物価高で「野菜まで贅沢」になりつつあるはずなのに、東京の下町では真逆の現象が起きている。大根99円、ニンジン2本100円、キャベツもスーパーの半値。
しかも激安の主役は、チェーンでも老舗でもなく、DIY感満載の“外国人経営の青果店”だ。なぜここだけ値下げ競争が成立するのか。墨田区向島の「やすマート」を起点に、仕入れの現場・淀橋市場まで追った。

急増する「安すぎる青果店」

小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が...の画像はこちら >>
止まらない物価高騰の波は、青果市場にも押し寄せている。円安による物流コストの増加や天候不順が常態化し、ジャガイモやニンジンは、平年の1.5倍ほどの価格で推移している。一汁一“菜”、日本食の根幹に関わる死活問題が起こるなか、破格の値段で野菜を売りさばく「激安青果店」が下町を中心に急増しているという。

その正体を探るべく、記者は現地へ向かった。東京スカイツリーを間近に仰ぐ、墨田区向島。下町情緒あふれるこの街の国道沿いに、噂の「やすマート」はある。

住所を頼りにたどり着いた古びたビルの1階。そこに見えたのはなぜか理髪店の看板。破れたビニールのひさしを尻目に戸惑いながら中を覗くと、店内にはところ狭しと野菜が積まれていた。

地域相場の半額!DIY感満載の店内

「昨日の“泥ネギ”おいしかった?」と先客の初老女性に話しかけるのは、ネパール人店主、サンジェイ氏(31歳)。客が途切れたタイミングで聞けば、昨秋オープンしたばかりだという。
10年前、学生として来日し、コンビニや工場勤めを経てこの店を始めた。

店内に陳列棚はなく、野菜は段ボール箱やカゴに入ったまま。値札は段ボールの切れ端に手書きされており、時折、誤字があるのもご愛嬌だ。そしてなにより目を引くのは価格の安さ。この日は大根99円、ニンジン2本で100円。キャベツは163円と、駅前のスーパーの半値ほどだった。

記者が驚いていると「こないだ店の前の棚をぜんぶ小松菜にして10円で売ってたヨ、300パックすぐ売れちゃった!」とサンジェイ氏は子供のようにニコニコ笑う。この地域では当たり前なのか、取材中、野菜でいっぱいのカゴを抱えた日本人の買い物客が何度も通り過ぎていった。

小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
物価高なのに[異様に安い店]を直撃![激安]の裏側
小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
よくある「大量で割安」ではなく、使い切れる量で安い。なかには少し傷んでいるものもあるが、それらは別途仕分けられて値下げされていた
小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
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小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
駅前のスーパーでは半分サイズの大根が税抜き158円だったが、やすマートでは丸ごと1本税抜き99円で販売されていた


下町に外国人の住民が急増した結果…

小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
居ぬきの物件の床に折り畳みボックスを重ねて高さを出し、その上に野菜を並べた手作り感ある店内
同じく向島に店を構え、創業120年を誇る老舗青果店「八百七」の代表・中村宗平氏は、下町の青果店の変化について、次のように語る。

「ここ一帯は昔からの住人が多い住宅地ですが、この10年で中国やネパール、ブラジルなど外国人の住民が急増しました。中国人オーナーの青果店も目立ちますね」

近隣住民である外国人たちは、彼ら独自の食文化ゆえに、日本人以上に安値へのこだわりが強いと語る。

「サラダなら『見た目』は重要ですが、炒め物やカレーなど、彼らが得意とする料理は、その調理工程ゆえに味がよければ『見た目』はさほど問題にならないんです。だから少しでも安いものが好まれる。
用途が違うので『求める基準』も変わるのでしょう」(中村氏)

外国人経営の「激安青果店」が増えた背景

また、消費経済アナリストの渡辺広明氏は、外国人経営の「激安青果店」が増えた背景をこう分析する。

「彼らの多くは、かつて市場で袋詰めや荷下ろしの仕事をしていた経験者。現場で目利きや仕入れのノウハウを習得して独立しています。日本人は手を出さないような薄利多売のビジネスですが、なかには5~10店舗経営する者も。彼らは同胞のつながりが強く、“チーム”で動くことで商機を見いだしているのです」

