義父の暴力と性的虐待…居場所のない家庭で育つ
――育ったご家庭は、あまり居心地がよくなかったと伺いました。役満ろ満:そうですね。私が3~4歳のときに、シングルマザーだった母が再婚しました。2番目の父は、アザができるほど殴ってきたり、まだ5歳くらいだった私がひらがなをきちんと書けないなどの理由で下着姿でベランダに出すような男性でした。かと思えば、寝ている私の身体をまさぐってくるなど、性的いたずらのような行為もあり、折り合いはかなり悪かったんです。
弟は2番目の父と母の子どもですが、そうした虐待は行われておらず、「たぶん私だけ、何か違うのだろう」とは思っていました。ですから、ひょんなことから母子手帳をみて本当の父親がいることを知っても、ほとんど驚きはなかったですね。
「お前がいなければ」母の言葉で決めた離別
――その後、本当のお父様と暮らすことになるんですよね。役満ろ満:はい。小学校時代は図書館で読書をするような子どもで、中1で英検準2級を取得するなど、私なりには学業も頑張ってきたのですが、両親は何一つ褒めてくれませんでした。だんだん、何のために頑張っているのかわからなくなり、ある日、頑張れなくなったんです。
中1くらいから、ネット掲示板で会った男性に下着を生脱ぎで売るなど、いわゆる非行グループとの付き合いも濃くなっていきました。
本当の父とは小学校高学年のときに会ったことがありました。中3で私の反抗期がピークに達すると、家庭内でのいざこざが増え、母から「お前がいなければ家族は平和なのに」という趣旨の言葉を言われました。そのとき「私はいないほうがいいのかもしれない」と妙に腑に落ちましたね。その後、母は「もう育てられない」と本当の父に電話で泣きつき、私は引き取られることになりました。
父から土下座され、渡された手紙に書かれていたのは…
――本当のお父様との暮らしはどうでしたか。役満ろ満:私のことを理解してくれたと思います。たとえば、中学校を転校しなくて済むように、毎日送り迎えをしてくれました。あるいは、進学校への入学を蹴って、通信制高校と並行して興味のあった服飾の専門学校へ進学することも許してくれました。
母との結婚当初は銀行員だった父は、私と暮らすころには本業を持ちながら自分で不動産関係の事業をやっていました。しかしリーマンショックの煽りを受けて業績が立ち行かなくなり、私が17歳のときに父から「もう学費を支払えない」と土下座されました。仕方がないので身体で稼ぐことを伝えると、父から長文の手紙をもらいました。
――その手紙には、何と書かれていましたか。
役満ろ満:要するに、「働いたお金で毎日2万円を貸してほしい」という内容だったと思います。
「恐怖心が欠如している」から「死ぬことも怖くない」
――まだ17歳だった役満さんは、どうやって“身体で稼いだ”のでしょう。役満ろ満:いわゆる“援デリ”です。ネット掲示板などで素人を装って客を取るのですが、実際には組織で動いていて、風営法の許可を取っていないデリバリーヘルスのようなものです。通常のお店であれば「プレイ時間」があると思いますが、援デリは自分のやり方によっていかようにも時間をコントロールできるので、効率的に稼げる場合があるのが魅力です。
――裏社会とのつながりもありそうですが。
役満ろ満:お察しのとおりです。各地域にはそこを縄張りにしている“地回り”と呼ばれる人たちがいます。彼らにとって、私たちは食い扶持を持っていくカタキですから、何度か危ない目にも遭いました。地下駐車場で待ち伏せされて、そのまま監禁されたり、タダで性行為をさせられそうになったりもしましたね。
――単純に、怖くないですか。
役満ろ満:死ぬことも怖くなかったので、別に何とも思いませんでした。
――肝が座ってますね。お話を伺っていると、男性に対する期待がないように感じます。
役満ろ満:ないですね。多くの男性の根底にある、「あわよくば性欲の対象としてみてやろう」という魂胆が気持ち悪いと思ってしまうんです。どんな人も、突き詰めるとそこにたどり着くのではないかと思ったときから、期待できる対象ではありませんでした。17歳から23歳まで、私は薬物にハマるのですが、男性はほとんど愛情の対象ではなく、薬物を無償で提供してくれる利用対象でした。
「母と絶縁状態になった」驚きの理由
――男性に対する憎しみの根源には、どのようなものがあるとご自身では思いますか。役満ろ満:原体験としては、やはり2番目の父親に暴力で支配され、一方で性欲の対象としてもみられていたことがあるでしょうね。幼い頃から、「女性を下にみてくる男性には絶対に屈しない」と思って生きてきました。
――現在、お母様とはどのような関係性でしょうか。
役満ろ満:絶縁しました。3年ほど前、母が大病を患ったのをきかっけに、私のほうから同居を提案しました。そこからトントン拍子に話が進んでしまって、母、私、弟、それから母の3番目の夫で暮らすことになりました。4500万円ほどの自宅を購入することになり、契約者は3番目の夫ですが、実際には私がローンを返済する生活が続きました。しかしうまく行かず、3ヶ月くらいで私と弟は夜逃げ同然で家を出たんです。
「クソみてぇな人生」だけど…
役満ろ満:結局のところ、母は「ずっと女でいたい人」なんですよね。家事ができない母に代わって、私がすべて身の回りの世話をしてきましたが、働いて疲れて帰宅しても考慮してくれず、まるで小姑のような小言を言うんです。私が反論すると、3番目の夫に泣きつく、というのが常でした。母は私や弟のことをみておらず、ずっと自分が可愛い人なんです。
現在、母に対しては憎悪しかありません。母からつけてもらった名前は、思い出したくない記憶に結びついているため、家庭裁判所で改名をしました。もちろん、住民票には閲覧制限をかけ、転居先は伝えていません。
――紆余曲折のあった役満ろ満さんですが、将来はどのようになりたいですか。
役満ろ満:これまでの経験を生かして、ライターとして生きていけたらと思っています。まったく同じ経験をした人はいなくても、似たような生きづらさを抱えて育った人は多いと思います。私の人生は「クソみてぇな人生」ですが、それでもありがたいことに、noteを読んでファンでいてくれる人もいるんです。言葉にしづらい、あるいはするのも憚られるような経験をした人たちに、届くものを書けたらと思っています。
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役満さんの言葉でずっと耳に残るものがある。「死が怖くない」。それは勇敢さではなく、生い立ちの壮絶さに他ならない。彼女の半生はまさに捨て身。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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