スマホひとつでスケジュールもメモも完結する時代に、あえて“紙の手帳”が売れている。しかも累計3万部。
延べ5000人以上が参加するオンラインコミュニティまで生まれているというから驚きだ。
その名は『自分軸手帳』。単なるタスク管理ツールではなく、「自分との対話」に特化した一冊だという。

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なぜ今、手書きの手帳なのか。なぜここまで人を巻き込むのか。開発者であり自分軸手帳合同会社代表の一番ケ瀬瑶子さんに、『自分軸手帳』発案の舞台裏を聞いた。

デジタルの時代にあえて「手書き」する意味とは?

スマホ時代に「紙の手帳」が3万部…「今日できたことを3つ書くだけ」がヒットした理由
一番ケ瀬さんがときどき見返すという、過去の手帳
開発者の一番ケ瀬さんは、2021年から『自分軸手帳』を販売(累計3万部)するだけでなく、延べ5000人以上が参加するオンラインコミュニティ「手帳部」も運営している。

——『自分軸手帳』と一般的な手帳の決定的な違いはどこでしょう?

一番ケ瀬:一般的な手帳は、スケジュールやタスク管理のために使用しますが、『自分軸手帳』は自分との対話を目的としています。自分の感情や価値観、本当にやりたいことに気づくために、目標設定と振り返りにフォーカスした手帳です。

——あえて手書きなのは、どのような理由があるのでしょうか?

一番ケ瀬:スケジュール管理が目的ならデジタルが便利ですよね。私自身デジタルツールを大いに活用する人間です。ただし『自分軸手帳』には、手書きのメリットがあるのです。

——具体的にはどういったメリットですか?

一番ケ瀬:手帳を開き、手を動かして書く行為は、自分の内側と向き合うための儀式のような役割を果たします。
また、手書きの文字を見ると、書いたときの情景や感情が鮮明によみがえり、五感を刺激してくれます。筆跡の乱れやページの余白は、デジタルでは削ぎ落されてしまう特別な質感です。

アナログ手帳は、その時点の自分を切り取ったスナップショットです。この1冊が「2021年の私」として、現在の自分との差分をハッキリと認識させてくれるので、変化や成長を実感するツールになります。

“自分軸”を見失った体験「育休中に不安に襲われて」

——“自分軸”とは一体どういうものでしょうか。具体的に教えていただけますか?

一番ケ瀬:例として、私の実体験をお話します。次男の育休に入った初日、仕事中心の生活が急に途絶え、私は不安に襲われました。「今日何をすればいいのかわからない」という状態になり、自分が何者でもなくなったような感覚に陥ったのです。

赤ちゃんのお世話は、大切で幸せな時間です。しかし一方で、社会から自分だけ取り残されたような満たされない思いを抱えていました。

育休明けの働き方も、正解かわかりませんでした。家事や育児は誰かとシェアしてキャリアを優先するのか、仕事を減らして育児とバランスをとるのか、いったん専業主婦になるのか、はたまた会社を辞めて独立するのか。自分がどの道に進みたいのか、まるでわからなかったのです。


当時、私は答えを外に求め続けました。ある時は子連れでMBA講座に通い、ある時はパン教室へ。大前研一氏のビジネス書を読み漁ったかと思えば、「丁寧な暮らし」を模索したりもしました。自分に軸がないため周りの人が皆輝いて見え、精神的に疲弊してしまったのです。

他人が求める正解を探して生きてきた

——なぜ自分がどうしたいのかわからない状態になってしまったのでしょう。

一番ケ瀬:振り返ってみると、これまで「他人軸」で生きてきたからだと気づきました。私は学生時代は勉強に励む「良い生徒」で、会社員時代は「会社が求める成果」に応え、自分が何をしたいかよりも「80%程度の評価が得られる道」を無難に選んできました。

誰かに求められるタスクや役割を必死にこなすうちに、自分軸を見失っていたのです。

——無意識のうちに、期待される役割を果たそうとするのは、誰にでもあることではないでしょうか。一番ケ瀬さんは、どのようにして自分軸を取り戻していったのですか?

一番ケ瀬:確かに、急に考え方を変えられるものではありません。まずは「自分の気持ち」に向き合うところから始めました。

「今日できたことを3つ書くだけ」が自分軸を取り戻すプロセス

スマホ時代に「紙の手帳」が3万部…「今日できたことを3つ書くだけ」がヒットした理由
自分軸手帳公式ガイドブック『自分軸手帳のはじめ方』を手にする一番ケ瀬さん
——どのように向き合ったのですか?

一番ケ瀬:目標設定と振り返りにフォーカスしました。きっかけは2019年、夫が買ってきた手帳です。私も同じ手帳を購入し、ライフプランを書いて、お互いに見せ合う約束をしたのです。


約束という強制力が働き「自分はどうしたいのか」という問いに、初めて真剣に向き合って書きあげました。仕事だけではなく、家計、健康、家族、趣味など人生のあらゆる側面で「こうありたい」という自分の姿を考えて、手帳を埋めていったのです。

それは、周囲が望む「正解」を探すのではなく、自分の内側にある「本音」を掘り起こして、言葉にする作業でした。自分の「ありたい姿」を具体的に思い描くのは、進むべき方向に顔が向いたという感覚です。

——例えばどんな目標を設定したのですか?

一番ケ瀬:そうですね、ひとつは「経済的な自立」です。健康で長く働き続けるために、今はしっかりと土台を築く時期と設定しました。

——目標設定によって、自分軸が見つかったのですね。もうひとつ「振り返り」についてはいかがですか?

