それまでの実況を根本から変えてみせた、テレビ朝日局アナウンサー時代のプロレス実況にはじまり、フリー転身後のF1実況や司会業に、『報道ステーション』での報道キャスターっぷり、現在のYouTuberとしての顔。さまざまに肩書を変えてきたようでいて、常に唯一無二の“しゃべり屋”として走り続けている古舘伊知郎さん(71歳)。

 そんな古舘さんが1988年に開始した、マイク1本で2時間以上、1人でしゃべり続ける、ライフワークというべきトークライブ「トーキングブルース」の最新公演が、2025年12月に東京からスタートした。2026年も主要都市で開催されている。

「完成した瞬間に死んでもいい」古舘伊知郎(71)が語る「トー...の画像はこちら >>
 そこで、古希を過ぎてさらに血気盛んな古舘さんを直撃。「アナウンス界のレアメタル。面白いと思う」と評価する若手アナウンサーについても聞いた。

「トークするブルース」とは?

——「トーキングブルース」とは「トークするブルース」とのことですが、指しているところを教えてください。

古舘伊知郎(以下、古舘):
ずっと一貫しているテーマは、1回目のタイトルだった「言葉を持った時、人間に悲しみが生まれた」。それがずっとあります。たとえば「幸せ」という言葉を置くと、必ず「不幸」という対義語、反意語が生まれてきます。「これはペットボトルである」と置くと「決して灰皿ではない」とかね。

否定の範囲が内包されるから、ペットボトルとして言葉がラベリングされるんです。だから「幸せ」という概念を持って言語化した瞬間に、「不幸」という対極の言葉も生まれる。しかも「不幸」は結構継続するものだけれど、「幸せ」は刹那かもしれない。
だから、「人間は言葉を持った時、悲しみが生まれた」となる。

言葉があることによって、未来予測ができてしまうことも悲しいです。人間は常に1クール先、2クール先の予想で生きてしまう。先を見て貯蔵する動物もいますけれど、基本的に動物は「今」しか見ていない。人間は「今を生きる」ことを忘れている。これも悲しみのひとつです。

そういったことが渦巻いているんですが、そういった能書きも、面白くやらないとお客さんがげんなりしちゃうので、なんとか換骨奪胎(かんこつだったい)して面白くするようにと、毎回苦心しています。

“自分と違う”ということが、仲良くなれる前提

——古舘さん自身のことを聞かせてください。大人になってからの親友というとどなたになりますか?

古舘:
芸能界という枠でいうなら、THE ALFEEの高見沢俊彦ですね。長い付き合いです。1980年代に僕が歌番組の「夜のヒットスタジオ」をやったときに仲良くなって、そこからいまだに続いています。あとは、千原ジュニアとか、それから友達とは違うかもしれないけれど、後輩という意味では、南海キャンディーズの山ちゃん(山里亮太)は「トーキングブルース」を自分でチケットを買ってきてくれていて、皆勤賞です。

——千原さんも年下ですが、千原さんは後輩ではなく友達ですか?

古舘:
ジュニアの場合は、僕としては友達みたいな感覚でいます。
あとはしーちゃん(坂上忍)もそうだし。高見沢にしてもジュニアにしても山ちゃんにしても、自分と全く違うので刺激を感じられるんです。自分と同じ感じの相手だと、意気投合はするかもしれないけど、鼻にもつくじゃないですか。もうひとりの自分が目の前に映っていたりしたら。だけど彼らは全然違うんです。

——どういったところが違うと感じますか。

古舘:
僕の足りないところを持っていたり、尊敬できたり刺激を受けたり。「自分とは全然違うなぁ。そういう考え方ができるんだ。そういうところを俺も顧みたほうがいいな」とか。どこかでそういった反芻をしている気がします。だから僕の場合は、まず“自分と違う”ということが、仲良くなれる前提になっている気がしますね。


