「休日の電話に出ないのは、当然でしょう」
そう言い切る若手社員がいる一方で、「それなら、誰が代わりに動くのか」と眉をひそめる上司もいる。業務時間外の連絡を拒否できる「つながらない権利」をめぐる議論を背景に、労働基準法改正も審議されていた。


若手にとっては“守られる制度”。一方、上の立場に立つ人間にとっては“責任が一段と重くなる制度”。この小さな温度差が、職場に静かな分断を生み始めている。

「出ないと後が面倒」若手が学んだ“電話に出る職場”

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中村さんにとって、電話に出るかどうかは「選択」ではなかった。出なければ評価が下がる。出れば休みが消える。その二択しかなかった。関東近郊の鉄道会社で車掌として働く中村正憲さん(仮名・20代後半)は運転士だった新入社員時代、時間帯を問わない職場からの着信に悩まされていた。

「例えば朝5時からの早番勤務で病欠が出ると、4時半頃に職場から電話がかかってくるんです。『出勤時間を過ぎたか』と思って慌てて出ると、急な呼び出しであることはザラ。特に電車は運転士がいないと動かないので、休日だろうが『何をおいても出てこい』という無言の圧がありました」

就寝の最中に連絡が入ってくることに、抵抗感はなかったのか。

「もちろん嫌でしたし、『こんな時間に電話してくるなよ』と思っていましたよ。ただ自分の働いていた会社は体質が古く、上司への返答は基本的に『ハイ』か『イエス』しかない。
電話に出ないと次に出勤した際に呼び出され『ちょっとは協力したら?』などと嫌味も言われる。後々の面倒を避けたいという気持ちから、結局は出社してしまうことが多かったです」

業務時間外に職場から急な呼び出しがあった場合、中村さんのように立場上「NO」が言いにくい若手社員は多い。

「出なくていい」制度が生んだ、もう一つの問い

「休日の電話に出ないのは当然」な若手と「責任が重くなり休めない」上司…「つながらない権利」で分断される職場のリアル
勤務から解放され、ようやく眠りについたところで「会社に来い」と連絡が入れば、多くの人はしかめ面になるだろう(写真:AdobeStock)
こうした社員を保護するねらいで出てきたのが、業務時間外の連絡を拒否できる「つながらない権利」だ。

だが現場では、制度の是非とは別に、「その間、仕事は誰が引き受けるのか」というもう一つの問いが浮かび上がっている。

「発信者にとっては重要な内容でも、『すぐに返事をよこせ』と圧をかけ、無視すれば詰めるのは典型的なパワーハラスメントです。弱い立場にある労働者を保護するため、メールやチャットも含む『急な呼び出し』を拒否できるようにするというのが、『つながらない権利』の基本的な発想です」

社会保険労務士の小野純さんはこう説明する。「つながらない権利」が注目されるようになったのは’20年代前半、コロナ禍でテレワーク(在宅勤務)が国内に普及したことがきっかけだった。

「在宅勤務はスマホやPCを通じ、絶えず仕事の連絡が入ってくる。メンタルヘルスの不調を訴える社員が増えたことを背景に、労働者・使用者(会社)・識者で構成される労働政策審議会(労政審)で法制化に向けた審議がなされ、’26年の労働基準法改正に向けた議論の中で『つながらない権利』のガイドライン策定が検討されるようになりました」(小野さん)

「つながらない権利」は、業務時間外の連絡を拒否できる制度として若手社員から期待を集めている。しかし、業種・業態によって一律の適用は難しいとの声も根強く、線引きを巡る議論が続いている。

「患者の容態変化に左右されやすい医療・介護業界や、事件事故・トラブルがあった場合に呼び出しが発生しやすいマスコミ、IT、鉄道などの業界は今後、あらかじめ法律の対象外とするか、一定のガイドラインにもとづいて『労使間協定』を結ぶ方向となる可能性が高いです。ただし、会社側が『緊急』と思えば連絡が入れられる状況では、使用者にとって都合のいい運用となりかねないことは心得ておくべきでしょう」

「じゃあ誰がやる?」上司が飲み込んだ言葉

「休日の電話に出ないのは当然」な若手と「責任が重くなり休めない」上司…「つながらない権利」で分断される職場のリアル
PR会社で管理部門責任者を務める岡本さん。「昭和世代として、平成・令和との感覚差を実感することはしょっちゅう。昨年末は忘年会で野次を飛ばして引かれました」とこぼす
若手が「出なくていい」と言えるようになった一方で、現場を回す側の本音は、なかなか表に出てこない。業務時間外に仕事の連絡を入れる(受ける)ことについて、一般企業の管理職はどう感じているのか。

「一番驚いたのは週終わりの金曜に、新入社員が会社支給の携帯をロッカーに置いて帰ろうとしているのを見たとき。
会社や顧客から急な連絡が入ってきた場合に備えて持たせているというのに……。これが令和入社の若手社員かと思いました」

