「親が抱える受験後遺症が子供に連鎖している」
学習塾・寺子屋ネット福岡の経営者として数多くの親子と接してきた鳥羽和久氏も、受験の現場を見て、この問題を意識するようになったと語る。「受験シーズンには、多くの子供たちが過剰な不安を抱えています。でも、その不安は実は子供たちだけから生まれるものではありません。親と面談をすると、『自分はいい学校に行けなかったから』という思いが子供に過剰なプレッシャーを与えているケースも少なくない。逆に親が自分の成功体験をそのまま押しつけてしまうこともある。つまり、親が抱える受験後遺症が子供に連鎖しているのです」
鳥羽氏がさらに気づいたのは、こうした後遺症が受験という出来事に限らないという点だった。
「仮に自分の人生では受験と距離を置いてきた親でも、子供の進路になると急に不安になって、自信のなさが表に出ることもある。それを見ていると、受験が問題ではなく、もっと前から続く学校の仕組みそのものが影響しているのではないか、と。そのとき、『学校後遺症』という概念が頭の中に浮かびました」
どんな人でも少なからず持つ「学校後遺症」
では、学校後遺症とはどんなものなのか。「学校生活で繰り返し経験する行動様式が、大人になっても己の判断基準として残る現象」と鳥羽氏は説明する。「時間を守る、集団の秩序を保つ。それ自体は社会にとって必要なことです。ただ問題は、それが“唯一の正しさ”として固定されてしまうこと。遅れる人を必要以上に責めたり、空気を乱す人を排除したくなったりする。
なかでも、象徴的な例として挙げられるのが、体育や給食の記憶だ。
「僕も長年、体育の球技が苦手で『運動はできない』と思い込んできました。でも、大人になって登山や水泳などを始めて、自分は身体を動かすことが好きだと気づいた。また、同じものを決まった時間に食べねばならない給食も、実はすごく統制された文化です。その経験から、大人になっても『食事は定食スタイルが基本』『嫌いなものも食べるべき』などの発想から離れらない人もいますね」
さらに、人によっては、偏差値の高い学校への進学や、内申点の高さといった成功体験が、その後の人生においても自己価値を測る基準として心に残り続けてしまうこともある。これも「実は後遺症のひとつ」だという。
「過去の自分の実績を誇りに思うこと自体は悪いことではありません。ただ、“評価されること=自分の価値”という考え方が固定されてしまうと、新しい挑戦が怖くなる。評価が下がるかもしれないことを避けるようになり、結果的に今を自由に生きにくくなるんです」
注意したいのが、「自分の行動の判断基準が、実は学校教育の影響を受けている」という自覚が本人にはあまりないことだ。
「現代社会のなかで、学校のルールは当たり前のものとして日常に溶け込んでいます。そして、 “真面目”な人たちほど『こうあらねばならない』という学校の規範を過剰に適用しがちです。ときにはそれを周囲の人に押し付け、そのルールを守らない人を排除しようとすることもある。
大人たちのその後の人生をも縛り続ける「学校後遺症」
なかには、大人になってから学校後遺症の影響を感じ、生きづらさを感じる人もいる。都内の精密機器メーカー勤務の山田悟さん(仮名・45歳)は、「学生時代は優等生タイプだった」と自らの過去を振り返る。「授業中、間違えるのが怖くて、自分で考えるより、とにかく正解を選ぶことを優先していましたね。発言して間違えるくらいなら、黙っていたほうが評価は落ちないと思っていたんです」
「昔から正解だけを追い求めてきたせいか、前例を疑う癖がまったくないんです。だから、部下から『なぜこのやり方なんですか』と聞かれても答えられない。会議で発言するたびに、『また的外れなことを言ったんじゃないか』とあとから自己嫌悪に陥ることもある。仕事のできない無能上司だと思われているのもわかっているので、正直、部下と話すのが怖いです」
「しんどくても休めない」38歳女性
一方、「休むことが怖い」と語るのは、金融機関勤務の牧瀬聡子さん(仮名・38歳)。小学校時代に無遅刻無欠席で表彰された経験が影響しているという。「私の学校では、体調が悪くても登校するのが当たり前だったせいか、休むと評価は下がるという感覚が抜けない。大人になった今も、会社で休暇を取ることに抵抗があります。熱があっても『行けるかも』と考えてしまう。どんなに疲れていても、しんどくても、休めないんですよ」
「管理職になった責任感もあって、帰宅後や休日も『休んではいけない』という思いから、つい仕事をしてしまう。結果、過労による体調不良で、半年間休職することになりました。正直『休みを取るのは悪いこと』だと頭に刷り込まれていたので、ショックでしたね。復帰後、会社には『もう管理職から外してください』と伝えました。給料は下がりましたが、また同じように休みを取るのが怖かったので」
なぜ「学校後遺症」が生まれる?
なぜ、学校後遺症が生まれるのか。「学校という制度そのものが社会のモデルとして機能している以上、避けては通れない」と鳥羽氏は指摘する。「空気が保たれないと授業が成立しないという前提があるなかで、先生も生徒も空気を作る訓練をしています。その構造が社会に持ち込まれることで、序列や規律を守る文化が固定化される。結果、学校後遺症が、会社組織や家庭などあらゆる場で再生産されてしまうのです」
「家庭も学校も、毒もあれば宝もある場所だと僕は思っています。親も学校の先生も含めて、みんなその構造のなかでやっているだけ。誰かが悪いわけではない。
「後遺症に気づくだけ」でも大きな第一歩に
では、自らの学校後遺症とはどう向き合えばいいのか。それに対して鳥羽氏は「まずは自覚するだけで十分」だと語る。「『ルールを守らないと仲間外れにされる』『発表会で笑われて人前に立つのが苦手になった』。こうした学生時代の経験が、大人になったときの不安や恐れに直結している。それに気がつくだけでも、物事の見方は変わるし、行動も変わっていくはずです」
学校が残した影響を否定するのではなく、自覚すること。それこそが、自らの生きづらさを見直す最初の一歩になるのかもしれない。
鳥羽和久氏
1976年生まれ。寺子屋ネット福岡代表・作家。近著に『それがやさしさじゃ困る』(赤々舎)。その他著書に、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『親子の手帖』(鳥影社)、『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)などがある
取材・文/藤村はるな 撮影/朝山啓司
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