ドラッグストアのオーラルケア関連の売り場は「お口に優しそう」な商品で溢れています。「歯や歯茎に優しい」「無添加」「お口のマッサージ」———見ると魅力的な言葉だらけです。しかしその中には、歯科医師が日常的なセルフケアとしては“絶対に選ばない”商品も存在します。今回は、なぜ選ばれないのか、その理由を歯科医師の視点から解説します。
①シリコン製の歯ブラシ・歯間ブラシ、毛のやわらかすぎる歯ブラシ
しかし、シリコンはそのイメージ通り、歯の汚れ(プラーク)に対して“優しすぎる”素材です。結論から言うと、シリコン製のオーラルケア用品は「痛くない代わりに、汚れが落ちにくい」のが最大の欠点です。
プラークは、例えるなら排水溝に付着するぬめり汚れのようなもの。排水溝の掃除では、ブラシで何度もこすって汚れを落としますが、お口の中のプラークも同様に、物理的にこすり落とす必要があります。その点で、シリコン素材は清掃力が十分とは言えません。
また、「歯茎のマッサージ目的」で使用する方もいますが、歯茎をマッサージすることで歯周病が改善するという医学的根拠(論文)は、現在のところありません。歯周病の状態によっては、炎症部位への過剰な刺激となる可能性もあります。
シリコンの毛先では歯周ポケットに届かないため、歯周病予防を目的とする場合は、通常の歯ブラシを歯面に対して約45度の角度で当てて磨く方法が有効です。
さらに問題なのは、プラークが十分に落ちていないにもかかわらず、「磨けているつもり」になってしまうことです。
ただし、シリコン製のアイテムがまったく使えないわけではありません。
例えばシリコン製の歯間ブラシは、外出先での飲食後に、歯の間の食べかすを簡易的に取り除く用途には適しています。爪楊枝よりも歯間を傷つけるリスクが低い点はメリットです。とはいえ、歯間清掃の本来の目的は「物詰まりを取ること」ではありません。
帰宅後には、フロスや歯間ブラシを用いて、歯間のプラークをしっかり除去することが重要です。
また、シリコンでなくても、やわらかすぎる毛の歯ブラシ(特に、指で押すとすぐ潰れて戻ってこないようなコシのないもの)は同様に綺麗に磨くことができません。メーカーによっては“ふつうの硬さ”の表記があっても、やわらかい製品もあります。
指で触って『ふにゃっ』と簡単に曲がるコシのないものは、プラークという頑固な汚れを落とすのに戦力不足です。やわらかい歯ブラシは重度の歯周病や、オペの後など、歯科医師が指示した際に使用しましょう。逆に硬い歯ブラシを選べば良いというわけではないので、通常は“ふつう”のものを選んでくださいね。
②時短・美容目的の多機能歯ブラシ(デカヘッド・こぶ付き)
男性でも、マッサージ機能や「時短」「一石二鳥」という言葉に惹かれて選んでしまう方がいます。
しかし、歯ブラシの本来の目的は、歯の表面や歯と歯茎の境目に付着したプラークを、隅々まで擦り落とすことです。こぶが付いていることで、歯ブラシの操作性が下がり、奥歯まで十分に磨くことが難しくなります。
特に上の奥歯の頬側は、通常の歯ブラシでも磨き残しが多い部位ですが、こぶつき歯ブラシではさらに難易度が上がります。また、下の奥歯の裏側(舌側)は、歯の根元にプラークが残りやすい場所ですが、こぶが舌に当たることで、思うように歯ブラシを動かせないケースも少なくありません。
口元のマッサージ自体を否定するものではありませんが、歯磨きとは切り分けて行うことが大切です。歯磨きは清掃に集中し、マッサージは別のケアとして丁寧に行うことで、口腔内の健康と見た目の両方を保つことができます。
また、こぶつきだけでなく、「一気に磨けそう」な幅広ヘッド(デカヘッド)の歯ブラシも同様です。ヘッドが大きく分厚くなるほど、口の奥の狭い部分には物理的に入りづらくなります。一気に磨ける=細かい所は磨き残しているため、歯磨きの効率が悪くなっています。
③無添加っぽい何も入っていない歯磨き粉
しかし、歯磨き粉に含まれる有効成分(薬効成分)は、むし歯・歯周病・口臭に対して効果があると科学的に立証されている成分です。また、正しい使用方法を守れば、人体に害がないことも確認されています。
過去にむし歯の経験がある方や、むし歯リスクが高い方がフッ素入り歯磨き粉を避けていると、むし歯治療を繰り返す負のループから抜け出せないケースも少なくありません。
同様に、歯周病が進行している方が殺菌成分の入っていない歯磨き粉を使用していると、歯周病特有の口臭が強くなることもあります。
フッ素は、むし歯菌によって歯が溶け始めた際に、歯の表面を修復する「再石灰化」を促す重要な役割を担っています。むし歯予防において、フッ素の使用は非常に重要だと考えてください。
特に大人のむし歯予防においては、フッ素濃度がカギになります。現在、国内で販売できる最大濃度は1450ppmです。無添加にこだわるあまり、この最強の武器を捨てるのはもったいない選択です。
実際に、無添加歯磨き粉に切り替えた数年後、むし歯の本数が一気に増えて来院される方もいます。また、茶渋やコーヒーなどの着色(ステイン)が落ちづらく、歯の黄ばみが蓄積されるリスクがあります。
ただし、無添加=悪ではありません。歯磨き粉の使用感が苦手な方や、特定の成分にアレルギーがある方にとっては、無添加歯磨き粉が適している場合もあります。歯磨き粉には、歯ブラシによる摩擦を和らげる潤滑剤の役割もあるため、無添加だから「意味がない」というわけではありません。
無添加歯磨き粉を使用する場合は、フッ素入り洗口剤や殺菌成分を含む洗口剤での仕上げうがいを併用するのがおすすめです。
「歯医者が買わない」=悪ではない
本当に優しいオーラルケアは、「使っている気分」ではなく、数年後の口元の状態に表れます。
オーラルケアを続けることで、数年後、どんな口元でいたいのか。
そのために、どんな疾患を予防したいのか。
その目的に合ったツールを選べているか。
予防のためのオーラルケアは、理想の口元を思い描き、適切なツールを選択することから始まります。
もし迷ったときは、現在ご自宅で使っている歯ブラシや歯磨き粉を、そのまま歯科医院に持ってきてください。「これ、僕の口に合っていますか?」その一言で、プロがあなたのお口の状態と道具の相性を診断します。
歯科医院は、病気を治す場所であると同時に、悪くならないために通う場所でもあります。今日使っている歯ブラシを、なぜ選びましたか。その理由を自分の言葉で説明できる——それが、予防の第一歩です。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari
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