引越しは時に人生を変えるような転機となるが、引越しをしたことで全くの別人になってしまうという、特異な体験談を紹介してみたいと思う。
この話を語ってくれたのは篠原弘毅さん(仮名・33歳)。
思い返してもひどく不思議で、怖くも思う体験だったという。

「あの頃のお前は変だった」と友人が証言。引越しを境に性格が“...の画像はこちら >>

一見、何の変哲もない「1LDK」での暮らし

「今から10年ほど前、建築物の施工管理の仕事をしていた頃の話です。当時はだいたい1~2年ぐらいの工期に合わせて、日本全国を飛び回るような生活をしていました」

その不思議な体験をしたというのは、篠原さんが2年目の頃に、地方の現場に応援要員として転勤を命じられた時のことだった。

「その時に住んでいたのは、会社が何部屋か借り上げていたアパートに追加で借りた部屋でした。1LDKの部屋で、ひとりで住むには十分過ぎるぐらいの広さでしたね。外観に特段変わったところはなく、雰囲気が悪いこともなかったんです。なので、あんな経験をすることになるとは思ってもいませんでした」

ただ部屋の中で「座り続ける」日々

まだ駆け出しの頃だったこともあり、現場に慣れるまでは緊張もあった。配属間際の頃は、土日は家でゆっくり過ごすことが多かった。そんな生活が数カ月、半年と続き、結局その現場に携わっていた10カ月間、丸々続くこととなった。

「後で振り返ると、それがどう考えても変なんです。自分は地元が好きで、地方の現場でも月に最低1回は地元に帰るのですが、なぜかその現場ではそうした気が起きなかった。地元から遠いならまだしも、新幹線で1時間半ぐらいと、自分にとっては全く苦にならない距離でした」

転勤先で何かやることがあったのかといえば、そんなこともなかった。同僚と会うわけでも、恋人ができたわけでも、趣味に時間を使っていたわけでもなかった。

「じゃあ何をしていたのかという話ですが、それがうまく説明できないんです。
仕事が終わった後や休みの日は、ひたすらに家にいるだけ。部屋でテレビを見たりスマホをいじるわけでもなく、部屋の中でただ座っていた記憶しかないんです」

あまりの変貌に周囲も困惑していた

これまで、他の現場では金曜日の夜などは、先輩や同僚、協力会社の人と飲みに行くことが多かったのだが、この現場の時は一切飲みにも行かなかったという。

「現場の人間関係が悪かったわけでもないんです。なのに、仕事が終わると食材を買いに行くぐらいで、真っ直ぐ家に帰っていました。料理は本来好きではなく、普段なら外食ばかりですが、この10カ月間は毎日自炊していたんです」

後で思い返してみると、当時の自分は「自分ではない」ように思うのだという。

「あの頃の自分は、アパートの部屋に執着していたように思うんです。地元の友人や親からも『お前は変だった』と言われます……。友人が『帰ってこいよ』と話しても『今はダメなんだ』と答え、親に『年末年始ぐらい帰ってこい』と言われても『家から出られない』と言っていたそうなんです」

部屋に閉じ込めていた「何か」の正体

篠原さんには、そのような話をした記憶はなかった。家に執着し、ただひたすらに座って過ごしていた自分を客観的に振り返ると不気味で仕方がない。だが、その当時は決して悪い気分ではなかったのだという。

「おかしい話ですが、あの部屋に住んでいた頃は、何時間も座っていることが全く苦ではなかった。その部屋を引き払う時も、長く住んでたくさんの思い出がある家と別れるときのような、離れ難い思いがしました。それがかなり強い感情で、たった10カ月なのに、退去の時に涙がこぼれてしまうほどでした」

家を引き払い、アパートの大家に挨拶に行った際に、前に住んでいたのはどんな人だったのか尋ねることにした。


「大家によれば、前の住人は夫婦と幼児ひとりの3人家族。ただ、その子は病弱で、幼稚園にも通えないほどだったそうです。どうして引っ越して行ったのか尋ねましたが、大家は言いたくなさそうで、言葉を濁すばかりで答えませんでした」

その後、篠原さんはさまざまな家に引っ越したが、二度と同じような感情になることはなかった。いまだにあの部屋のことを思い返しては、なんとも言えない気分になるという。

<TEXT/和泉太郎>

【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め
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