1日あたりの利用者数が300万人以上に上るとされる東京のターミナル駅・新宿駅。南口を出ると左前方にはJR新宿ミライナタワーがそびえ立つが、右前方に広がっているのは、ぽっかりとした空き地。
新宿駅の目の前という一等地に広がる異様な光景は、日本の不動産開発・建設業界が置かれた未曾有の状況を物語る。
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なぜ工事はストップしたまま?

 経緯は4年前の2022年にさかのぼる。同年11月に都市計画決定告示がなされた「新宿駅西南口地区開発計画」は、京王電鉄とJR東日本が事業主体となって進める新宿駅前の再開発事業。北街区の「京王百貨店新宿店」「ルミネ新宿 ルミネ1」を取り壊し、両社が共同で高層複合ビルを建設し、ビル内には国内外の富裕層をターゲットにする最高級ホテルも開業予定だった。甲州街道を挟んで南側の南街区のビルも取り壊し、同じく高層ビルを建設。全体で約1万6300平方メートルのエリアで、総工費約3000億円をかけて建て替え工事を行うという大規模なプロジェクトだ。

 ちなみに、この西南口地区の北側では「新宿駅西口地区開発計画」が進行中であり、すでに解体された小田急百貨店新宿店の跡地に商標施設やオフィスが入居する高さ約260メートルのビルが建設中で、29年度に竣工予定となっている。

 広大な空き地となっているのは、西南口地区の南街区だが、なぜ工事がストップしたままになっているのか。既存ビルの解体は23年度から始まり、概ね完了しているとみられ、跡地には地上37階建ての複合ビルが建設される計画となっていた。だが、京王電鉄は25年3月に突如、南街区の工期完了時期を「2028年度(予定)」から「未定」に変更すると発表。同社は施工する建設会社が決まらないためだと説明しているが、これだけの大規模開発で3年後に竣工予定の高層ビルの建設会社が決まらないというのは異例の事態だ。

 京王電鉄は取材に対し「現時点で施工候補会社と協議中で、契約にいたっていないためです」「(建設費用の予算超過額については)今後の検討により、変動が生じた場合、速やかに公表いたします」というが、いったい何が起きているのか。不動産事業のコンサルティングを手掛けるオラガ総研代表取締役の牧野知弘氏はいう。


「一般的な話として、これだけの大規模開発案件では、解体作業が始まる段階で新たな建物の施工業者が決まっていることが多い。建設会社が施主であるディベロッパー(※今回の場合は京王電鉄)との正式な請負契約締結前に、昨今の建設コスト高騰と工期中の将来的なコスト上昇を踏まえて非常に高い見積金額を提示したのか、あるいは大きな損失が発生するリスクから工事の引き受け自体を拒否した可能性が考えられます。ディベロッパーとしては、当初想定の事業費を大幅に上回るかたちで建設会社に発注をすることは難しく、高層ビルの施工能力を持つ複数のスーパーゼネコンに声をかけても、見積金額や条件で折り合える建設会社が出てこなければ、建設に着手できないということになります」(牧野氏)

スーパーゼネコンですら大規模な建設案件を受けられない

中野サンプラザ白紙化、新宿駅前も未定に。東京の大規模再開発が“決まらない”異常事態のナゾ
「新宿駅西南口地区開発計画」完成イメージ(新宿区の公式サイトより)
 こうした動きは業界全体でみられるという。

「これまでの業界の慣習として、工事を請け負った建設会社は、工期中に資材の値上がりや工法・スケジュールの変更などで費用の増加が発生すると、増加分を建設会社が自腹で負担して損をかぶるのが当たり前でした。『請け負け』と呼ばれるものですが、未曾有の建設コスト高騰により、体力のあるスーパーゼネコンですら、工期が長期にわたる大規模な建物の建設を受けられないと判断して『見積の提示自体を拒否する』といった動きがここ数年で顕著になってきています。また、2024年に始まった建設業での時間外労働規制適用を受けて、建設会社が作業員のノー残業や週休2日を前提とした見積金額を提示するようになり、以前と比べて工期が長くなってしまう点も、見積金額の押し上げ要因になっています」(牧野氏)

