「14歳未満の子供を家に一人で残すことは違法」留守番に厳しい制限を設けるアメリカ

アメリカに住んでいると日本の文化は、アメリカでは到底実現できないと感じることが多い。そのうちの1つが、「子供の単独行動」だ。

日本では、大方の小学生は子供たちだけで登校する。
都心では私立学校に通う子供が、見知らぬ大人に混ざって満員電車に揺られている。夕方は、子供だけで暗くなるまで公園で遊ぶ。塾に通う子供は暗くなっても1人で帰宅する。小学生だけで自宅で留守番することは珍しくない。以前と比べれば犯罪への警戒心が高まり、スマートフォンのアプリからの発信などで子供の居場所を把握する親は多くなったものの、日本の子供を取り巻くこうした環境に根本的な変化はない。都会と郊外の違いはあるものの、日本は治安がよく、子供だけで動き回ることができる。

こうした文化を象徴するのが、日本テレビ系列で1991年に放映がスタートした「はじめてのおつかい」という人気リアリティー番組だ。就学前の幼い子供が、親に頼まれて初めてお使いに行く姿をカメラが追う。道を間違えたり、寄り道したり、泣きべそをかきながら初めての買い物をやり遂げる姿は健気で、視聴者に共感と感動を与える。今年1月2日にも、新年の目玉番組としてゴールデンタイムに放送された。35年以上の長きにわたって親しまれる番組内容に疑問をはさむ声は、日本国内にほとんどない。

一方アメリカでは、こうした光景を目にすることはない。
犯罪から子供達を守るため、もしくは「精神的、肉体的苦痛を与えない」という理由で、子供たちだけで行動することは、極端に制限されている。

少なくとも小学生は、両親か、両親から委託された付添人が学校に送り迎えするか、スクールバスの乗り場まで同伴する。公園で遊ぶ子供は多いが、その際、親はすぐそばにいる。子供だけで留守番をさせれば、危険にさらしたとして「児童虐待」を問われる。15の州では子供を1人きりで家にいさせることができる年齢が法令で決まっており、シカゴがあるイリノイ州は「14歳未満の子供を家に一人で残すことは違法」というガイドラインを定めている。

「小さい子供だけで外出は危なすぎる」……アメリカ人が人気番組に示した難色

「はじめてのおつかい」を観たアメリカ人のリアルな反応。 「子...の画像はこちら >>
’22年にネットフリックスが「Old Enough !」( 「何かをするのに充分な年齢」という意)というタイトルで「はじめてのおつかい」の世界の配信を始めた。日米の暮らしの違いを知るには、これ以上のものはないとその時、アメリカ人の友人数人に「はじめてのおつかい」を見せようとした。知人のほとんどは大都市ニューヨークに在住で、いずれも、見る前から番組の設定に難色を示していた。

「小さい子供だけで外出だと?やめてくれ、危なすぎる」
「リアリティーショーはアメリカにはたくさんあるけど、そんなことを考える奴はいない」

驚きを超えたような反応ばかりで、中には「ナンセンスだ」と怒り出す知人さえいた。
何とか見せるところまでたどりつくと、楽しんでいたが、「東洋の変わった習わし」とみなし、現実味は持てなかった様子だった。

「はじめてのおつかい」を観たアメリカ人のリアルな反応。 「子供の単独行動」が“極端に制限”される理由
ネットフリックス「はじめてのおつかい」について取り上げるABC News
当時、アメリカの主要メディアも次々に「はじめてのおつかい」について取り上げ、大きな反響を呼んだ。ニューヨークタイムズは番組紹介の記事のほか、日本の文化論やアメリカの教育事情などを盛り込んだ別の記事を配信したほどだ。

アメリカ大手メディアの他の記事には、撮影場所は日本の地方であり、都会とは違う特殊な環境だからできることだ、というような指摘もあった。
日本人としてはいささか首を傾げたくなるような分析で、自分たちにとって信じられない世界を、無理やり「特殊な環境」にはめ込んで説明しているように思えた。そのぐらい、「はじめてのおつかい」はアメリカ社会では考えられないものなのである。
ただ、そのアメリカも、かつては子供が自由に走り回っていた。今のような厳しい規制体制を作ったきっかけの一つになったのは、ニューヨークで起きた誘拐事件だった。

「子供だけで遊ぶなんてもってのほかになった」NYの誘拐事件が全米に与えた影響

「はじめてのおつかい」を観たアメリカ人のリアルな反応。 「子供の単独行動」が“極端に制限”される理由
ニューヨーク・ソーホー(写真:Adobe Stock)
’79年5月25日朝、ニューヨークのソーホーで自宅からスクールバスの乗り場に向かって歩いていた6歳の男の子、イータン・パッツ君がこつ然と姿を消した。母親がイータン君をわずか1ブロック先の乗り場まで1人で歩かせた初めての日のことだった。

事件はニューヨークのみならず、全米を揺るがせた。イータン君の顔写真が牛乳パックに印刷されるなど、子供の行方不明事件に関心が集まった。その後、レーガン大統領によって5月25日が「行方不明児童の日」に定められ、児童保護のための非営利組織、全米行方不明・被搾取児童センターが設立された。

事件から33年がたった’12年4月に別の事件で服役中の男が、事件当日、イータン君と一緒にいたと証言したという情報があった。当時、現場周辺を取材するほか、数人の住人から話を聞く機会があった。

ソーホーといえば今でこそ、アートギャラリーや高級ブティック、トレンディなレストランが立ち並ぶニューヨークきってのファッショナブルな街だが、当時は周辺のビル群はほとんどが空き家で、板で出入口を覆った店舗があちらこちらにあった。
石畳の通りには、盗難車の錆びついた残骸が散乱し、住民は路上でゴミを焼却していたという。イータン君と同い年だという男性がこう話していた。

「事件の前までは、夕方になっても子供たちだけで走り回っていたことを覚えている。暗くなってもお構いなしで遊んでいた。でもあの事件があってからは、ガラッと変わった。子供だけで遊ぶなんて、もってのほか。学校には必ず親父の自転車に乗せられて通うようになり、子供だけで歩く姿は街中でまったく見なくなった」

ソーホーの変化は全米に広がって、アメリカの子供たちの生活を一変させた。親の管理が「子育て」の支柱となり、伸び伸びと遊びたいはずの子供たちの「自由」を奪ってしまった。1つの事件がきっかけで社会は大きく変わる。日本もいつアメリカと同じようになるかはわからない。

証言した男はその後、殺人などの罪で有罪判決を受けたが’25年7月、控訴審が判決を破棄した。物証が乏しい上に、男には精神疾患と妄想の既往症があったため、証言に信ぴょう性がないとされた。
イータン君は未だに見つかっていない。

【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。
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