この試合は、単なる防衛戦ではなかった。3階級制覇、そして同階級に君臨する統一王者ジェシー・ロドリゲスとの対戦へとつながる可能性が広がる一戦だった。その意味で、突然のキャンセルが寺地と陣営に残した影響は小さくない。
なぜ試合は中止されたのか。そのとき現地では何が起きていたのかーー。マネージャーの三迫ジム会長の三迫貴志氏、そして寺地本人から話を伺った。
計量クリア後の「突然のキャンセル」…真相は?
ーー先日行われるはずだったサウジアラビアでの統一戦。現地入りし、調整も万全だったと聞きます。まさかの試合中止が決まったのはいつだったのでしょうか。三迫貴志:サウジアラビアに到着してからも調整は順調で、気候も良く、全てが良い流れでした。時差もマイナス6時間なのでアメリカに比べれば楽ですし、減量も上手くいっていた。 運営を手伝っている日本人スタッフから連絡が入ったのは、試合前日の22時過ぎです。「中止です」といきなり言われて、最初は状況が理解できませんでした。
寺地拳四朗:僕は部屋でくつろいでいたんですが、23時頃にトレーナーから電話があって、「すぐロビーに来てくれ」と。声が深刻そうだったので、「俺、ドーピングとか何かやらかしたんかな?」と一瞬不安になりつつ慌てて下に行ったら、スタッフ全員がこの世の終わりのような顔をしていて……。「試合がなくなった」と言われた時は頭が真っ白で……。怒りとか悔しさというより、「ここまで来てリング上がらへんの? 計量までしてるのに?」という不思議な感覚で。ただただモヤモヤしましたね。
三迫貴志:全員が一斉にため息をついていましたね。あの空気は恐ろしかった。何とも言えない沈黙が続いて。
「4団体統一」に繋がるはずだったが…
ーー突然の中止で、精神的に相当なダメージがあったと思います。今回の試合は、単なるタイトルマッチ以上の「大きな意味」を持つ一戦だったと聞いています。三迫貴志:今回の試合は、単なる「3階級制覇」以上の意味がありましたからね。 このIBFのベルトを取れば、同じ階級の3団体統一王者であるジェシー・ロドリゲスとの4団体統一戦が見えてくる。バムは今やスーパースター候補ですから、彼と戦いたいというのが拳四朗の念願でした。世界的権威のある専門誌『リングマガジン』もこの試合を評価してくれていましたし、期待感は最高潮でしたよ。
寺地拳四朗:そうですね。次が見えていたので、モチベーションは管理するまでもなく勝手に上がっていました。練習もハマっていたし、「いい流れで戦える」という確信があった。だからこそ、あんな形で終わってしまったのが、余計にモヤモヤするんですよね。
消えないモヤモヤはリングで晴らしたい
三迫貴志:確かに後味は悪いですが、次に試合が決まれば、ファンもお客さんも一番期待する「決着戦」になります。恨みじゃないですけど、ドラマが生まれたことで「今度こそ白黒つけてやる」という盛り上がりはあると思います。寺地拳四朗:試合で倒してチャラにするしかない。どこでやるにせよ、次は絶対に逃がさないという気持ちでリングに上がるつもりです。
ボートレーサーを夢見ていた時代が
三迫貴志:今から30年ほど前ですかね。私がアメリカのジムに通っていた頃に、拳四朗のお父さん(元東洋太平洋ライトヘビー級王者・寺地永氏)と一緒に練習していた時期があったんです。その縁もあってがデビューした頃から知っていました。「必ず世界王者になる逸材だ」と確信して、東京での興行に出てもらうようになりました。2017年のWBC世界ライトフライ級タイトルマッチで、王者ガニガン・ロペスに挑む世界タイトルに初挑戦を前に、お父さんから「練習環境を整えてほしい」と依頼があり、本格的にマネジメントを引き受けることになりました。
ーーこれまでのお話から察するに、かなり現実的な動機から競技を始められた印象があります。ボクシングを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
寺地拳四朗:実は僕、体が小さい方が有利で稼げるから、ボートレーサーになりたかったんですよ。ただ、なかなか受からなくて。 そうしたら「プロボクサーになって日本ランク5位くらいに入れば、競艇学校への特別推薦がもらえるらしい」という話を聞いて。
井上尚弥と中谷潤人に対して思うこと
ーーボクシングを始めた原点を伺いましたが、競技を続ける中で「同世代の存在」を強く意識する場面もあったと思います。高校時代には、井上尚弥選手とも対戦されていますよね。寺地拳四朗:インターハイの決勝ですね。僕は当時3年生で、尚弥は1年生。結果は負けです。当時からめちゃくちゃ強かったですよ。 今はもう、見てるこっちが「負ける想像がつかない」レベルですよね。同じボクサーとして見ても、彼は頭一つ抜けています。
ーー井上選手のように早い段階から評価を確立した選手がいる一方で、試合を通して、着実に評価を積み上げてきたのが中谷潤人選手だと思います。同世代の目から見て、彼の成長をどう感じていますか。
寺地拳四朗:昔、スパーリングをしたことがあります。
揺るぎない「3階級制覇」への執念
ーー最後に、IBFとの一連のやり取りもあり、競技外での動きも続いていますが、今後の目標を教えてください。三迫貴志:チームとしてIBFには強く抗議を入れています。こちらの要望は「王座剥奪」云々よりも、とにかく「試合をさせてほしい」ということ。彼が王者であることを認めるなら、正々堂々とリングで決着をつけさせてほしい。それがファンも一番望む形でしょうし、我々もそこで白黒つけたい。
寺地拳四朗:目標は変わらず、3階級制覇です。そして、現在のフライ級統一王者であるジェシー・ロドリゲスとの対戦。今回のことがあって流れが一度止まりましたけど、このモヤモヤを晴らすには、もっと強い相手とやって勝つしかない。
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取材の数日後、IBFはスーパーフライ級王者ウィリバルド・ガルシアに対し、指名挑戦者アンドルー・モロニーとの防衛戦を指令。寺地との再戦の可能性は事実上消滅した。寺地陣営からすると、まったくもって納得がいかない結果のはずだ。今回の悔しさを闘志に変え、再びリングで輝く瞬間を心待ちにしたい。
<取材・文/菅原春二 写真提供/福田直樹>
【菅原春二】
東京都出身。フリーライター。6歳の頃から名刺交換をする環境に育ち、人と対話を通して世界を知る喜びを学んだ。人の歩んできた人生を通して、その人を形づくる背景や思想を探ることをライフワークとしている。
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