「炊き出し」と聞けば、多くの人は善意やボランティア、貧困などを思い浮かべるだろう。しかし実際には、想像とは少し違った光景が広がっている。

 ルポライターの國友公司氏は、都庁下、上野公園、代々木公園、山谷、寿町、西成など、各地の炊き出しの現場を訪れ、そこに集まるホームレスや生活困窮者と同じ列に並び、食事を口にしながら、彼らの言葉に耳をかたむけたという。そこで見えてきた意外な実態とは……。

※本記事は、國友氏の新刊『ルポ 路上メシ』(双葉社)より一部抜粋、再編集したものです(全2回の2回目)

2時間待ちの牛めし弁当


牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し...の画像はこちら >>
 現代の東京における炊き出しの中心は、東京都庁下、代々木公園、上野公園、山谷の4カ所。

 東京藝術大学近くの上野公園内広場では、週に4回の炊き出しが行われている。いずれも昼の11時くらいから始まり、スケジュールのわかりやすさも相まって人気だ。

 ほかにもいくつかあるようだが、あるとき炊き出しに並んでいた年金生活者から、こんな話を聞いた。

「木曜の16時から上野公園の野球場のところで炊き出しがあるんだけど、説教がとにかく長いんだ。2時間はやってるぞ」

 恐ろしいほど長い説教である。外で聞く牧師の説教ほどしんどいことはないので、重い腰がなかなか上がらないが、行くとするならば夏と冬だけは避けたいところだ。

 だんだん春の兆しが見えてきた2025年2月末の比較的暖かいとある木曜日、私はついに園内中央あたりに位置する正岡子規記念球場を訪れた。

 野球場のバックネット裏にやってきたが、どこを見回してもインバウンド客しかいない。ようやく、森の中で大きな荷物を引きずっているホームレスらしき男性を見つけたので聞いてみるも、「俺は知らないなぁ」と一言。

 続いて東京文化会館の軒下にキャリーケースを2つ並べて座っていた、こちらもホームレス風の男性に聞く。


「外野の裏でもうやってるよ。でも、あそこは長いぞぉ」

 言われた通り、外野のフェンス裏まで行ってみると、公衆トイレの横の板の間に20人ほどが座りながら、牧師の韓国人男性による説教を聞いていた。上野公園の炊き出しと言ったら、普通は300人近く集まるものだが、ここは極端に人気がない。

 しれっと板の間の後ろのほうに座ると、牧師が私のほうを向いて言う。

「あの、ここは聖書の会ですけど、大丈夫ですか?」

 不思議に思うのも無理はない。数えたら22人いたが、ほぼ全員が60代以上に見える。一人だけ推定40代の男性がいたが、いつも来ている常連で牧師と顔なじみのようだ。

「はい、炊き出しがあると聞いて来ました」

 すると、参加者の中で仕切り役の雰囲気を醸し出している70代の男性が、「じゃあ、前のほうに座って」と折りたたみの椅子を渡してくれた。2時間ずっと体育座りをするのは耐えられる気がしなかったので、これはかなり助かる。

牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し」の現場
ここで2時間も説教を聞かなければならない
「では、配った紙の一番上から一人ずつ読んでいきましょう!」(牧師)

 一人1枚ずつ渡されたプリントには聖書の一節が書かれている。それを、小学校の国語の授業のように、順番に読んでいく。

「サムエルは……」

 おそらく、都内で行われている炊き出しの約半分が韓国系キリスト教会によるものである。
そこでは総じて、牧師の説教を真面目に聞いているような人はほとんどいないのだが、ここは違った。

 小規模ということも影響しているだろうが、牧師が「どう思う?」と聞けば、手を挙げて意見を述べる人がいる。ほかの人が読み上げている聖書の一節を「うんうん」と頷きながら聞いている人もいる。

 たしかにうんざりするほど説教が長い。もう1時間近く聖書を読み続けているので、あたりが暗くなるとともにだいぶ冷えてきた。

 この長すぎる説教によって参加者がふるいにかけられ、意識の高い者だけが残っているのだ。

牧師のギターでみっちり歌った賛美歌

 実際、どこの炊き出しに行っても大体いる、九官鳥と炊き出し巡りの達人・菊蔵さん(仮名)の姿がない。

 サムエルがどうなろうと知ったこっちゃない私は、どんな食料が配られるのかを探りながら、時間を潰すことにした。

 牧師の後ろには大きなブルーシートが敷かれていて、そこには「カップうどん」と印字されたダンボール箱が積み上がっている。その隣には「クッキー」と書かれたダンボール箱もある。