 気になるのは、このまま着工ができないとなると、この新宿駅前の土地はどうなるのかという点だ。

「たとえば、暫定的に公園を造成したり、容易に取り壊しが可能なかたちで飲食の店舗などを営業させて、国内の建設費用の相場が正常な状態に戻るまで数年待ってから、新たなビルの建設に着手するという案などが考えられます。これには前例があって、昨年7月に三菱地所は、解体工事中の東京・有楽町駅前の有楽町ビルと新有楽町ビルの跡地に暫定利用として公園を開設すると発表しました。ですが、多数のテナントが入居していた都心一等地の大規模なビルを解体して、その跡地に収益を生まない公園をつくるというのは、本来であれば考えられないことです」(牧野氏)

 今回の新宿駅駅前の再開発では、北街区は南街区の開発後に既存の京王百貨店を解体し、跡地に地上19建てのビルを建設して2040年代に工事が完了する計画となっているが、南街区の着工延期で計画全体に大きな狂いが生じる懸念がある。

中野サンプラザ跡地の再開発が白紙化

 建設費高騰のあおりで施工を担当する建設会社が見つからず開発が中止・見送りになるケースは全国で相次いでいる。

 昨年大きなニュースとなったのが、中野サンプラザ跡地の再開発の白紙化だ。東京・中野区は老朽化した中野サンプラザを解体し、その跡地を含むJR中野駅新北口駅前エリアの拠点施設を整備する「NAKANOサンプラザシティ計画」を進めており、収容人員最大7000人の大ホールやホテルを含む棟、オフィスやマンション、商業施設を含む地上61階の高層ビルで構成される施設を建設する予定であった。

 中野区は事業費を当初、1810億円と見込んでいたが、事業者グループの代表事業者である野村不動産は24年1月、区に対し約2639億円に増えるとの見積を提示。さらに同年9月には3500億円を超えるとの見積を提示。
当初見込みの実に約2倍に膨れ上がったことを受け、中野区は25年6月、計画を白紙にすることを決めた。中野区によれば、今後の再開発計画については「未定」だという。

 建物の設計・施工を担う清水建設の見積もりが引き上げられたことが原因とされるが、白紙化の要因はなんなのか。野村不動産ホールディングスは取材に対し「すでに基本協定が解除されておりますため、お答えする立場にございません」とするが、前出・牧野氏はいう。

「発注者とディベロッパーの間で締結された基本協定が、諸事情で解除になるというケースは、まれに起こることではあります。あくまで推察となりますが、正式な請負契約締結前に清水建設は工事期間中の建築費も考慮するかたちで、複数回にわたり見積金額を上方修正して提示し、中野区側の見込みを大きく上回ったため、双方ともに請負契約は締結できないとの判断に至ったのではないでしょうか。かつて日本が経験したことがないレベルの建設費の急騰が起きており、今後もしばらくは続いていくと予想される状況下においては、事業者側か中野区側のどちらに責任があるのかという話ではなく、やむを得ない結果だといえるでしょう」

崩れるディベロッパーと建設会社の一枚岩

 
 このほか、名古屋鉄道が計8880億円を投じて進めている名古屋駅前の再開発では、25年12月、名鉄百貨店などが入るビルを解体して米高級ホテル「アンダーズ」などが入居する複合ビルを建設する計画の保留が発表。東京都の練馬区では区立美術館、目黒区では区民センターの再整備の計画が、事業費が当初見込みを大幅に上回ることを理由として中止になっている。

 こうした事態を受け、これまで一枚岩とみられたディベロッパーと建設会社の間にも不協和音が漂いつつある。大手ディベロッパーなどで構成される不動産協会は25年11月、建設会社などで構成される日本建設業連合会に異例の申し入れを実施。不動産協会は「建設業界や政府が公表するコスト上昇率と、会員企業が元請けから受領した見積価格の上昇率に大幅な乖離(かいり)が見受けられる」と指摘し、建設会社から提示される見積金額が「発注者には実態が極めて分かりづらい」と苦言を呈した。

 ゼネコン社員はいう。


「国内の建設需要の高まりと建設コスト高騰が重なり、ようは建設会社とディベロッパーの力関係が逆転しつつあり、それにディベロッパー側が業を煮やしているという面もあるでしょう。建設会社側は大きな損失が出るとわかっていながら工事を引き受けることはできないので、いくらディベロッパーから文句を言われたところで、どうしようもありません」

 不動産開発の世界で広がる狂騒は、しばらく続きそうだ。

<TEXT/山田浩二、協力/牧野知弘/オラガ総研代表取締役>

【牧野知弘】
オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。

【山田浩二】
飲食チェーンや学習塾、小売り企業を経てIT企業でシステム開発業務に従事。現在はフリーのライターとして主に企業・ITなどのジャンルに関する取材・記事執筆を行っている。
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