「イエスかハイか喜んで」かつて、そんな言葉も当たり前だった建設会社に、金髪の若い女性が入社した。しかも、代表取締役の娘だ。
現場で働く職人は約80人。建設業界の平均年齢は高く、上下関係も厳しく、腕と覚悟がものを言う世界だ。その会社でいま、母と娘が並んで働いている。 
昨今ではいわゆる“ガテン系”の世界で、働く女性が増えてきている。道路陥没事故で全国的にその名を知られるようになった埼玉県八潮市に拠点を持ち、マンションや道路などの鉄筋工事を主事業として手がける株式会社松伸も、そんな会社の一つ。代表取締役会長を務める松本美幸さんは前社長の妻で、夫の病死を機に代表取締役会長となった。’25年10月、娘の七海さんも同社に入社。工事担当(約80人)と事務担当(約20人)に分かれる同社で、事務担当社員として日々仕事に励んでいる。

部下への指示は「イエスかハイか喜んで」……典型的な職人気質の世界

「イエスかハイか喜んで」男社会の“ガテン系”会社に入社した金...の画像はこちら >>
ーー今日お2人に初めてお会いし、率直に申し上げて「ギャル母とその娘」というのが第一印象でした。特に七海さんの金髪はインパクトが強かったです。

美幸:本当ですか(笑)。

七海:これ、金髪じゃなくてハイライトです! 私は自分のことをギャルとは思っていないんですが、「目立ったもん勝ち」という気持ちはあります! 

ーー建設業界、それも鉄筋の会社と聞いて想像していた雰囲気と、かなりギャップがあって……。今日はお2人が「どうしてこの会社で働くことになったのか」から聞かせてください。
まずは、お母さまの美幸さんから。


「イエスかハイか喜んで」男社会の“ガテン系”会社に入社した金髪娘…母と変えた“空気”「噂話やいじめは絶対に許さない」
東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県・南三陸町出生の美幸さん。高校卒業後は看護学校を経て、小児科の外来で看護師として働いていたという
美幸:26年前に結婚した夫が、松伸の跡取り息子だったんです。最初からこの会社で「働こう」と思っていたわけじゃないです。

私はもともと看護師だったんですけど、夢は結婚だったんですよ。家庭を作ること、良妻賢母になること。料理ができて、子どもに手作りのおやつを食べさせて、一緒に遊んで……そういうのが夢でした。鉄筋屋の家に嫁いだからには旦那の3歩後ろを歩くのも当たり前だと思っている。いわゆる「古風な嫁」でした。

ーー美幸さんが嫁いだ頃の松伸は、どんな雰囲気でしたか?

美幸:典型的な職人気質の世界で、生活と仕事が一体でしたね。まずね、職人たちが社長(義父)のことを「親父」、その奥さんのことを「姐さん」って呼ぶんです。最初は「え、何?」って思いましたよ。社長が部下の職人さんに対して指示を出すときに「お前これこれしろよ、返事は3つ与えてやる。
イエスかハイか喜んで。選んでいいぞ」と。圧のかけ方、すごくないですか(笑)?

毎月給料日には懇親会を開き、職人たちに食事を振る舞うのは当たり前。ときには夜中に主人から電話がかかってきて、「今から職人10人連れていくから、ご飯を作ってくれない?」と言われたこともありました。言い方はそんなに強くはなかったんですけど。

2人の子どもはまだ小さくて、おんぶしながら買い物に行って、食事を作っていました。義母からは、「冷蔵庫にはいつもパンパンにしておきなさい」という助言も受けていました。
ただ当時はそれが嫁としての役割だと思って受け入れていましたね。
それが子どもが大学に進学してから、夫が白血病になり、他界してしまって……。あれよあれよという間に環境が目まぐるしく変わっていきました。

ーー’16年には取締役に就任。’22年からは代表取締役副社長となり、3代目社長の夫・松本茂さんが亡くなられた’24年からは代表取締役会長になられています。
突然、トップに立つことが決まって戸惑う気持ちはありましたか?


美幸:もちろんありました。私には、鉄筋の知識も技術も経験もないですから。でも、私が引き受けない限りはこの会社の人たちはどうなるんだろうという思いもあった。「それなら自分がやるしかない」と決断した。

「え、パパ死んじゃうの?」父が白血病と知ったときの衝撃

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七海さん。あどけない笑顔に若さが宿る
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成人式の際の写真。左から2番目が父・茂さん、一番右が美幸さん
ーー娘の七海さんは、最初から松伸に入るつもりだったんですか?

七海:そんな気持ちは全然なかったんです。実際、大学卒業後は友人の誘いで、発達障害を持った児童たちのための学童保育である「放課後等デイサービス」の仕事をしていました。大学では心理学専攻で、もともとカウンセラーとか、心理職になりたかった。院に進みたい気持ちもありましたが、改めて自分の素質や当時の家庭の状況を考えたところ、難しいなと断念していました。

ーーその当時から、お父様が白血病で入院されていたんですよね。

七海:最初に父の病気を知ったときは20歳で、「え、パパ死んじゃうの?」と混乱しました。当時20歳だったんですが、大学時代の友達がいっしょに飲んでくれて、朝まで泣きながら話す私を受け止めてくれました。でもそれがなかったら、本当に心の置きどころがない状態でした。しかも実は、同時におばあちゃんの病気も進行していて……。
正直、卒業することが優先で「家族を支えなきゃ」と思える余裕はなかったです。マイナスの感情を持ちたくなかったので、1日が何事も起きずに終わればそれでよいという感じでした。

ーー一度は違う畑で働いていたのが、そこからどうしてこの会社に?

