新大阪から名古屋へ。新幹線なら約50分の短い旅だが、隣席の乗客によっては、その時間が永遠に感じられることがある。工藤創さん(仮名)は、そんな「隣席ガチャ」に見事に外れたひとりだ。
駅弁を食べようと思ったら…
工藤さんは指定席の窓側に座り、ほっと一息ついていた。平日の昼間ということもあり、出張中のサラリーマンなどで混み合っていたが、誰もがパソコンやスマホに集中しており、驚くほど静かだったという。「名古屋まであっちゅーまやろ」
スマホで音楽を聴きながら外の景色を眺め、少し奮発して買った駅弁を手元に置き、いざ旅の醍醐味を味わうはずだった。
しかし、その小さな幸せは、隣に座った一見普通の中年男性によって、無惨にも破壊されることになる。
異変に気づいたのは、発車してしばらく経った頃だった。
“おじさんの靴下”と遭遇
隣の男性が靴を脱いでいた。新幹線でくつろぐために靴を脱ぐことは珍しくない。最初は前の座席についているフットレストに、おとなしく足を乗せていたのだから問題なかった。だが、時間が経つにつれて、その足の位置は徐々に、そして確実に上昇していった。気づけば、男性は前の座席の背もたれ付近に、堂々と足を投げ出していた。
「え、嘘でしょ……?」
工藤さんは心の中で叫んだ。視界の端に、見知らぬおじさんの足がチラつく。素足ではなかったものの、その靴下はなんとなく薄汚れているように見えた。
「汚なっ!」
そう思い、身体を窓際へ寄せた工藤さん。直接臭いを嗅いだわけではないが、“おじさんの靴下”という視覚情報は、脳内で勝手に「蒸れた臭い」を想像させるには十分すぎる破壊力があった。
ここからが本当の地獄だったという。
足が気になって駅弁の味がしない…
「箸を進めようとするたびに、視界の端にはどうしても“おじさんの靴下”がチラついて……」
おいしいはずの煮物も、ご飯も、まったく味がしなかった。
「注意すべきか?」工藤さんは思案していた。
とはいえ、車内はあまりにも静かすぎた。パソコンのキーボードを叩く音さえ響くような車内で、「あの、足やめてもらえませんか」と声をあげれば、間違いなく自分自身がワル目立ちしてしまう。
そうこうしているうちに、あろうことか中年男性は爆睡し始めた。
「もしこれで、巨大なイビキでもかいたらどうしよう……」
靴下の視覚テロに加え、イビキの騒音テロまで加わったら精神が持たない。工藤さんは考えることを放棄し、イヤホンの音量を上げ、ひたすら駅弁をかきこむしかなかった。もはや何を食べたかさえ覚えていないという。
新幹線の快適さは「隣席ガチャ」次第
結局、工藤さんは名古屋に着くまで、なんとか耐え抜いた。ホームに降り立ち、外の空気を吸い込んだ瞬間、これほど空気がおいしいと感じたことはなかったという。清々しい気分だった。この体験から学んだ教訓は「特にない」と工藤さんは語るが、「強いて言うなら、新幹線の快適さは、隣に誰が座るかの運次第」とのことだ。
「次に新幹線に乗るときは、どうか靴下で足を上げない人が隣に来ますように」
どれだけ高い駅弁を買っても、どれだけ窓の景色が良くても、隣席ガチャに外れたら全てが終わってしまうのだ。
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。
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