 ボランティアスタッフの男性がブルーシートの上に引っ張り出したのは、全長1メートルはあろうかという巨大な食パンだった。それを包丁で薄くスライスし、ポリ袋に小分けしていく。

牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し」の現場
炊き出しでもらえた品々
 さらに、なんといっても注目すべきはブルーシートの端に固めて置いてある松屋の「牛めし弁当(並)」である。
できることなら、冷める前に早く食べてしまいたい。
 
 17時に一度休憩を挟んでホットコーヒーが振る舞われたが、その後は牧師によるギター演奏のもと、みっちり賛美歌を歌った。すべての説教が終わったのは牛めし弁当を発見してから約1時間後の18時だった。

 そこから15分かけて参加者で食料を並べ、順路をつくる。ただ、23人も必要ない。私は隣にいた銀色のシートで身をくるみ、蓑虫みたいになっている男性のことが気になっていたので話しかけてみた。

「それ、暖かそうですね」
「ちょっと古いんで内側の銀が剥がれちゃって。もともと何回も着るもんじゃない。渋谷の炊き出しでエマージェンシーのセットをもらったんですよ」

 災害時、体に巻いて暖をとる「防寒・防風用アルミシート」だ。それに腕を通す穴をつくり、何枚も重ね着していたのだ。荷物を積めるように改造したマウンテンバイクで都内を移動しながら毎日、違う場所で寝ているホームレスだという。

「これがうまいんだよなあ」

 牛めし弁当を受け取った別の男性がそう呟いた。


牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し」の現場
炊き出しでもらった松屋の牛めし弁当
 一通り食料をもらって持参した手提げ袋に詰め、私は牛めし弁当を片手にベンチを探した。牛めしはすでに冷えていたが、牛肉と玉ねぎと白飯を一気に頬張ると、だしの旨味が体中に染み渡った。

 路上で暮らす前はいつも当たり前のように食べていたけど、今は食べられなくなったメシ。

「ホームレスになると高いメシではなく、そういうメシが一番うまく感じるんだろうな」

 あらためて、しみじみ考えた日だった。

春を呼ぶ中華丼

 私が各地で聞き回った情報を整理すると、2025年3月のある日曜日のこの日、都内では20もの炊き出しが行われていた。同時刻帯のものもあるため、すべてに顔を出すことは現実的に不可能だ。効率的に回れそうな炊き出しを数カ所ピックアップし、1日のスケジュールを立てる。

 まず私が選んだのは、年金生活者にして炊き出し巡りの達人・菊蔵さんが「バイキング形式でご飯がもらえるから行ったほうがいい」と教えてくれた錦糸町駅北口から徒歩7分の場所にある某韓国系キリスト教会の炊き出しである。ただ、教会へ向かう道中から「おかしいな」という疑念が湧いていた。

 視界に入るのは少年野球のユニフォームを着た子どもたちとその保護者ばかりで、生活困窮者らしき姿がひとつも見当たらないのだ。たとえば、800人以上が集まる都庁下の炊き出しでは、都営大江戸線の電車に乗っているときから、すでに「あの人もこれから炊き出しに行くんだろうな」と目星が付くし、それは大体、当たっている。

「これは空振りかも」

 駅近くの錦糸公園を歩いているときからそう思っていたが、教会が入るビルに着いた瞬間、予想は確信に変わっていた。案の定、この教会では「10時半からの炊き出し」など、やっていなかったのである。


「これから礼拝ならありますけど、ご飯を配ることはしないんですの。炊き出しなら今日の15時半からありますわ」

 信者と思われるマダムがそう親切に教えてくれた。

 15時半から始まる炊き出しなら、すでに行ったことがある。そこで出される弁当は10時半から振る舞われるバイキングの余りだと聞いた。だから、早起きしてわざわざ錦糸町まで来ているのだ。

「よかったら礼拝だけでも参加されます? イエス様のことを信じると、本当によいことばかりが起こるんですの」

 これで帰ったら嫌味ったらしいな……。

 そんな思いが頭に浮かんだが、メシももらえないのに1時間半にわたる牧師の説教を聞くほど信心深くはない。ここで見栄を張る必要もないので、退散することにした。

 その足で向かったのは、東京駅近くにある常盤橋公園。11時から炊き出しがあると聞いていたが、11時半まで待ってもその気配はなかった。こうして炊き出しの情報を、日々アップデートしていかなくてはならないのだ。