“ひとり時代劇”と評する若手アナウンサーとは

「完成した瞬間に死んでもいい」古舘伊知郎(71)が語る「トーキングブルース」を続ける“真の理由”
「トーキングブルース」で熱弁をふるう古舘伊知郎さん
——“しゃべり屋”として他の追随を許さない古舘さんですが、もともとは局のアナウンサー出身です。かねてより、安住紳一郎アナウンサーのことを褒めてらっしゃいますね。

古舘:
そうですね。2025年も安住さんのラジオ「日曜天国」に出させてもらいました。

——安住さんもすでにベテランですよね。数年前ですが、古舘さんが「若手のアナウンサーですごいと思える人はいない」とお話しされているのを聞きました。改めて現在、誰か気になる存在は出てきているかお聞きしたいです。たとえば、そのコメントよりあとに、フジテレビの上垣皓太朗アナウンサーが出てきました。

古舘:
彼はアナウンス界の“ひとり時代劇”ですね。「アナウンス界の日光江戸村」といった良さがあります。「ただいまこの入江には白波が立っておりますが、やがて台風が接近してくると、これが怒涛のごとく荒れ狂うのではないか。そんな生温かい気配が感じられております」とか。あの若さで滔々(とうとう)としゃべる。
抑揚の感じとかね。いわゆる昔のしゃべりなんです。今を生きている彼が、それをどこで培ったんだろうと。

古舘氏が語る上垣アナウンサーの魅力

——お会いしたことは。

古舘:
ないです。でも彼はすごいなと思いますよ。中途半端に古臭いのはダメですが、ビンテージですから。生けるビンテージ、若きビンテージ。これはいいですね。

——では直接お話してみたい?

古舘:
しゃべってみたいですね。それはTシャツも似合わないですよ。もう着物でいったほうがいい。アナウンス界のレアメタルです。
それくらいの希少価値があります。

——古舘さんと上垣さんがお話しているところを見てみたいです。

古舘:
そうですね。上垣くんは面白いなと思いますね。

「トーキングブルース」を始めた理由

「完成した瞬間に死んでもいい」古舘伊知郎(71)が語る「トーキングブルース」を続ける“真の理由”
トーキングブルース
——最後に改めて。「トーキングブルース」は、中断期間がありつつ37年前から続けてこられたライフワークです。現在は、YouTubeチャンネルでも発信をされていますが、トークライブを続ける理由を教えてください。

古舘:
始めた当初の、今は会長ですけど事務所の社長が、「トーキングブルース」というネーミングを含め、企画を持ってきてくれました。「こういうのをやるべきだ」と。

当時、たしかとんねるずの(石橋)貴明が「いい時だけのフジテレビ」って言ってたんです。「楽しくなければテレビじゃない」とか、「面白くなければテレビじゃない」と言っている時代に、「いい時だけのフジテレビ」と、すでに言っていたんです。

そしてNHKも含めて、テレビなどのメディアって変わっていなくて、まさに「いい時だけのテレビ」なんですよね。だから、局に所属していた時は別として、フリーになったからには、その「いい時だけのテレビ」に翻弄されていてもしょうがない。
やっぱり自分に軸がないと、柱がないとダメだと。そしてそれは「トーキングブルース」、「トークするブルース」であると。

自分が売れているとか売れてないとか、流行り廃りを超えて、トークライブをやる。マイク1本さえあれば、そこで「面白くて、やがて悲しき人間存在の営み」といったことが話せるんじゃないかと。そうやって始まったんです。

いつまで経っても完成系にはならない

——その軸は、いまも変わっていないということですね。

古舘:
はい。でも、まだ完成系ではないんです。ありがたいことに。もう38年も前からやっているのに、毎回「トークするブルースたり得ているか」と内省します。そうすると、まだまだ目の前のお客さんのウケを取ることに奔走したりしていて、「いや、そうじゃないでしょう、お笑いライブじゃないんだから」となる。でも重くなりすぎてもよくない。だからいつまで経っても、全然完成形なんかにならない。

まあ、なった瞬間に死んじゃうんだろうけど、たどり着けるなら、その瞬間に死んでもいいと思いながらやっているんです。

<取材・文・撮影/望月ふみ>

【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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