退職代行サービス「モームリ」の運営会社社長らが、弁護士法違反の疑いで逮捕された。退職代行を巡る是非はこれまでも議論されてきたが、運営側が「逮捕」される事態にまで発展したのは異例だ。

問題とされたのは、退職の意思を伝える行為そのものではない。退職トラブルに発展した案件を弁護士に紹介し、その見返りとして紹介料を受け取っていた点が、弁護士法72条に違反すると判断されたという。

だが、多くの人が疑問に思うはずだ。不動産や人材業界では当たり前の「紹介料ビジネス」が、なぜ弁護士の世界では犯罪になるのか。さらに、在宅捜査も可能だったはずの事案で、なぜ「逮捕」という強硬手段が取られたのか。

この事件は、退職代行というサービスそのものではなく、法律トラブルを薄利多売で回すビジネスモデルへの警告とも読める。弁護士の視点から、その本質を読み解く。

モームリ社長の逮捕には「見せしめ的な意図があったのでは」法人...の画像はこちら >>

「紹介料ビジネス」が一線を越えた理由

今回の逮捕容疑となった「弁護士法違反」とは、具体的にどのような行為が問題になったのだろうか。

「今回問題となっているのは、弁護士法72条です。その内容として『顧客を弁護士に周旋し、その対価として利益を得る行為』を禁じられています」とアディーレ法律事務所の南澤弁護士は説明する。

報道によれば、モームリは退職トラブルに関する交渉案件を弁護士に紹介し、その見返りとして紹介料を受け取っていたというLINEメッセージが明らかになっている。まさに「弁護士から紹介料をもらって、お客さんを紹介する」という違法行為の証拠となる内容だ。

しかし、仕事を紹介する代わりに紹介料を受け取ることは、他の業界では一般的に行われている。
なぜ弁護士業界だけ厳しく規制されているのか。

「弁護士法の理念として、『法律の専門家でない人が、法律トラブルをお金儲けの道具にしてはいけない』といったものがあります」

利用者の視点では、弁護士を自由に選ぶ機会が失われてしまうこと、弁護士がお金儲けに腐心する可能性、紹介料を払うことで経済的に圧迫された弁護士の業務の質が低下する恐れなど、様々な懸念があるという。このようなモラルハザードを防ぐための規定だというわけだ。

一方で、「弁護士が広告会社にお金を払って宣伝してもらうことは禁止されていません。紹介料を払って紹介してもらった顧客と、有料広告を見てきた顧客とで違いはあるのか、見直しが必要なのではないか、という指摘もある規定です」とその曖昧さも指摘する。

実刑はあるのか?法人も逃げられない“両罰規定”の怖さ

弁護士法72条違反に対しては「2年以下の懲役または300万円以下の罰金」が定められている。モームリの事案ではどの程度の刑事罰が想定されるのだろうか。

「判断は難しいですね。いわゆる『非弁行為』の中には、弁護士と業者が顧客を食い物にしようと結託するケースや、あたかも弁護士が対応しているかのように見せかけて実際には弁護士が業務を行っていないケースなど、詐欺的な事案が少なくありません。これらの消費者被害ともいえる事案に比べれば、顧客を直接騙しているわけではないため、悪質性は低いという評価もあり得るでしょう」

しかし同時に、「認知度や規模感は前例がないスケールであり、社会的影響力という点では悪質性が高くなる要素にもなります」と述べ、今後の判断に注目したいとしている。

さらに社長個人だけでなく、法人としての刑事責任についても「ほぼ間違いなく法人も刑事責任を問われるでしょう」と南澤弁護士は断言する。

「弁護士法違反には『両罰規定』が置かれており、『行為者である社長・従業員個人』だけでなく、その行為が法人の業務として行われていたと評価されれば、法人自体も罰金刑の対象となり得ます。報道されているメッセージの証拠からすると、代表個人というよりは、従業員を手足として紹介を行わせていた形跡があり、まさしくこの『両罰規定』に該当する事案です」

利用者は無傷? 企業は訴えられる?“巻き添え”の線引き

今回の事件が利用者や元勤務先にまで影響が及ぶのだろうか。

「今回違法とされているのは、あくまで『弁護士から紹介料を受け取っていた』という部分であり、モームリの退職代行事業全体が違法と判断されたわけではありません。
退職の意思伝達自体が無効ということにもならないでしょう」