上野公園が一番過ごしやすいのは月曜日

 次に訪れたのは山谷にある左翼系団体が15時から炊き出しをしているという上野公園内の国立科学博物館前。
日曜の上野公園は日本人観光客とインバウンド客でごった返していたが、20人ほどの小さな人だかりが炊き出しの列であることはすぐにわかった。
 
 上野公園へ遊びに来ている雰囲気ではないことは直感的にわかったし、人だかりの横で団体のスタッフである70代の男性2人が、寸胴に入った料理をおたまでかき混ぜていたからだ。

 使い捨てのどんぶり容器に盛られたのは中華丼だった。白飯の上に白菜、人参、しいたけ、もやし、きくらげが入った具をたっぷりかけてくれる。煮込む時間が絶妙なのか、野菜がシャキシャキだ。そして、「あん」に強すぎるくらい生姜が利いているのだが、これが抜群にうまかった。

 豚肉やうずらの卵など、動物性の食材が入っていないことに少し寂しさを覚えそうなものだが、生姜の旨味がすべてをカバーしている。

 おせじ抜きで、今まで食べた中華丼の中でも、これが一番うまい。

牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し」の現場
炊き出しでもらった中華丼
 隣にいた60代の男性も夢中になって中華丼を口に運んでいたので、味の感想を聞いてみる。

「この中華丼は生姜が利いていて美味しいですね」
「そうですね」
「路上ですか?」
「そうです」

 しばらく素っ気ない返事が続いたものの、同じペースで中華丼を頬張っていると、だんだん警戒心も解けてきた。

「だいぶ暖かくなってきましたね」
「いや~、とりあえず昼間は暖かいですけど、夜は気温が下がりますし、また明日から寒いみたいですよ」

 男性は上野公園内を転々としながら暮らしているホームレスだという。

「路上は何年ですか」
「もう、だいぶ長くなりましたよ。いつからと聞かれても、そんなの忘れてるくらい。こんな生活になっちゃったのにはそれぞれワケがあるんだろうけど、なぜかみんな上野に来ますよ」

 上野で暮らすホームレスには、1970年代初頭に集団就職で東北から上京してきた人も多い。上野は「東京の北の玄関口」とも言われる。当時、初めて東京に来たときの印象が強く残っているので、上野で暮らしている。そう話すホームレスもいた。

 スプーンを持つ男性の手元を見ると、乾燥した指にヒビが入っていた。ただ、ヒビの間はガチガチに固まっていて、かなり頑丈そうだ。だいぶ、年季が入っている。

牛丼1杯もらうのに2時間説教。“タダ”では済まない「炊き出し」の現場
上野公園にある東京文化会館の軒下には夜になるとホームレスたちが集まる
「上野公園の中だと、どこが寝やすいですか?」
「まあ、外で寝るわけだから、静かに寝られるところなんてないですよ。それにまあ、そろそろ花見のシーズンですからね。人が増えればゴミも増えるし、桜が咲いているときはしっちゃかめっちゃかでもう大変ですよ。でも、明日はほとんどの施設が休みだから人がだいぶ減るんです。上野公園は1週間の中で月曜日が一番過ごしやすいですよ」

 調べてみると、恩賜上野動物園も、東京国立博物館も、国立科学博物館も、国立西洋美術館も、東京都美術館も、上野公園内にある施設は軒並み月曜日が休館日だった。

 ゴミを漁れば手つかずのメシが大量に手に入るから、「花見はホームレスにとって勝負のシーズン」とはよく聞いた話だ。

 たしかに、上野公園に600人以上のホームレスがいたと言われるバブル崩壊時ならば、炊き出しのメシも取り合いになっていたかもしれないし、花見のゴミすら奪い合っていたのかもしれない。ただ、そんな時代はとうの昔に終わったのだ。

<取材・文・撮影/國友公司>

―[ルポ路上メシ]―

【國友公司】
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。
2018年、西成のドヤ街で生活した日々を綴った『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)でデビュー。ライターとして取材地に赴き、その地に長らく身を置く取材スタイルを好む。著書に『ルポ歌舞伎町』、『ルポ路上生活』(KADOKAWA)、『ワイルドサイド漂流記』(文藝春秋)がある。X:@onkunion
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