平日の夜、出張帰りのビジネスマンや旅行客で満席の車内は、独特の重たい空気に包まれていた。誰もが疲れている。誰もが眠りたい。そんな「静寂」が支配する車内で、工藤創さん(仮名)の右斜め後ろ、通路を挟んだすぐ近くの席だけが、「まるで異世界と化していた」と話す。
響き渡る無邪気な絶叫
「主役は、幼稚園児くらいの男の子。まだ幼い彼にとって、新幹線は巨大なアトラクションなんです」子どもは「ママ~!」と甘えたり、お菓子を豪快に食べ散らかしたり、窓の外を見ては「〇〇だー!!」と全力で叫んだりしていたそうだ。
「騒ぐのは仕方がないです、子どもなので。それは分かっています。元気で可愛いな、と最初は思いました。でも、度が過ぎれば話は別です」
疲れ切った大人たちが泥のように眠っている静かな空間で、ハイトーンボイスだけがこだまする。それは、脳に直接響く「騒音」へと変わっていった。だが、工藤さんが(そしておそらく周囲の乗客全員が)本当に絶望したのは、子どもの行動ではなかった。
その隣にいる、母親の態度だ。
注意ゼロ。もはや誰の子なのか…
母親はずっと、スマホを見ていた。子どもがどれだけ大声を出して、お菓子をボリボリと食べ散らかしても、視線はスマホの画面に釘付けだった。たまに「そうだね~」と生返事をするだけで、顔すら上げない。思わず「え、注意しないの?」と目を疑った。
「普通は『しーっ、静かにしようね』とか『もっと小さい声でね』などの声かけが親としてあるべきですが、一切なかったんです。子どもがどんなにボリュームを上げても、彼のママは動じない。まるで、隣で騒いでいるのが自分の子どもではないかのような感じです」
工藤さんは「何をそんなにスマホで見ることがあるんだ?」と心の中でツッコミを入れた。せっかく新幹線代を払って得た休息の時間を、一方的に蹂躙されているような気分になったという。
周囲は諦めムード
他の乗客たちは、誰もが「無」の表情を貫いていた。そんな母親に文句を言えば、トラブルになる。工藤さんも自衛策としてイヤホンを装着し、音楽のボリュームをいつもより上げた。ノイズキャンセリングを貫通してくる子どもの声と、それを無視し続ける母親。結局、工藤さんは下車するまで、その親子と共にすることになった。
「ホームに降りた時の疲労感は、仕事の疲れとはまた違う種類の、どっと重たいものでした。子どもが騒ぐのは仕方ないです。けれど、親御さんにはせめて注意する姿勢だけでも見せてほしかった。それがあるだけで、周りの“許せる・許せない”の境界線が、大きく変わるはずなので」
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。
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