常松は当初、金融大手ゴールドマン・サックスへの就職が内定していたが、MLB挑戦を決断し内定を辞退した。日本のプロ野球を経ずに、いきなりアメリカのマイナーリーグに身を投じる選択は異例だが、近年では同様の進路を選ぶ若者が相次いでいる。こうした動きは、挑戦の物語というより、日本のプロ野球や雇用制度が若者にとって「選びにくい場所」になりつつある現実を浮き彫りにしている。
ジャーナリストの森田浩之氏は「日本のプロ野球を経ずに渡米する若者が増えている背景には、挑戦よりも“窮屈さ”が先に立つ国内制度の問題がある」と指摘する。(以下、森田氏による寄稿)
慶大選手の米マイナー入り
慶應大学の4番打者だった常松広太郎外野手が、MLBのカブスとマイナー契約を結んだ。就職難関企業の一つであるゴールドマン・サックスの内定を辞退しての決断であることが話題だが、これは決して挑戦の美談ではない。日本のプロ野球、ひいては日本社会が、一人の若者にとって未来を生きる場ではなかったことを示す出来事だ。ここ数年、日本のプロ野球を経ずにアメリカを目指すアマチュア選手が相次いでいる。花巻東高校で通算140本塁打を放ち、スタンフォード大学に進学した佐々木麟太郎。超進学校の東京・桐朋高校で二刀流選手としてプレーし、MLBのアスレチックスとマイナー契約を結んだ森井翔太郎。彼らに共通するのは、日本でプロに進むことが必ずしも合理的なキャリアの選択肢ではないという判断だ。
夢の舞台とされてきた日本のプロ野球だが、冷静に見れば実態は典型的な日本型雇用だ。
日本の雇用システムからあえて外れる選択
一方、MLBのマイナー契約は不安定だ。年俸は低く、スケジュールは過酷で、移動は長距離バス。だが評価はあくまで数字に基づき、壁に当たったら独立リーグへの移籍や大学への編入など、やり直しの道が用意されている。佐々木と森井は、この構造の違いを早くに見極めていた。常松は当初、日本でのプロ入りを志望したが、見つめていた現実は同じだったろう。
彼らは安定を捨てて挑戦したというより、選択肢を狭める道から距離を置いた。就職先としては安心だが、修正が難しい進路を回避したのだ。
これは野球界に限った傾向ではない。一般の若者の間でも、日本の雇用システムからあえて外れる選択が広がっている。
選ばれなくなったのは日本のプロ野球に限らず、安全とされる進路が抱える不自由さなのだろう。カブスからオファーが届いたときの気持ちを、常松は「現実かなと思うくらいびっくりした。でも、面白い人生になるなと思いました」と表現した。この言葉こそ、日本的制度の窮屈さを静かに物語っている。
【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など
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