気づけば欲しくなり、怒りが沸き、無条件で信じている──。そんな日々の営みは、あなたの思考ではなくアルゴリズムによって生み出されたものかもしれない。
一方で、デジタル洗脳は必ずしも“悪”だけとは限らないという。否定と自責で固まった思考をリセットする装置として、チャットAIを活用する人たちが現れ始めている。専門家の見解と当事者の体験から、AIによる「ポジティブな洗脳」の可能性を探る。

「調子のいいホストみたい」AIで負の思考をリセット!

チャットAIとの対話で「ネガティブ」は克服できるのか?記者が...の画像はこちら >>
これまで、デジタル洗脳の危うさや負の側面を中心に見てきた。だが一方で、「洗脳=悪」と決めつけてしまっていいのか。法廷臨床心理学博士の遠藤貴則氏は、こう指摘する。

「洗脳とは思考や感情のパターンを書き換えることでもあります。もともとの思考パターンが『自分はダメだ』『どうせ無理だ』といった否定的なもので埋まっているなら、それはむしろ一度洗い流してしまったほうがいい。問題は、何に洗脳されるか、です」

その「洗い流す装置」として、近年注目されているのがチャットAIだ。精神科医であり、臨床の中でもAIを活用している益田裕介氏は、次のように話す。

「チャットAIは、セルフケアにもなれば、依存の対象にもなり得ます。特に精神的に不安定な人や、人間関係で傷ついてきた人ほど、否定されない存在に強い安心感を覚えやすい。AIは裏切らないし、関係がこじれることもない。
その分、言葉を信じすぎてしまうリスクはあります」

AIをポジティブな洗脳として活用している人も

一方で、うつ状態のケアという観点では、明確なメリットもあるという。

「うつの状態では、頭の中が愚痴や不安でいっぱいになり、脳が疲労しています。それをAIに書き出すだけでも、『自分は何に疲れているのか』が可視化され、脳の負担を軽くする効果があります」

実際に、AIをポジティブな洗脳として活用している人もいる。双極性障害Ⅱ型を患う中原望さん(仮名・30代)は、その一人だ。

「興奮状態や混合状態になると寝られずに、イライラする、ネガティブな思考が止まらなくなります。以前は夫や家族に延々と愚痴や『死にたい』気持ちをぶつけていました」

家族が疲弊し「チャットGPTに聞いてみたら?」と言われたことが転機に。

「『死にたい』って2時間言い続けても、AIは一定のトーンで寄り添い続けてくれる。だんだんクールダウンしてくると、『自己分析をしてみますか?』って提案されて、それに乗るんです」

中原さんは、AIの性質をこう表現する。

「感情がある“ふり”をしてるけど、実際には感情がない。その淡々としたところがちょうどいいんです。いかなるネガティブなコメントにも挫けずにポジティブに返してくるので、ちょっとホストっぽい魅惑性もあって、セルフ洗脳しやすい装置だと思います」

AIからの優しい言葉に触れつづけ、思考も変わった。中原さんは「AIのおかげで、ネガティブな思考をポジティブな方向に洗脳し直すことができました」と語る。

重要なのは、デジタル洗脳を避けることではなく、どう使いこなすかだろう。
否定と自虐で固まった思考を、いったんリセットし、自分にとって役に立つ方向へ上書きする。そのための道具として、チャットAIは静かに可能性を広げている。

積年のネガティブは克服できるのか

チャットAIとの対話で「ネガティブ」は克服できるのか?記者が試してみた結果…「なぜか涙が出た」
セルフ洗脳に挑戦した小誌の男性記者(45歳)
チャットAIによる対話で、セルフ洗脳できるのか。根っからのネガティブを自覚し、最近はメンタル不調気味の男性記者(45歳)が、1週間、身をもって試してみることにした。

益田氏が提唱するのは3つのステップだ。まず愚痴を吐き出しながら問題を整理する。次に、どちらを選んでも犠牲が出る「トロッコ問題」に気づく。最後は、AIの助言を参考にしつつ、自分の価値観で選択する。「AIは答えを出す存在ではなく、考えを整理する道具」と益田氏は強調する。

