2025年12月に東京・赤坂で発生した、個室サウナでの火災死亡事故。その事故原因をめぐっては、サウナ室が中から押して開けられない個室そのものの欠陥に加え、非常ボタンを押しても電源がOFFとなっていたため作動しなかったことが指摘されている。
もしもの時の命綱である非常ボタンや安全装置が、その「もしも」が来てしまった時に正常に動かなかったなら、我々はどうすれば良いのだろうか……まさに悪夢のような状況である。
これを踏まえて、サウナに限らず身近にある非常ボタンや安全装置についての豆知識、建物オーナーの立場で設置時に気をつけるべきポイントなどを、石川県金沢市で業務用機械の製造や施設施工の事業を展開しているステンレス株式会社の代表取締役・福田祐一氏に話を伺った。火災や地震について安心のためには欠かせないが「設置されていれば安心」というわけでもない非常ボタンや安全装置について、意識啓発の機会となれば幸いである。

赤坂サウナ火災で問われた「“作動しない”非常ボタン」動かない...の画像はこちら >>

「火事だ!」の時は落ち着いて「横」→「下」を見るべし

サウナに限らず飲食・小売・サービスなどの店舗において、通常は非常ボタンや誘導灯といった安全装置が何かしら設置されているものである。設置していなければ消防の許可が取れないので当然だが、設置していたにもかかわらず、使える状態ではなかったという赤坂の個室サウナ店のケースは、やはり理解しがたい点が拭えない。

「多数の飲食店が入るテナントビルなどは、自分のお店だけちゃんと防火対策をしていても、他店からの出火に巻き込まれる場合もある。それでテナントやお客様が被害を受けるのを防ぐために、当社では建物テナントに対して非常装置の設置と管理を徹底するようお願いしています」

例えば商業施設などの滞在中に火災が発生したら、ギリギリの冷静さは保ちつつも、一刻も早い避難が求められる。その時に私たちは、まず室内のどこに目線を合わせるべきかを、福田氏に質問した。

「誘導灯などの設置場所は、基本的に『見える位置』です。これはテナントビルでも飲食店でも、そんなに変わりません。あまり下の方に付けると棚であったり、通路上のものに遮られて見えなくなる場合もありますし、わざわざ見つけにくくする意味もない物ですので、非常時はあまり視線を上下させずに横方向を見てください」

ただし、誘導灯とは別の非常灯を下部に設置するケースも少なくない。これは火災の煙が上方向に漂っていくなか、逆に床面近くを照らせば煙を避けて非常経路を示しやすいためだ。これを踏まえて、火災の発生時はまず落ち着いて目線と同じ高さの誘導灯や非常ボタンを探し、続いて足元近くに経路用の非常灯がないか探ると良いだろう。


なお、もしも非常ボタンが故障などで動作しないケースに自分自身が当たってしまったら、その時はボタンにこだわらず速やかに場を離れるべきだと、福田氏は語った。一瞬の判断ミスやためらいが命取りである。

安全装置は普段からのメンテ&周知が肝心

繰り返しになるが、商業施設の火災で非常ボタンを押しても動作しないというのは、本来ならば絶対あってはいけないワーストケースである。これが仮に発生するとしたら、赤坂サウナ火災のように意図的に電源が切られている以外で、どのような原因が想定されるだろうか。

「まずは定期的な設備検査や、使用方法への周知を怠っている場合ですね。通常は月1回程度の確認やメンテナンスを行うことを当社では推奨していますし、非常ボタンの使い方や非常時対応を学べるオーナー向け研修も行なっています。そうした取り組みをせずに安全装置を放ったらかしにしていると、電池切れや設備故障、もしくはオーナー側の手違いなどで、大事な時に動かない可能性が出てくる」

設備検査は非常ボタンを押した時にベルが鳴るかどうかに加え、ベルの音量が大きすぎず小さすぎず適切なラインにあるかなど、設備の状態や信頼性を厳密に計測する。こうした細かなチェックが人々の安全を守っているのだ。

また、非常設備の寿命について福田氏に尋ねてみると、多くの機器は5年ほどで耐用年数を超えるという。

「当社では定期交換というのを推奨していますね。非常ボタンって平時であれば使わないし、使う機会が来ない方が良いものですから、長く放置されているうちに湿気などの影響を受けやすいんです。2年や3年ならともかく、5~10年も経っているものは早く更新した方がよい」

また、警報が鳴っても気づかないなどヒューマンエラーをなくすため、福田氏が特に使用を推奨しているのは、店舗スタッフが装着するリストバンド型のものだ。部屋に据え付けのブザーが非常時に鳴っても、店内音楽などにかき消されて聞こえない可能性はある。
その点、至近距離のリストバンドから警報音がすれば、スタッフが非常事態に気付くのも早まり、安全につながるというわけだ。