業態として青果店が好まれるのにも理由がある。

「肉や魚は、高性能な保冷庫など設備投資が必須ですが、青果店は極端な話、商品を並べる台さえあればできる。居抜きで小規模な広さの物件を引き継げば、内装や什器の工事費も抑えられます。野菜の生育は天候に左右されるため、大手チェーンが得意とする仕入れ規模と年間計画の掛け算で成り立つスケールメリットが利きづらい。新興事業者が参入する余地があるんです」

同胞とチームを組みまとめて仕入れる

小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
この日来ていたネパール人仲間は8人。多くが日本に来てから知り合った人たちで構成されたグループだという
激安野菜の仕入れの実態を確かめるべく、記者は前出のやすマート店主、サンジェイ氏の仕入れに同行。大久保の「淀橋市場」へと向かった。早朝6時半、記者が彼らに合流すると、すでに大量の野菜がパレットに積み上げられていた。本来、競りに参加するためには「買参番号」が必須だが、組合加入のために保証人が2人必要な点など、外国人にとってはハードルが高い。

そのためサンジェイ氏のような小規模事業者は、番号を持つ同胞を中心としてチームを組み、まとめて買ってもらうことで大きなロットでの仕入れ価格が適用される。当然“まとめ買いディスカウント”は市場にも存在するため、結果的に規模の大きなライバルと同じ仕入れ値を実現できる。
そして、たとえば大手スーパーが200円ほどで売るほうれん草を129円とギリギリまで利益を削ることで価格競争力を高めているのだ。

この日、集まっていたのは8人のネパール人たち。それぞれ日吉、新丸子、菊名など出店エリアや店の規模感もさまざまな“連合軍”だ。チームを束ねるリーダーの男性は、来日20年のベテラン。横浜の青果店で荷下ろしやパッキングの下積みを経て独立し、現在は5店舗にまで出店数を増やした。サンジェイ氏は先にこのチームに所属していた幹部ポジションのいとこの紹介で一員になったという。

「損して得取れ」を実現

驚いたのは、彼らがB級品などを買い叩いているのではないこと。小松菜の競りで値切りもしない様子を不思議に思い尋ねると、リーダーからは「市場は信用が第一。安く買いたいからと、無理な値切りをしたら、次からいい商品を売ってもらえない。そこは“付き合い”だよ」との返事。

「損して得取れ」とはよく言ったもので、こうした信用の積み重ねがときにいい商品の激安仕入れを実現し、前述の“10円小松菜”のように呼び水としての還元につながるのだ。

市場から店に戻ったのが朝9時。
ここからサンジェイ氏はスタッフと交代しながら、21時まで店に立ち続ける。その勤勉な働きぶりに感銘を受けた常連客の中には、チラシに添える文言の作成を手伝ったり、店で購入した里芋で煮つけを作って差し入れをしたりする人もいるという。

「ここは地域の“サロン”なの。スーパーのレジじゃ、こんな会話しないでしょ?」と、取材中、常連客のひとりが熱っぽく記者に訴えてきた。激安野菜は物価高にあえぐ庶民の食卓と、地域の絆を意外な形で支えているのだ。

小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
物価高なのに[異様に安い店]を直撃![激安]の裏側
【消費経済アナリスト 渡辺広明氏】
コンビニ店長、バイヤー、ポーラ、TBCのマーケターなどを経て独立。コメンテータや商品開発コンサルとして精力的に活動中
小松菜10円、大根99円…物価高なのに“異様に安い青果店”が成立する意外なワケ。B級品を買い叩くことはしない
消費経済アナリストの渡辺広明氏
※週刊SPA!2月10日号より

取材・文/週刊SPA!編集部

―[物価高なのに[異様に安い店]を直撃![激安]の裏側]―
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