シンガーソングライター春ねむりの楽曲に賛否
シンガーソングライター、春ねむりが高市早苗首相を批判する新曲「もううんざりだよ」を自身のYouTubeチャンネルにアップしました。「ファシスト政治家が任期を全うせずに性急に選挙をして裏金や統一教会との癒着などをうやむやにし、より強権的な政府運営を目論んでいる発言があったので、曲を書きました」と、楽曲制作に至った背景を説明しています。重厚感のあるビートと冷ややかな電子音に乗せて、<資本主義に絡め取られる議席 クソジジイしか出演しない喜劇>とか、<だいじょぶ? 壺とか買わされてない? カルト・パーティ マジで踊れない>といった刺激的なラップが展開される曲です。昨年参政党のさや氏を批判した「IGMF」に続き、“右翼”や“保守”の人たちの思想を強烈に否定していく。
やはり賛否が分かれています。“選挙で民意を問うと言っている高市首相のどこがファシストなのか”などと疑問を投げかける声の一方で、選挙に至った経緯が不透明で高市首相の説明が不十分だから春ねむりの主張にも一理あると理解を示す人たちも。
意見が対立している様子から、ひとまず春ねむり氏のメッセージは伝わったと言えそうです。
「メッセージを伝えるための道具」に格下げされた音楽
だからこそ、ここに大きな問題があります。それは、音楽がメッセージを伝えるための道具に格下げされているという皮肉な現実です。言うまでもなく、春ねむり氏が高市首相を否定すること自体には、何も問題がありません。そのような言葉を誹謗中傷にならない範囲で発することは、当然の自由として認められています。
それは一人の国民、市民としての春ねむり、という人物における自由の話です。
では、ミュージシャン、ソングライターとしての春ねむりを考えた場合、「もううんざりだよ」の表現をどう捉えるべきなのでしょうか?
ここでの表現はすべてが一直線です。言葉の選び方、組み立て方、ニュアンスのあらゆる面で、すぐに高市首相、ならびに自民党を補完する勢力に向けられた批判であることがわかります。
確かに攻撃的かつ刺激的ですが、言葉そのものの持つ自由を著しく制限した表現であるということも言えます。つまり、意味や文脈を極めて狭めているからこそ、誰が読んでも誤解がなく意味が伝わるような言葉の使われ方にしかなっていない。
つまり、“市民”春ねむりが訴えたいことが完全に伝わるために、創意工夫を犠牲にしたメッセージなのです。「もううんざりだよ」の歌詞が体現する、高い純度の表現は、こうした皮肉に裏打ちされているのです。
しかし、それは言葉の意味や領域を広げるという、ソングライター本来の仕事ではありません。にもかかわらず、“楽曲”という形で発表するところに、“市民”と“アーティスト”があいまいにもたれあっている構図が浮かび上がるのです。
シンガーである前に、“権力批判をする人”として認識される可能性
それは、春ねむり氏のキャリアにも影を落としかねません。このような直接的な権力批判をすれば、その時々で名前が売れるでしょう。けれども、そうすればするほどに世間は彼女を“そういう人だ”という記号にはめ込みます。その結果、純粋なメッセージだったはずのものが、強固なブランディングとなり、ついには商品として回収されるからです。
こういう話をすると、“じゃあトランプを批判したブルース・スプリングスティーンみたいな人はどうなる?”と言う人もいるでしょう。
でもスプリングスティーンは権力批判をするだけのミュージシャンではありません。
春ねむり氏は、現状では参政党と高市早苗首相をディスった人、というのが世間の認識であり、それがプロフィールと一致してしまっています。要するに、もうそういう表現しか期待されなくなっている危険性があるのです。
いや、すでにそうなっているのかもしれませんが……。
権力批判をする自由を守ることと、言葉の自由を守ることは全く違う。
「もううんざりだよ」から得られる教訓です。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
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