もちろん今後の捜査によって余罪が判明する可能性はあるが、退職自体の有効性には争う余地はなく、企業側から民事訴訟を起こされるリスクは低いとみている。

また、退職代行を利用した労働者側についても、「利用者視点では、紹介料の受け渡しの事実は知りようがありません。仮に紹介された弁護士を利用していたとしても、今回の弁護士法違反に関して利用者が責任を問われる可能性は非常に低いでしょう」と述べ、利用者の法的責任は問われないとの見解を示した。

退職代行が必ず“グレーゾーン”に足を踏み入れる理由

退職代行業界では「退職の意思伝達」と「法律事務」の線引きが曖昧だが、なぜこのような状況が生まれるのだろうか。

「退職代行業者はあくまで一方的に本人の意思伝達をするだけ、という建前にのっとっています。例えるなら、業者が伝書鳩のように、意思を持たずに本人と会社を媒介しているようなイメージです」

しかし現実的には、退職代行業者を使わざるを得ない状況は、辞めたい従業員と会社との間で確執や軋轢があるケースが多い。会社によっては「働いた分の給与も払わない」など、法律上認められない主張をすることもあるという。

「こういった話が出たときに、退職者からすると、適切に反論をしてもらいたいところですが、退職代行業者がそれをしてしまうと『非弁行為』そのものに該当してしまいます。このようなケースでスムーズに弁護士が対応できるということは、退職者側にとっても業者側にとっても望ましいことではあります。しかし、この前提に『お金を儲けたい』というモームリ側の意図が加わったことで、今回のような法律違反が生じてしまったみています」

なぜ“見せしめ逮捕”されたのか

モームリの代表は以前から「サービスの危うさ」について語っていたが、これは刑事責任の判断に影響するのだろうか。

南澤弁護士は「今回の弁護士法違反の問題に関しては、退職代行サービス自体の危険性というよりは、弁護士法への無理解やお金儲けを重視した企業体質の問題です。モームリ代表が退職代行サービスの危うさを自覚していたとしても、それでお金儲けに走ったという点では擁護できないでしょう」と述べる。

「表向きは理想的なことを吹聴しながら、裏では遵法意識がなかったという倫理観のなさは、むしろ不利に評価される要因ではないでしょうか。実際、企業の不祥事は在宅で捜査が進むことが多い中、『逮捕』という強硬手段が取られたことは、見せしめ的な意図があったのではないかと思われます」

退職は誰に頼むべきなのか──事件が突きつけた“正解”

最後に南澤弁護士は、この事件の本質と社会的影響についてこう総括する。


「退職にはトラブルが付き物である以上、弁護士が責任をもって対応することが退職する人にとってベストです。特に、平然と労働法規違反の主張をするようなブラック企業相手の退職では、弁護士資格が退職者にとって心強い盾となることは間違いありません。一方で、弁護士に頼むほどのお金がない、敷居が高いという利用者の感覚もあるでしょう。一円でも安く退職したいというニーズがあることも事実です」

このようなズレが、モームリのような薄利多売型のビジネスやモラルハザードを生じさせてしまったというのが、今回の事件の背景だという。

「弁護士の立場としては、退職で悩む人たちに対して、しっかりと弁護士が対応することの社会的意義や、気軽に依頼できて安心できる存在だというアピールをすることが課題だと感じます」

この事件は、退職代行というサービスそのものではなく、法律トラブルを薄利多売で回すビジネスモデルへの警告となった。そして同時に、弁護士業界にとっても、一般市民にとって身近で頼りやすい存在になることの重要性を改めて突きつけた事件といえるだろう。

<取材・文/日刊SPA!取材班>

【南澤毅吾】
アディーレ法律事務所。「パチスロで学費を稼ぎ、弁護士になった男」という異色の経歴を持つ。司法修習時代は、精神医療センターにて、ギャンブルを含む依存症問題について研修を受けた経験があり、一般市民の悩みに寄り添った、庶民派の弁護士を志す。アディーレ法律事務所・北千住支店長として対応した法律相談数は、累計数千件に及び、多様な一般民事分野の処理経験を経て、現在は交通事故部門の責任者となる。
編集部おすすめ