お笑いコンビ「ジャイアントジャイアン」として活動し、浅井企画に所属していた、かーしゃさん(37歳)。
 M-1グランプリで三度準々決勝に進出した実力派だが、2022年にコンビを解散し、約12年にわたる芸人生活に区切りをつけた。
その後は作家としての道を歩み始めた。現在はハナコのYouTubeチャンネル「ハナチャン」をはじめ、企業イベントや舞台脚本の構成まで幅広く担当している。

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 2025年にアルバイトを辞めて“作家一本”へ。3児の父として、芸人を辞めて作家で食べていくまでの道のりや葛藤を赤裸々に語ってもらった。

子どもの成長で気づいた停滞、作家への転身を決めた理由

——2022年末、コンビ解散の経緯を教えてください。

かーしゃ:
きっかけはM-1でした。テレビにはたまに出ていたけれど、賞レースの結果が出ないまま何年も過ぎていって。そんななか、2017年頃に第一子が生まれて。子どもの成長は本当に早くて、言葉がしゃべれるようになって、友達もできて。その姿を見ていると、5年でこんなに変わるのに、自分はあんまり変わっていないなと痛感したんです。「このままではダメだ」と思って、相方と相談してM-1で結果が出なければ解散すると決めました。結果は2回戦敗退。そこで踏ん切りがつきました。


——34歳からの転身ですね。なぜ「作家」を選んだのですか?

かーしゃ:
正直、大学卒業後すぐに芸人になったので、「社会で働く」というイメージがまったくなかったんです。何かこれまでの経験を活かせる仕事を考えていくうちに、作家という選択にたどり着きました。芸人仲間には、面白いのに売れていない人がたくさんいる。そんな人たちを支えられる立場になれるかもしれないし、純粋に「こっちのほうが楽しく生きられそう」という直感もありました。

でも家族のこともあり、深刻な感じで「作家になるのどうかな」と妻に相談したときも、「やりたいことやればいいんじゃない」と拍子抜けするくらいあっけらかんと背中を押してくれて。感謝しかないですね。

知り合いに総当たりで仕事を探した

——「作家になる」といっても、明確なルートはないですよね。どうやって活動を始めたのでしょう?

かーしゃ:
まずは、知り合いの作家さんや裏方の方々に片っ端から連絡しました。「どうやって仕事をもらうんですか?」「手伝えることはありますか?」と聞いて回って。最初に始めたのはライブの主催です。自分は営業が得意ではないし、社交的なタイプでもない。けど、ライブを開催すれば仲の良い芸人さんを呼べますし、「協力するよ」と言ってくれる人が多かった。
いまも月4回ほど主催しています。

——長年出演されている芸人さんには、ヤーレンズさん、カナメストーンさん、モグライダーさんといった著名な顔ぶれも多いですね。主催しているライブの特徴を教えてください。

かーしゃ:
ライブは、シンプルなネタだけのライブというより、企画性のあるものが中心です。 お客さんウケよりも、自分が「見たい」「面白そう」と思える企画を優先しています。 たとえば「怒り」というライブは、“怒ったら面白い芸人”だけを集めたライブで、「MCのマイク切り忘れライブ」は、MCのマイクをオンにしたままにしておいて、ネタ中にその声が舞台に入ってくる、という感じのライブです。

——かーしゃさんの主催するライブは、わかりやすい人気者だけでなく、実力派で固められている印象です。客入りの不安はありませんか?

かーしゃ:
それが、コンセプトが面白ければお客さんは来てくれるんですよ。さきほどの「怒り」というライブも初主催なのに40~50人ほど入ってくれて、芸人さんが一番輝く形を考えたほうが、結局はお客さんも喜んでくれるんだと気づきました。もちろん、ライブ主催ってギャンブルみたいなもので、お客さんが入らないことも全然あるんですけど。

バイトを辞めて作家一本に絞るまで

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「ジャイアントジャイアン」コンビ時代のかーしゃさん
——他にはどんな仕事を?

かーしゃ:
養成所時代の先輩・ハナコ秋山さんに声をかけてもらい、YouTubeチャンネル「ハナチャン」の構成を担当しました。あとは芸人さんやお笑い養成所でのネタ見せコメント、企業案件の企画出し、イベントや舞台の台本、CM案、記事執筆など、細かい仕事を幅広くやっているという感覚ですね。

——ネタ関連の仕事は想像つくのですが、企業系の仕事はどのようにつながるのですか?

