―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回の舞台は、三軒茶屋の不動産屋が事務所を半分に分けて夜だけ始めた立ち飲み屋。AIの台頭に“物書きの生存戦略”を考え始めた著者が、店主の言葉に揺さぶられる。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

それからどう生きてきたか【三軒茶屋駅・(有)藤枝不動産飲食事業部(仮)(立ち飲み屋)】vol.34

 小説家としてデビューした’20年当時のことをよく思い出す。新型コロナウイルスの影響で人は移動を制限され、街はとても静かだった。何人かの知り合いが飲食店を営んでいて、大打撃を受けていた。飲食だけではない。さまざまな業種が本当に大変そうにしていて、しかし、ライターを本業にしていた当時の自分は、リモート取材の環境さえ整えば割と食っていける雰囲気があった。

 無形ゆえに価値が下がりにくいのかも?などと思いながら過ごしていたが、そんな日々に逆風が吹いたのは、ここ半年くらいのことである。

 物書きは疫病ではなく、AIに殺される。

 昨年の後半あたりから、ライター業や編集プロダクションで働く知人が苦戦している話を耳にすることが増え始めた。そしてほとんど間を置かず、’26年に入った途端に廃業や事業縮小の報告を目にすることが2件、3件と続いた。

「個性はいらない。
まずは誰でも読みやすく、こなれた文章を書け」。ライターは最初にそう教わって育つ。経験を積まなければ獲得できないスキルだったはずのそれは、AIが最も得意とする領域だったのかもしれなかった。

 小説やエッセイ業だって、きっとすぐに似た状況になる。自分も生存戦略を考えなければならないなあ、ともの悲しい気持ちでいた頃に、ある店に入った。

 世田谷区は三軒茶屋駅から徒歩1分に店を構える「藤枝不動産」。外観は昭和から長く営まれてきた街の不動産屋そのものだが、その横に、小さな赤提灯と木製の扉がある。

「(有)藤枝不動産飲食事業部(仮)」。そこは、不動産屋が事務所を半分に分けて夜だけ始めた立ち飲み屋であった。

 外観のもの寂しさから不安に駆られるが、営業中と書かれた札を信じて中に入る。7、8人入れば手狭になりそうなカウンターとキッチン。こぢんまりとした空間だが、圧迫感はなく、友達の実家に来たような安心感を覚える。


 強くパーマを当てたような髪をした店主に、ハイボールを頼んでみる。この店主が、飲食業の人とは思えないそっけない雰囲気を醸していて、最初のうちは不安に駆られる。しかし、客が自分しかいなかったこともあるのだろうか。酒を飲み、煮込み料理や野菜の一夜漬けを食べていると、徐々に会話が弾みだす。

「最初は、コロナだよね」

 どうして不動産屋と飲食店を同じ敷地で始めたのか。理由を尋ねてみると、店主はそう言った。

「お客さん来なくなって、コロナ禍を過ぎたら今度は家賃が上がっちゃって、物件が動かなくなったのよ。それで、とりあえず赤字補填のために日銭商売始めるかーって夜だけこの店始めた。飲食は前にもやったことがあったし、挑戦するっていうより、できることの延長線上って感じ」

 延長線上、という言葉が、その日の私にやけに響いた。不動産業と飲食業なんて掛け離れた仕事に思えるが、店主からすれば同じ「できること」に含まれるわけで、その両輪で、今日まで生きてきたのだ。

「飲食始めたら自分が酒を飲まなくなって、結果的に前より健康にもなっちゃった」と笑う店主の顔が眩しい。

 日によっては船釣りに出て、その釣果次第で刺し身なども店で出すという。
それはもはや不動産屋の域を超えすぎているのでは?と思ったが、結局はこの店の生存戦略なわけで、店主は笑ってその荒波を進むのだろう。

 じゃあ、自分は?

 いつかは失うかもしれない仕事のことを思いながら、他に何ができるか、考えてみる。当然、すぐには何も浮かばず、流し込んだ酒は、先ほどよりも苦く感じた。

AIに仕事を奪われそうな夜、不動産屋が始めた立ち飲み屋で、「...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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