電車や新幹線など、公共交通機関の車内では、さまざまな人が乗り合わせるだけに、お互いに配慮することが重要だ。しかしながら、他人の“マナー違反”が目につくこともあるかもしれない。
スマホの通話や動画再生、足の投げ出し、強い匂いの食べ物、荷物の置き方……。注意したくもなるが、その判断は難しいところである。声をかけるなら、言い方も問われる。
「邪魔なんだよね」新幹線で妊婦に苛立つ中年男性…緊張した車内...の画像はこちら >>
休日の昼過ぎ、東海道新幹線の車内。満席に近い状況でありながら、乗客たちはスマホを見たり眠ったりと、比較的静かな雰囲気が流れていた。近藤美恵さん(仮名)が目にしたのは、ほんの些細なきっかけから生まれた緊張感と、それをやわらげた“ある一言”の力だった。

「ちょっと、その荷物どかしてくれない?」

発車してしばらく経った頃、近藤さんは斜め前の窓側席に座る妊婦の女性に気がついた。

「30代前半ほどの女性は、マタニティマークの付いたバッグを膝に抱え、時折ゆっくりと体勢を変えながら座っていました。足元にはバッグがもう1つ、座席の前に収まるように置かれていましたが、長時間の移動は楽ではなさそうでしたね」

静かな車内の空気を破るように、突然の声が響いたという。

「ちょっと、その荷物どかしてくれない?」

通路側に立っていた中年男性が、妊婦の女性に向かって強めの口調で言ったそうだ。

「妊婦の女性は驚いたように顔を上げ、小さく頭を下げました。どうやら男性は、通路を行き来する際に彼女の足元の荷物が少し外にはみ出ているのが気になる様子でした」

「だからさ、邪魔なんだよね」

女性は前かがみになって荷物を持ち上げようとするが、大きなお腹がつかえてうまく動けない。ゆっくりと体をひねりながら動かそうとする姿を見ても、男性の苛立ちは収まらなかったそうだ。

「だからさ、邪魔なんだよね。
通りにくいでしょ」

その言葉に、車内の空気が一気に張りつめた。近くの乗客たちも顔を上げ、状況をうかがっている。女性は「申し訳ありません」と繰り返しながら何とか足元を整理しようとするが、体勢がツラそうで、動きはどうしてもゆっくりになる。

「男性はそれを見ながらも小さく舌打ちして、『最初から気をつけといてよ』と吐き捨てるように言ったんです」

年配男性の“一言”に救われた

そのとき、状況を変える一言が飛んできたという。

「そんな言い方しなくてもいいでしょう。見れば分かるでしょうに」

通路を挟んだ席に座っていた年配の男性が、穏やかながら少し大きめの声で口を挟んだのだ。

「車内は再び静まり返って、男性は不満そうな表情を浮かべていましたが、ちょうどそのタイミングで車掌が巡回に来て、『何かございましたか?』と声をかけられました。事情を聞いた車掌は、妊婦の女性の体調を確認してから、男性を見て『ご配慮をお願いします』と。男性は頷くと、それ以上は何も言わなくなりました」

車内には、先ほどまでの張りつめた空気だけがしばらく残されていたという。近藤さんが振り返る。

「妊婦の女性は何度も周囲に頭を下げていましたが、近くの乗客から『気にしなくて大丈夫ですよ』という声をかけられると、ほっとしたような笑顔を見せました。荷物が少し通路にはみ出していたのは事実です。
でも、注意の“言い方”ひとつで、あそこまで険悪になるなんて……。年配の男性の一言がなければ、もっと嫌な空気が続いていたかもしれません。どこか救われた気持ちです」

マナー違反を論じる前に、私たちはどんな言葉を選んでいるのか。いくら自分が正しいと思っていても、問われているのは、相手を思い描く想像力なのかもしれない。

<構成・文/藤山ムツキ>

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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