「カッコいいけど見つけづらい」より「多少ダサくてもすぐ見つかる」方がベター

ところで、XなどのSNSでは時おり、安全ボタン・非常装置と最新建築デザインのミスマッチが話題となる。モダンでスタイリッシュな空間設計を優先するあまり、安全ボタンなどの位置が壁に溶け込んでしまい、非常時にうまく探せないのでは?と指摘されるケースが少なくない。これについて、福田氏に見解を聞いてみた。

「できるだけ避けていただきたいですね。非常ボタンなど見た目は野暮ったいし、どうしても最新のデザインからは浮いてしまうんですけど、逆にその『周りから浮いている』ことこそが視認性向上にもつながっていますので。デザインよりも非常時のアクセスしやすさを優先してほしい気持ちはあります」

こうした非常装置とデザインの関わりは、その建物や設備を主に誰が使うかでも大きく変わってくるという。例えば美容室やクリニックなど、常に数人~十数人のスタッフが限られた空間内に滞在している施設であれば、スタッフ側が研修などで安全ボタンなどの位置を把握していれば良いので、非常装置周りのデザインに若干の融通は効くだろう。反対に、大型商業施設のように広大な空間を一般客が主に利用するケースは、非常装置の周りに一般人しかいないことも想定して目立ちやすいデザインにすべきだ。

「テナントビルのオーナーなど、これから安全ボタンや非常装置を建物に設置していく立場の人は、こうした建物用途や希望デザインについて、設計事務所や施工会社などとよくコミュニケーションしてほしいですね。一般的な良識ある会社であればクライアントに対して、あえて安全面を踏み倒すような提案はしないはず。逆に、デザイン偏重でリスク無視の提案をする相手には、警戒が必要です」

火災や事故は単独の原因によるものではなく、複数の細かな偶然や瑕疵が積み重なった帰結として発生してしまうものだ。その一端は建物の利用者だけでなく建物そのもの、そして建物を作った会社やオーナーにもあるのである。


2024能登地震で見えた「建物+地域」の安全作りへの教訓

赤坂サウナ火災で問われた「“作動しない”非常ボタン」動かない時に確認すべき3つ
ステンレス株式会社の代表取締役 福田祐一氏
ステンレス株式会社は石川県金沢市に本拠地を置いているため、2024年元旦に県内の能登半島で発生した地震では、多くの大変な経験をしたという。取材の最後に、当時の話を福田氏に伺った。

「私は石川県内のライオンズクラブ(社会奉仕活動を行う民間団体)に所属しており、当時はコーディネーターを担当していました。地震後の1月2日には災害対策本部を立ち上げて活動を始めましたが、もう非常ボタンも安全装置も全く役に立たないほどの有り様で……」

マグニチュード7.6の大地震は輪島市などで震度7、金沢市内でも震度5強を記録し、その揺れは1~2分に渡って続いた(福田氏談)。火災警報器や非常ボタンに対して、地震に対する警報器は設置していない建物や家屋も多く、能登地域では特に設置例が少ないという。加えて、火災警報器が発報しても、建物自体が倒壊してしまっては逃げ出すことすらできない。一般的な建物内設備で対応できる範囲を、はるかに超える地震だったのだ。

「取引先の会社も、3階建ての本社ビルが基礎から根こそぎ倒れて、横にあった居酒屋を押し潰してしまったんです。そこで2人が亡くなられましたし、私の知り合いや友人にも何人か亡くなった人がいます」

能登半島地震では地震以外に津波の被害も深刻だったほか、2024年9月には豪雨による水害も発生した。福田氏はその後も七尾市・和倉温泉の復興など、能登地域での様々なボランティアや支援活動に携わっている。

「長い時間がかかっていますけども、これからが復興に向けた勝負かな、と感じています。まだ5年から10年は必要でしょうね。
今後の防災に向けては、例えば非常時の町内スピーカーを増やしたりラジオを有効活用するなど、年齢や住居を問わず全ての人がすぐに災害警報を認識できる環境が必要です。非常ボタンなどによる建物単位の防災と、地域単位での防災が上手に組み合わさった、安全で新しい街を創っていきたいですね」

地震にせよ火災にせよ、私たちはいつ、どこで非常ボタンや安全装置の助けを借りることになるか分からない。建物や地域を訪れる側も、作る側も、今後いっそうの安全意識強化が欠かせないのだ。

<取材・文/デヤブロウ>

【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2~3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草~上野近辺、池袋周辺、中野~高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
編集部おすすめ