一番ケ瀬:自分軸を育てるために、手帳を使って一日を振り返りました。どんな小さなことでも、今日できたことを3つ見つけて自分を褒めたのです。

——例えば、どのようなことを見つけたのですか。

一番ケ瀬:本当に小さなことです。今日何を飲むか自分で決めたとか、家具をひとつ選んだとか。
これが自己肯定感を高めたり、自分との対話を深めたりするのに役立ちました。

周囲半径30センチの物事を自分で決められたら、次は1メートル、次は5メートル(キャリアや住まい)というように、人生の選択権を握る範囲を段階的に広げていったのです。

——スモールステップを積み重ねて、自分の軸を育てたのですね。しかし、自分軸がハッキリしていると、ともすれば自己主張が強い人、わがままな人と思われそうですが……。

一番ケ瀬:自分軸は、自分の主張を押しつけて周囲との調和を乱すものではありません。自分軸と自己主張の違いは、他者へのリスペクトがあるかどうかです。自分の軸を持っている人は、他者には他者の軸があると理解できます。自分を尊重できるからこそ、他の人の軸も同様に尊重できるのです。

5000人以上が参加するオンラインコミュニティに発展

スマホ時代に「紙の手帳」が3万部…「今日できたことを3つ書くだけ」がヒットした理由
画像左・コミュニティの様子、画像右・累計ユーザー数の推移(画像提供:自分軸手帳合同会社)
——手帳と、オンラインコミュニティがセットである点も特徴的ですね。なぜこのような場を作ったのでしょうか?

一番ケ瀬:夫と手帳を見せ合った経験が大きいです。一人で書く手帳は、どうしても挫折しがちです。一緒に続ける仲間と約束があれば、手帳を続けられると考えました。

——今では5000人以上が参加する「手帳部」を立ち上げた経緯を教えてください。


一番ケ瀬:育休中に参加していたオンラインコミュニティで、いつの間にか私は「手帳の人」として知られるようになっていました。多くの人が私の手帳に興味を持ってくれたため、コミュニティ内で40人程度の「部活」を始めたのです。次第に参加者が100人、150人と増えていき「手帳部」へと発展しました。

「手帳部」の盛り上がりを見たある方が「オリジナルの手帳を作っちゃったら?」と提案してくれて、2020年秋に『自分軸手帳』の制作と同時に、現在のコミュニティ運営をスタートしました。

——「手帳部」では、どのような活動をしているのですか。

一番ケ瀬:「雑談」や「読書会」などさまざまな活動を行っています。なかでも重要なのが「毎月の目標設定と振り返りのシェア」です。

——コミュニティ内で目標や振り返りをシェアすると、どのようなメリットがあるのですか。

一番ケ瀬:一人で書いているよりも「誰かが見ている場」では、内容の解像度が上がり、自己理解がより深まります。他の人の手帳や考え方をシェアし合えば「そんな考え方があるのか」という新しい発見や多面的な視点も得られるのもメリットです。

——自分の手帳や考え方をシェアするのは、内向的な人にとって勇気がいりそうですね。

一番ケ瀬:確かにそうですね。
コミュニティにいるのは、もちろん社交的な方ばかりではありません。一年目は見ているだけで、二年目から発言するようになる方も珍しくないんですよ。

——一番ケ瀬さんがコミュニティ運営で大切にしていることは?

一番ケ瀬:心理的安全性です。自分の本音を出しても叩かれない、受け止めてもらえるという信頼関係があるからこそ、深い自己対話が可能になります。「手帳部」はネガティブな感情や弱音も、安心して吐き出せる場所でありたいと考えています。

——コミュニティに参加しているのは、どのような人が多いのですか。

一番ケ瀬:9割以上が女性で、30代~40代の子育て世代が中心です。割合としては少ないですが、年齢は20代~60代と幅広く、独身者や男性もいます。「『自分軸手帳』を使って、自分の軸を育てたい人」でしたら、年齢性別関係なく「手帳部」に参加できます。

男性ビジネスパーソンにこそ必要な自分軸

——家庭や仕事で大きな役割を担っている、30代~50代の男性ビジネスパーソンが自分軸を育てるメリットはなんでしょうか?

一番ケ瀬:自分軸とは、単なる心の持ちようではありません。男性ビジネスパーソンにとって、自分軸は「自分の取扱説明書」を手に入れるようなメリットがあります。仕事について言えば、自分軸は生産性を上げ、キャリアを戦略的に構築する実務的なツールです。

例えば、営業職でも「数を回るのが得意」なのか「1社に深く入り込むのが得意」なのか。自分を把握していれば、適切な戦略を選択できます。苦手なことを克服するよりも、得意なことを活かす方が仕事の生産性は上がります。最小の努力で最大の成果を出す「勝ちパターン」を構築できるのです。

——『自分軸手帳』のユーザーのなかにはどんな男性ビジネスパーソンがいて、どのように活用されているのでしょうか?

一番ケ瀬:ある男性が『自分軸手帳』を愛用し、使い方をSNSで発信しています。彼の投稿が共感を呼び、仕事のパフォーマンスを追求するビジネスパーソンにも利用者が増加中です。

——ビジネスシーンにおいても、自分軸は必要なのですね。最後に、一番ヶ瀬さんが読者に伝えたいことをお願いします。

一番ケ瀬:そうですね。自分に正直であれば、不要な我慢を減らし、他者に対しても寛容になれます。自分軸で心地よく生きる人が増えれば、巡り巡って社会全体の幸福度を上げることにもつながっていくと、私はそう信じています。

——貴重なお話をありがとうございました。

<取材・文・撮影/中村和香>

【中村和香】
未経験の50代からキャリアをスタートしたフリーライター。SEO記事の執筆・校正をはじめ、人物インタビューや地域の取材記事などを手がける。読書で培った構成力を強みに生活者としての視点とビジネス目線を併せ持ち、読者に届く言葉を追求している。
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