かーしゃ:
直接DMでオファーをいただくこともありますが、元芸人が立ち上げた「KODEKA」経由の案件も多いです。
お笑いを使ったマーケティングを行う会社で、辞めた芸人の受け皿にもなっていて、自分も芸人を辞めたタイミングで先輩に紹介してもらいました。

——アルバイトを辞めたきっかけは?

かーしゃ:
収入面もありますが、「バイトに行く時間がもったいない」と思うくらい作家の仕事が増えてきたのが大きかったです。ラジオ構成のレギュラーが決まったタイミングで「一本に絞れるかも」と思い切りました。

「芸人を辞めたら作家になれる」という噂は本当?

——いまは作家一本で生活できているんですか?

かーしゃ:
月によって波はありますが、アルバイトをしなくても暮らしていける程度にはなっています。

——「芸人を辞めたら作家になれる」という噂もありますが、実際どうでしょうか?

かーしゃ:
僕の場合は、芸人時代に築いた人とのつながりがあったからこそ、いまの働き方が成り立っているところは大きいと思います。

——「ジャイアントジャイアン」は賞レースでも結果を残し、周囲の芸人からも実力を認められていたコンビでしたよね。その積み重ねが、いまのポジションにつながっている部分もありそうです。

かーしゃ:
人付き合いが得意なタイプではないですが、少なくとも嫌われてはいなかったことが大きかったかなと。そのおかげで、「手伝ってほしい」と声をかけてもらえることが多かったんだと思います。

いまもライブ運営では、芸人さんにいやな思いをさせないことを心がけています。賞レースで注目された人だけを呼ぶとか、集客目的でブッキングすることはしない。その結果、出演者がおじさんばかりになることも多いですが(笑)。

「これは作家の仕事なのかな?」という案件も

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かーしゃさん、ご家族での一枚。2024年には第3子が誕生した
——「作家=テレビ」という印象がありましたが、ネット時代になって仕事の幅は変わってきていると感じますか?

かーしゃ:
テレビの企画会議に出るような「ザ・作家」みたいな仕事もありますが、自分はそこにはなじめませんでした。

一方で、「作家」と呼ばれる仕事の幅は本当に広いと実感しています。
名乗ってはいるけれど、「これは作家の仕事なのかな?」と思うような案件も多いですし、YouTubeなどのプラットフォームが増えた分、細かい仕事は増えています。

だからこそ、「作家」という言葉にあまり縛られず、選ぶ仕事に線を引きすぎないほうが、結果的に仕事は増えていくはずです。

自分で動かなかったら本当にニートに…

——転向して最初のころは悩むことも多かったですか?

かーしゃ:
就職と違って「何もしなくても仕事が来る」わけではないので、自分で動かなかったら本当にニートになる。それに、企業と関わりもあり、社会人としての常識やマナーも問われます。最初のころは「作家とはこうあるべき」と自分を縛ってしまい、舞台に立つのは違う、言葉遣いも完璧でなきゃと過剰に意識していました。でもそのストレスからか、原因不明の40℃の熱が出てしまって……。

そこから、「作家だから」と気負わずに、自分のペースでやればいいと思えるようになったんです。いまでは必要があれば舞台にも立ちます。周りは案外、誰も気にしていないんですよね。

だから、芸人を辞めても“お笑いを辞める”必要はない。やりたいことを、その都度やっていいんだと思います。

 *  *  *

 いまの時代、「裏方」と呼ばれる人がメディアに登場することは、もはや珍しくない。
「出役」と「裏方」の境界が曖昧になりつつあるなかで、作家という仕事もまた、自分で線を引かずに立ち回ることが、この業界を生き抜く一つのあり方になっている。

 出る側と支える側、その両方を行き来しながら模索を続けるかーしゃさんの姿は、不安定な時代に「好きなことで食う」ためのリアルなモデルケースといえそうだ。

取材・文/福永太郎

<かーしゃさんプロフィール>

1988年生まれ。埼玉県出身。12年間お笑い芸人で活動。お笑いコンビ「ジャイアントジャイアン」として浅井企画に所属。芸人引退後、2023年から作家やプロデューサー業を開始。ライブ・イベント制作、ネタの台本制作、ネタ見せの講師などの活動をしている。制作しているライブは、今まで見たことのないコンセプトのライブを数々開催しており、ライブシーンでは話題になっている。ハナコYouTubeチャンネル「ハナチャン」、YouTube「GGチャンネル」などを担当。
X(かーしゃ):@ka_sha27
X(団体アカウント):@Live_kasha

【福永太郎】
1988年東京生まれ。ライター・編集者。
俳優、スポーツ選手、芸人などの著名人から、メーカー担当者や経営者まで幅広くインタビューを担当。家電専門メディアにてレビュー記事執筆も手がける。
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