周囲からはわからない“静かな迷惑行為”
平日の午後、美田萌さん(仮名)は新幹線の指定席に座っていた。車内はパソコンで仕事をしている人や目を閉じて休んでいる人が多く、特別な出来事が起こりそうな雰囲気はなかった。隣には40代くらいの男性が座っており、会話をするわけでもなく、スマートフォンを操作する様子もなかった。最初は特に気に留めることもなく、「静かな人だな」と思った程度だった。
偶然か意図的か? 見つめる視線
違和感を覚えたのは、足元のバッグから荷物を取り出したときだった。「ふと顔を上げると、隣の男性と目が合ったんです。偶然だろうと思い、そのまま過ごすことにしたのですが……。それ以降、姿勢を変えたり、飲み物を取ったりするたびに、同じように視線を感じるようになったんです。こちらが動くたびに、必ず見られている気がしました」
だが、話しかけられるわけでもなく、何かをされるわけでもない。ただ、黙って視線を向けられている。その状態が、美田さんの気持ちを落ち着かなくさせていった。
何もされていないのに注意していいのか
「気のせいだろう」美田さんは、そう何度も自分に言い聞かせたという。しかし、同じことが繰り返されるうちに、無意識に体がこわばっていくのを感じた。なんだか怖い……。
「男性は声を出すわけでもなく、触れてくるわけでもない。明確なマナー違反とは言えず、注意する理由も見つからなかったので、私はどうすればいいのかわかりませんでした」
周囲の乗客も特に気づいている様子はなく、車内は終始穏やかだった。それでも美田さんは、本を読むことにも集中できず、スマートフォンを手に取ることさえためらうようになっていた。
「次に動いたら、また見られるかもしれない」
そんな考えが頭から離れず、時間がとてつもなく長く感じられたという。それは、約2時間続いた。
最悪の乗車時間
新幹線が到着し、席を立つと、隣の男性は何事もなかったかのように降りていった。外から見れば、何のトラブルもない、ごく普通の乗車時間だったと思われる。しかし、席を立った瞬間、美田さんはどっと疲れが押し寄せてきたと語る。「何もされていないのに、こんなにも精神的に疲れるものなのかって」
その感覚は、今でもはっきりと覚えているという。あの車内は、静かで平和だった。けれど、外からはわからない不快感が、確かに存在していた。
何もされていないという事実と、確かに存在した不快感。
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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