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七海さんが幼い頃の家族写真。後ろに写っているのが美幸さん、先代社長の茂さん
七海:直接的なきっかけは、父の死です。でももともとなんとなく、「30歳くらいで松伸に入るんだろう」とぼんやりと思っていました。20歳で父の病気がわかり、2年半の闘病生活を経て亡くなった。まるで人生設計のテンポが、10年早まった感じ。それが「タイミングだな」と腑に落ちた瞬間があり、入社を決めました。

美幸:母としては、娘の行きたい道に自由に進んでほしいという気持ちがありました。一方で松伸の人間として、就職先の選択肢にこの会社が入っていてほしいという願いがあったので、彼女が入社を決めたときはうれしかったですね。

七海:この会社の面接時の志望動機はめちゃくちゃ困りました(笑)。ただ、「ずっと松伸に守られてきた」っていう感覚はあって。幼少期から職人さんたちのことをよく見知っていてみんなお兄ちゃん、お父さん、おじいちゃんみたいな感じなんです。


コロナ禍で国じゅうが苦しんでいるときも、生活水準は変わらなかった。それって両親だけではなく会社の人たちのおかげだなって。それなら恩返しに「みんなを守りたいかも」って思ったんです。

「印象に残らなかったら負け」(娘)vs「これが若い子の感覚か」(母)

「イエスかハイか喜んで」男社会の“ガテン系”会社に入社した金髪娘…母と変えた“空気”「噂話やいじめは絶対に許さない」
会長室の美幸さん。棚の上にはフィギュアやキティちゃんも並ぶ
美幸さんが副社長になったのち、まず宣言したのは「噂話やいじめは絶対に許さない」ということだった。それまで不規則だった休みも整え、長年働いた職人に報いる制度も整備した。だが、制度以上に変わったのは“空気”だという。

ーー美幸さんが会社のトップになってから、会社にはどんな変化があったのでしょうか?

美幸:まず、副社長になったときの第一声で、社員の皆さんに「噂話やいじめは私が絶対に許しません」と宣言しました。それから、会長になってからは、休みが不規則だった建設業界ではまだ珍しい「4週6休制」を導入して福利厚生を整えました。そして、これは亡き夫と前から構想していたのですが、勤続30年以上1000万円の定年退職金制度の導入。これは、職人さんへの感謝の気持ちと老後も豊かに暮らしてほしいという思いもこもっています。

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社内で女性社員と談笑する七海さん
ーー七海さんから見て、社内の雰囲気はどうですか?

七海:会社の皆さんに面倒みてもらいながら楽しく働いています。礼節さえわきまえていれば、社風もめちゃくちゃ自由! すっぴんで、おさげで出社しても、ネイルをしてても誰も何も言いません(笑)。正直、前の仕事の方が、髪色とか厳しかったな……。


美幸:実は、私は入社前にちゃんと、「金髪はやめてね」って言ってたんですよ(笑)。

七海:だから何度も言ってるけど、ハイライトだけだって!

美幸:若い子の感覚がわからないの(笑)。でもね、彼女を見ていると、「金髪だから仕事できないの? それって私の個人的な好き嫌いじゃない?」「金髪がダメなら、外国の方雇えなくなっちゃう」なんて考え直すようになってきて……。今は七海に学ばされたなって思うんです。

母としては娘に対して、「そろそろ髪色を染めたら?」と言うことはあります(笑)。けど、会長としては言わない。そこはちゃんと分けてます。

七海:私は別に目立ちたくてやっているわけじゃないけど、印象に残らないより、残った方が勝ちだと思ってて。たとえば仕事先に挨拶に行くとき、あとから「誰だったっけ?」ってなるより、「金髪の人だよね」って覚えてもらえたら、そっちのほうが絶対にいいじゃないですか。良かろうが悪かろうが、印象に残らなかったら負けだし、悲しい。

美幸:すごい考えてるんだね(笑)。

「自分たちの仕事は底辺」職人の言葉に受けた衝撃

夫が存命のとき、美幸さんは社員から忘れられない言葉を聞いた。「俺たちの仕事は底辺だからな」看護師として働いてきた美幸さんにとって、その言葉は衝撃だった。

日本のインフラを支える職人が、なぜ自らをそう呼ぶのか。「業界を変えなければいけない」という覚悟は、その瞬間に固まったという。

「イエスかハイか喜んで」男社会の“ガテン系”会社に入社した金髪娘…母と変えた“空気”「噂話やいじめは絶対に許さない」
親娘で取材を受けるのは初めてという2人。言葉を選びつつ語ってくれた
ーー建設業界の中では松伸のような会社はまだまだ異色だと思います。今後の仕事で、お2人なりに取り組みたいことはありますか?

美幸:以前、うちの会社で働く職人さんから言われた中で忘れられない言葉があるんです。「自分たちの仕事は底辺だから」って……。おかしくないですか? 日本の職人技術って、世界に誇れるものなのに。本人がそう思わされてる社会が、私はすごく申し訳ないと思ったんです。

だからこそ、まずは、うちの会社から、「俺、この会社で働いてるんだ」って胸を張れる場所にしたいですね。

ーー七海さんは?

七海:私は事務員さんと同じフロアで働く職員でありながら、会長である母との距離も近い。そのポジションを活かし、社員の皆さんの声を聞きながら、取締役との橋渡しができる存在になれたらいいなと思っています。

厚生労働省の発表によれば、建設業の管理職に占める女性の割合は、いまだ1割に満たない。数字だけ見れば、変化はわずかだ。だが、金髪で出社する女性社員と、看護師出身の女性会長が並ぶ建設会社は、確実に“前例”をつくっている。

「自分たちは底辺だ」と言わせない会社にしたい。そう語る母と、「印象に残らなかったら負け」と笑う娘。男社会のど真ん中で、この違和感はまだ小さい。だが、変化はたいてい、違和感から始まる。

<取材・文/田中慧(清談社)>
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