久しぶりの家族団らんに父親の気分は最高潮
会社員の田中健一さん(仮名・46歳)は、高校生の娘と中学生の息子、そして妻の4人暮らし。子どもたちは部活や塾で忙しく、家族全員が揃って夕食を囲む機会はめっきり減っていた。「たまには、外で食べようか」
久しぶりに全員の予定が合った週末、某回転寿司店へ。ようやくテーブル席に案内されたとき、健一さんの気分は最高潮に達していた。
「さあ、今日は遠慮しないで食べろよ!」
普段は無口な娘も笑顔を見せている。その表情に、健一さんは少しばかり興奮していたのかもしれない。
子供が好きなメニューを確保してあげた
レーンにも多くの寿司が回っていた。特に「限定大トロサーモン」や「厚焼き玉子」など、子どもたちの好きなネタが次々と流れてくる。「お、サーモン来たぞ! ほら、これ好きだろ?」
健一さんは、流れてくる皿を条件反射のように次々と手に取った。
「まだあるぞ」「こっちも美味しそうだ」と、流れてくるめぼしい皿を片っ端から確保。
「パパ、そんなに食べられないわよ」と妻が苦笑いしたが、「いいんだ、余ったら俺が食うから」と上機嫌だった健一さん。
背後の席から「サーモンがこない」と聞こえ…
異変に気付いたのは、トイレに行こうと席を立った時だった。
ふと後ろの席を見ると、小さな子どもを連れた夫婦が座っていた。4歳くらいの男の子が、じっとレーンを見つめている。その視線の先には、子どもが避けそうなネタばかり。
「サーモン、こないねぇ」
男の子が小さな声で呟いた。その瞬間、健一さんはハッとした。自分のテーブルには、先ほど確保したサーモンの皿が5つも並べられている。しかも、まだ誰も手を付けていない。
反射的に親の方をみると、若い父親と目が合ってしまう。何も言わず、健一さんのテーブルを覗くように見ると、静かに視線を逸らした。その表情は、怒ると言うよりも、諦めたかのような感じに近かった。
「マナーの悪い客に対する、静かな軽蔑って感じ。あの時の表情は忘れられません」
上流にいる自分たちが根こそぎ取ってしまえば、後ろの彼らには何も届かない。注文すれば良いとは思いつつも、目の前に流れてくるお寿司を取るワクワク感を奪っていたのは、間違いなく自分だった。
自らの浅はかな行為を大いに反省
席に戻った健一さんのテンションは、完全に冷めていた。「あれ?パパ、どうしたの?食べないの?」
「いや、ちょっと取りすぎたかなって……」
その後、レーンに流れてくる皿には一切手を付けられなかった。
「家族のためという、大義名分があると周りが見えなくなるんですよ。本当に申し訳ないことをしたと思っています。あれ以降外食に行く際には、ほかのお客さんを気にして行動するようにしています。もう、あんな罪悪感は二度と味わいたくないので……」
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誰かを喜ばせたい純粋な想いは、時に客観的な視点を奪い、独善的な振る舞いへと繋がってしまう危うさを秘めています。自分の幸福が誰かの欠乏の上に成り立っていないか。その想像力を持つことこそが大切なのかもしれません。
<TEXT/maki>
【maki】
ライター・エッセイストとして活動中。趣味は人間観察と読書。取材からエッセイ、コラムまで幅広く執筆している
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