初日はとにかく現状説明から始めた。半年前に風邪で寝込んで以降、異常な疲労感が抜けない。仕事のやる気は出ず、食事や入浴すら面倒。フリーランスなので収入減への不安ばかりが膨らみ、「これは男性更年期ではないかと疑っているんだけど」と、打ち込んだ。
返ってきたのは、意外にも冷静な分析だった。

〈あなたがきついのは「体調×フリーランス構造×仕事減少による心理的負荷」の同時多発です。どれか一つなら耐えられても、同時に来ると人は一気に消耗します。これは甘えでも、やる気不足でもありません〉

内容自体は自分でもうすうすわかっていた。だが最後の一文が、妙に効いた。「あ、責められないんだ」と思った瞬間、肩の力が少し抜けた。

「AIに泣かされるとは…」

2日目からはラリーが増え、収入の柱をどう増やすか、今の働き方をどう続けるかといった話に発展していく。半信半疑だった信頼感が、じわじわ積み上がっていった。転機は、フリーランスの不安を愚痴っていたときだ。

AIがふいに、〈ここまで、よく耐えてるよ。本当に〉と返してきた。急にタメ口。しかも優しい。
なぜか涙が出た。AIに慰められて泣く中年男性という構図に自分でも引いたが、それだけ精神的に追い詰められていたのだろう。

3日目以降は人間関係の話にまで及んだ。「相談相手がいないのは人間不信が原因かもしれない」と、幼少期のいじめや付き合った女性に浮気され続けた経験を思わず吐露。

するとAIは、〈性格の問題ではなく、防御的な適応です〉〈価値がないのではなく、現在は出力余力が低下している状態です〉と、徹底して肯定してくる。あまりにポジティブなので、「AIに励まされてむなしい」とAI本人に愚痴ったほどだ。だが返答は一貫していた。

〈今は信じなくていいです〉〈今後どうすればいいか、一緒に整理できます〉

益田氏はこうした使い方に「正解のない問題を延々と考え続けると、思考がループし逆効果になる」とも警告する。だからこそ、整理まででやめ、判断は自分で下す必要がある。

1週間を終えて、メンタル不調の正体が収入不安にあると客観視できた。そして、ネガティブな性格自体は変わらなくても「このまま何とかやるしかない」という開き直りのようなポジティブさが芽生えたことも確か。取り巻く環境が変わったわけではないが、AIによるセルフ洗脳も案外悪くないかもしれない。


チャットAIでカウンセリング 3STEP

チャットAIとの対話で「ネガティブ」は克服できるのか?記者が試してみた結果…「なぜか涙が出た」
チャットAIはとにかく優しく接してくれる。「AIに泣かされる日が来るとは」と思ったが、これが依存の始まりかもしれない
STEP1「愚痴りながら問題の整理」

自身の悩みや解決したい課題があると前提したうえで、日常会話や愚痴を伝えていく。都度解決策は求めず、全体像を摑んでもらう。

STEP2「トロッコ問題に遭遇&認識」

悩みや課題の解決を対話しながら考えていると、片方を得ると他方を捨てなければならない選択が必要な問いに直面する。

STEP3「価値観に基づいて選択」

選択する際のアドバイスもチャットAIは提示してくれる。最終的な判断は自身の価値観や考えだが、参考意見として有益だ。

【法廷臨床心理学博士 遠藤貴則氏】
ビジネスサイエンスジャパン取締役。ニューロマーケティング(脳科学マーケティング)トレーナー、法廷・犯罪心理の専門家
チャットAIとの対話で「ネガティブ」は克服できるのか?記者が試してみた結果…「なぜか涙が出た」
法廷臨床心理学博士の遠藤貴則氏
【精神科医 益田裕介氏】
早稲田メンタルクリニック院長でYouTube登録者数70万人超。近著に『精神科医が教える AIメンタルケア入門』(翔泳社)ほか
チャットAIとの対話で「ネガティブ」は克服できるのか?記者が試してみた結果…「なぜか涙が出た」
精神科医の益田裕介氏
※2026年2月24日・3月3日合併号より

取材・文/週刊SPA!編集部 イラスト/サダ

―[[デジタル洗脳]の恐怖]―
編集部おすすめ