図鑑を読み耽った少女時代
――深海魚が好きになったきっかけを教えてください。田原舞:小学校高学年のとき、テレビ番組で深海魚を取り上げていたんです。簡単にいえば、ラブカに一目惚れをしたんです。当時、水族館はありましたが、少なくとも身近に深海魚をじっくり見られる施設を私は知りませんでした。そこで、図鑑を購入して、繰り返し読んでいましたね。
――ブランド名にもなっているラブカの魅力は、どんなところですか。
田原舞:サメなのにサメらしからぬフォルムをしていて、愛らしいと思ったんです。ニコッと笑っているかのようなお顔にも愛着を感じました。また、目は光が当たると緑色の宝石のように光り、それも魅力的でした。ラブカの歯は三叉になっていて、これは現世ではラブカだけの特徴なのだそうです。古生物を感じさせるそんなチャームポイントにも、惹かれました。
観賞から「実食」のステージへ
田原舞:そうですね。最初のうちは図鑑で読んで、大人になって水族館に入り浸って……という感じでしたが、ブランド立ち上げ以降、漁師さんや知り合いから深海魚を譲っていただくようになり、食べることにも挑戦し始めました。
――率直に聞きますが、美味しいんですか?
田原舞:種類にもよりますが、美味しい種類は本当に感動するくらい美味しいです。トウヨウカマスの塩焼きは、あまりの美味しさに感激しました。また、ラブカはやはり美味しいですね。基本的に、深海魚は水圧に負けないように身体に水分もしくは油分を蓄えています。水分を蓄えているタイプの魚は味がいまいちであることが多く、油分タイプは美味しいことが多いと思います。
「キモい」の一言に傷ついた過去
――ただ、そんな有り余る愛を、学生時代は表現できなかったとか。田原舞:そうなんです。中学生のとき、仲良しの友人に打ち明けたことがあるのですが、「え、キモいじゃん」という反応でした。そのとき、深海魚を否定されたことで自分を否定されたように感じて、なかなか近しい人にも言うのを躊躇していたんですよね。
――高3のときに交際していた方とご結婚され、現在はお子様もいらっしゃると伺いました。当時彼氏だった旦那さんには、伝えていたのですか。
田原舞:はい。家に遊びに来るときには当然、魚の図鑑がたくさんありますので、「魚が好き」という認識ではいたと思います。ただ、ブランドを立ち上げるまでは、ここまで好きだとは思っていなかったと思います(笑)。
高3で発症した発声障害で、世界が暗転
――ブランド立ち上げの経緯を教えてください。田原舞:家族は私の深海魚好きを知っていましたが、先ほどお話した事情で、あまり友人などには伝えていませんでした。ただ、親戚と話しているときに、「深海魚のグッズのほとんどは子ども向けで、大人が気軽に使えるものが少なくて……」と漏らしたら、「じゃあ自分でやってみたらいいのに」と言われたんです。まさか自分でも、絵の心得もないのにデザインをしてお店を立ち上げるなんて、夢にも思っていませんでした。
――ブランド立ち上げの前後で、どのように変わりましたか。
田原舞:正直、ここまで多くの人たちとかかわるつもりがなかったので、驚いています。今でこそ、ありがたいことにお客様とお話をしたり、こうして取材でさまざまな人たちと話す機会がありますが、昔の私は極力それを避けていたんです。その原因は、高校3年生で突然発症した、発声障害です。当時、プールの監視員のアルバイトをしていたのですが、マイク案内をしようとしたところ、急に声が「あ、あ、あ、あ……」というふうに出なくなったんです。本当に、マイクの故障ではないかと思ったほどです。
病院をいくつも受診しても原因がわからず、それ以来、自分の身体に何が起きているのか、まったくわからず不安な日々を数年間過ごしました。私は21歳で始めての出産を経験しますが、当時ですら、かなり塞ぎ込んでいたと思います。ちょうどその前後に、テレビで発声障害を扱っていたんです。症状のすべてがまさに自分のことで、病名が数年後しにやっとわかったことにやや安堵したのを覚えています。
手術と注射を繰り返しながら前を向く日々
――発声障害にもいろいろな種類がありますが、田原さんの症状はどのようなものでしょうか。田原舞:私の場合、痙攣性発声障害といって、声が震えたり詰まったりして出にくくなるんです。イメージとしては、電波の悪い電話のようにブツブツ途切れる感じです。私は、特に「あいうえお」の母音が言いづらくて、「ありがとうございます」と言っているのに「りがとうございます」と聞こえてしまったり、「あ、り、が、と……」という細切れの発声になってしまったりするんです。接客業のアルバイトをしているときも、お客様から「なに言ってるかわらかねぇよ」と吐き捨てられたり、声がカサカサになっているので「風邪? うつさないでね」と言われることもありました。
――治療法はあるのでしょうか。
田原舞:22歳のときに、喉に金属を埋め込んで声帯を広げる手術を行いました。事前の説明でもありましたが、これは完治するものではなくて、だいたい発症前の5~7割くらいのコンディションに戻るようなものです。実際、私自身もそう感じています。
「死にたい」と泣いた絶望の淵で夫が支えに
――ご病気になられて、世界がどのように変わりましたか。田原舞:相手の方にそうした意図はなくても、「え?」と聞き返されることで、とても自信を削がれてしまう場合があります。あるいは、「もっとこんなことを伝えたい」と頭に描いたものがあったとしても、苦手な発音があるとそれを回避してしまったり、言葉が詰まることを恐れて短く浅いコメントで済ませてしまうこともあって、とても悔しい思いをしています。
本当に子どもには申し訳ないと思いつつも、コミュニケーションを避けがちだった私は、なるべく人気のない公園に連れて行ったり、幼稚園のイベントも最低限の参加にしたり……という具合でした。急に世界が狭まったことは私自身もつらく、「死にたい」と泣く日も多かったです。
――死に直結する病気でないだけに、かえって「死にたい」が理解されないこともありますよね。
田原舞:本当にそうだと思います。世の中にはもっと重篤な病気の人がたくさんいることも承知していますし、何より閉鎖的になっていく自分の振る舞いこそが嫌になったりもするんです。そんななか、夫は当時発声障害を専門に診てくれる遠方の病院にも送り出してくれたり、泣いている私の話を聴いてくれるなど、いろいろと支えてくれました。理解してくれる人にも恵まれ、また自身の「好き」をブランド化できたことで、人生が好転したと思います。
誰かの人生に彩りを添えていきたい
――これからの展望などを教えてください。田原舞:多くの深海魚ファンの人たちに届く商品を生み出して、「素敵だな」と感じてもらえたら嬉しいと思っています。また、一度SNSアカウントで病気について告白したことがあるのですが、その際にも当事者の方や関係者の方からさまざまな温かいコメントをいただきました。翻って、現在もなお、昔の私と同様にいまも絶望を感じている人たちもいると思います。私にできることがあれば、連絡をいただければ可能なかぎり力になりたいと思っています。私が深海魚という“推し”に救われたように、今度はどなたかの力になれたらと考えています。
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声にならない思いを封じ込める日々が続き、田原さんは少しずつ自分を閉ざした。そんな海底からすくい上げてくれたのは、幼いころから一途に思い続けた深海魚だった。”理屈抜きにただひたすら好き”――そんな情熱に突き動かされて立ち上げたブランドも、今年で6年目。今も彷徨う誰かの力になれますように。単に商品を売るだけに留まらず、人生に彩りを添えるプラスアルファを、田原さんは提供し続ける。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。
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