PR会社で管理部門の責任者を務める岡本政勝さん(仮名・50代前半)は苦笑いする。毎週月曜日に経営会議があるため、資料の準備が終わらない場合は、日曜の夜に準備をしたり、社内のチャットツールで部下とやり取りを行ったりすることも多い。

「業務時間外であれ、部下に困り事があれば連絡を受けるのは、管理職としての責任の範囲内と思っています。ただ今のご時世、若手に同じ感覚は求められない。必要な業務連絡は極力、平日でやり切っていかないといけないとも感じています」

イルカを横目にトラブル処理も今は昔……働きすぎは「人として欠陥」

自分自身は土日も当然のように働いていたが、同じことが若い社員から敬遠されるという嘆きは、他の管理職からも聞かれた。

IT企業で代表取締役を務める江島莉佳子さん(仮名・50代前半)は、休日に上司からシステムダウンの連絡を受ければ「喜んで!」と会社に赴く元「モーレツ社員」。月あたりの労働時間が300時間を超えることも珍しくなく、働きぶりが評価され、代表取締役に昇進した。

「30代のとき、休暇中に旅先でイルカを眺めるツアーに参加していたら緊急の電話が入り、イルカがはねる姿を見ながら、上司と話し込んだこともありました。ただこの話を今の若手にしても、『で?』という反応。『休みの日も働いているのは人として欠陥がある』という視線すら感じます」

「つながらない権利」の導入で、管理職になりたい若手がさらに減る?

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江島さんの会社で、毎朝チャットツール「slack」に流している「前日の労働時間速報」。業務時間外も含めて労働時間が長い社員は、泣き顔マークで「危険度」を知らせている
現在は在宅勤務の社員も多いため、会社として労働時間の把握に努めているが、労働時間の長い社員を呼び出して追い詰めると「転職してしまうのではないか」と不安もある。そこで現在は業務時間外のやり取りも含む前日の労働時間をアプリが自動集計し、朝一番に社内用チャットツールに流す方法を取っている。

「月あたりの労働時間が長い社員は、泣き顔つきの絵文字で警告を行っています。自分の労働時間が人目に曝されている緊張感もあってか、このやり方を取り入れてからは会社全体で労働時間が減ってきました」

「つながらない権利」について江島さんが懸念していることがある。
固定報酬制の管理職に昇進すれば、「残業」という概念はなくなり、出社義務や労働時間が今より増えるのは避けられない。たとえ休日に働いたとしても「つながらない権利」を根拠に主張することが難しくなってしまうため、「管理職になりたがる若手は、今よりさらに減ってしまうのではないか」と考えている。

「私自身は、土日に働くことで少しでも社員が楽できるなら何でもやろうと思っています。でも今の若手に今以上の責任を与えると壊れてしまいそうで、下手には任せられないですね」(江島さん)

責任は上に集まり「休めない」

若手が管理職を避ける理由は、価値観の変化だけではない。制度が変わりつつある今もなお、「結局、責任は上に集まり休めない」という現実が可視化されているからだ。

パーソル総合研究所があらゆる雇用形態・業職種を対象に実施する調査(’25年度版)によれば、今後のキャリアに関して「現在の会社で管理職になりたい」と回答した割合は16.7%と、過去8年分の調査で過去最低の割合だった。冒頭で紹介した鉄道会社社員の中村さんは、現場の監督職も経験したことがあるといい、その立場からこう話す。

「もし若手社員が『つながらない権利』を根拠に急な呼び出しを拒否すれば、その分の尻拭いをするのは現場の監督職、すなわち中間管理職です。休日出勤する管理職の姿を横目に『やっぱり管理職になりたくない』と考える若手社員は、さらに増えるのではないでしょうか」

悪循環を防ぐために大事なのは、日頃からの意思疎通だと話す。

「私自身、業務時間外に呼び出しを受けるのは嫌ですが、頼まれ方一つで気持ちが変わることもある。最終的には、普段からコミュニケーションが取れているかどうかがものを言うと思っています」

「つながらない権利」は、若手を守る制度だが同時に、“つながらなかった分”の仕事がどこへ行くのかという問題は、まだ解かれていない。

「休みの日くらい、出なくていい」という若手と「その間、現場は止められない」と思う上司ーーこのすれ違いが埋まらない限り、制度が整っても、職場の分断は静かに広がっていく。


小野純(おの・じゅん)
2003年開業。企業顧問として「就業規則」「労働・社会保険手続」「労務相談」等の業務に従事。顧問先のハラスメント研修、法人会等の講演活動を展開。雇用クリーンプランナー(SA社)顧問としてYoutube活動、社労士向け研修用DVD(ブレイン社)等も展開中。

<取材・文・撮影/松岡瑛理>

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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