
理由はぼかされてしまったが、「親と喧嘩して、今は実家にいるのがダメなんですよ」と話していたので、「いい加減、仕事しろ」などと言われ、追い出されたのかもしれない。
「ってか、まだ始まんないんすかね」
イラつく短パン小僧に「19時半に始まったこともあるよ。あっちにも都合あるんじゃないの」と、間に並んでいるおじさんが言う。
「ふざっけんなよ。遅すぎですよ。もう15分くらい待ってるんすよ」
あえて口にはしないが、文句を言う立場ではないだろうとおじさんは感じていたと思うし、私もそう思った。
しばらくすると行列が動き出した。外国人のボランティアたちから配られたのは、小さめのおにぎり1つとバナナ1本だった。
「おにぎり1個とバナナ1本だけか……」
先ほど、身勝手に憤る短パン小僧を心の中でたしなめていたはずが、炊き出しの内容に不満を感じている自分がいた。少し離れた場所でおにぎりを頬張っている短パン小僧をチラッと見ると、やはり私と同じ表情をしていた。
愛を煮込む雑炊
「雑炊のときとかヤバイっすよ、マジで。あれはうますぎる。しかも、おかわり何杯でもできるんですよ。最終的に4周くらいした人が勝ちみたいな。短パン小僧がそう教えてくれた。そんなに勧めるのなら明日にでも行ってみたい。いつ、開催されるのだろうか。
「えっと……」
短パン小僧が日程を思い出そうとしていると、「毎週金曜13時から!」と、間にいた70代のおじさんが即答した。
その早さは新参者である私たちとは明らかに格が違った。炊き出し界隈には、炊き出しのスケジュールをすべて丸暗記し、その時間になると体が勝手に動き出すレベルまで達している達人が何人かいるのだ。
「火曜と木曜は19時から、土日は18時から!」
おじさんはまるで「九九」を唱えるくらい、板に付いている。
「てめえ、何回言ったら、わかるんだよ」
「俺だけじゃねえよ、おまえの部屋もうるせえんだわ」
ドヤの中には3畳一間の狭い部屋が、いくつもひしめき合っている。テレビの音、ラジオの音、咳、くしゃみ、屁など、部屋から出た音は廊下に漏れ、そして各部屋に吸い込まれていく。
しかし、ドヤの中で喧嘩をしてしまえばドヤ中が騒動となり、場合によっては帳場(フロントにいる人間)に部屋から追い出されてしまう。そのため、表に出て言い合うのだ。
周りに大きな顔をするため他人に金を貸す人
列のどこからかやってきた60代のおじさんが、短パン小僧になにやら耳打ちしている。金でも借りに来たのだろうか。おじさんが列に戻ると、短パン小僧は私の視線に気付いていたのか、思わせぶりな話し方でこう言った。「ああいう人もいるんですよ」
「金でも貸してくれって言われたんですか?」
「いや、あの人なぜかいつも奢ってくれるんですよ。昨日は3000円くらい奢ってくれました。金も貸してくれるし、ヤバくないすか? だって、今日も朝から酒2本飲ませてもらってますから。でも、あんまりたからないであげてくださいね(笑)」
このおじさんも寿町で見かけたことがある。やはりドヤに住んでいるので、かなりの確率で生活保護を受けながら暮らしているはずだ。街で見聞きした限りでは、周りに大きな顔をするために人から金を借りておきながら、他人に金を貸している人なんかもいるようである。
とある月初めの夜、寿町を歩いていると、居酒屋から「かぐや姫」(リリース当時のグループ名は「南こうせつとかぐや姫」)の『神田川』が漏れ聞こえてきた。
しかし、街が潤う生活保護の支給日も、炊き出しは変わらず開催される。
次の日、13時に寿公園に行くと、すでに公園の中で雑炊を食べ始めている人がいた。参加者は全部で120人以上はいるだろうか。
「今日の炊き出しは塩味の雑炊です。公園内では医療相談、法律相談、生活相談もしています。どうぞ、雑炊もおかわりしてくださいね」
生活困窮者支援団体『寿地区センター』のスタッフが、拡声器を使って案内している。この団体は1983年から40年以上、活動を続けているという。
「これ、うまいですね」
隣で雑炊を食べていた60代のおじさんに話しかけると、メニューは毎週雑炊だが、味はいくつかバリエーションがあるという。
「今日の塩味もうまいけど、カレー味が人気だよ。俺もカレー味の日が一番好き」
カレー味の雑炊とは珍しい。また、雑炊を食べに来てみることにしよう。
<取材・文・撮影/國友公司>
―[ルポ路上メシ]―
【國友公司】
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。
2018年、西成のドヤ街で生活した日々を綴った『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)でデビュー。ライターとして取材地に赴き、その地に長らく身を置く取材スタイルを好む。著書に『ルポ歌舞伎町』、『ルポ路上生活』(KADOKAWA)、『ワイルドサイド漂流記』(文藝春秋)がある。X:@onkunion
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