日本人を狙った特殊詐欺で奪われた巨額のカネが、海外で洗浄され、今度は日本の高級不動産を買う原資として“戻ってくる”――。カンボジアで特殊詐欺組織の摘発が進む中、幹部たちの逃亡先として日本が浮上している。
港区の高級マンションや湾岸タワマンに流れ込むマネーの正体を追った。

人類史上類をみない「大規模詐欺工場」を運営

日本人を騙したカネが日本の不動産に化ける…カンボジア特殊詐欺...の画像はこちら >>
 東京・港区北青山に鎮座する、瀟洒な7階建ての低層マンション。重厚なコンクリートを彩るように丁寧な植栽が施され、都心にありながら自然との調和もとれたこの物件は、超富裕層たちの間でも羨望の的だ。

「15部屋しかなく、ほとんどの部屋が200平米以上あり、現在販売に出ている部屋はありません。坪2000万円はくだらない、港区の中でも最上位に位置づけられるマンションです」(近隣の不動産屋)

 かつてこのマンションを日本での拠点、そして資産退避先のひとつとして使っていたカンボジア籍の男がいた。陳志(チェン・ジー)。30代にして、特殊詐欺の帝王と呼ばれた大物であり、2026年2月、アメリカ当局の粘り強い捜査の末に摘発され、2兆円以上の財を没収された人物だ。

 中国・福建省の漁村で生まれた陳の半生は、波乱万丈そのものだ。高校卒業後、ネットカフェでバイトを始め、出会い系サイトやオンラインゲームの交流サイトを立ち上げるなどしていた陳はインターネットの闇に目を向け、ハッカーに転身。2011年頃には拠点をカンボジアに移し、スキームを洗練させていった。

「中国からカンボジアに渡った陳は、特殊詐欺の部隊を抱え暗躍するようになりました。政官財界に深く食い込んでいき、とりわけフン・セン前首相の庇護を受け、『園区(パーク)』と呼ばれる大型詐欺団地を運営。ロマンス詐欺を筆頭に、世界各国を相手に特殊詐欺を働きました。
それは何千人、何万人とかけ子を集めて詐欺に従事させるほど大がかりなもの。英タイムズは彼の資産規模を約600億ドル(約9兆円)と推定し、中南米の麻薬王に比する財力を持っていたとされています。

 犯罪収益金を原資に、陳は正業にも進出。プリンスグループの看板を掲げ、不動産、金融、銀行、航空会社、スーパーマーケットの経営など表向きの事業対も抱えながら、世界各地で不動産事業を展開しました。日本にも関連法人が複数あり、詐欺で得た資金の受け皿として不動産を買い漁ったり、投資に使われていたようです。北青山の高級マンションも陳の名義でした」(全国紙記者)

日本人を騙したカネが日本の不動産に化ける…カンボジア特殊詐欺幹部が狙う“逃亡先”
特殊詐欺の拠点として摘発された、タイとカンボジアの国境付近にあったビル。ここから全世界に向けて特殊詐欺の仕掛けを発信していた

日本は犯罪収益を“安全な資産”へ置き換える市場

 特殊詐欺界の大物中の大物の逮捕は、世界を震撼させた。もっとも敏感に反応したのがカンボジアだ。

「今年1月に陳が逮捕されてから、カンボジア国内では〝詐欺拠点の大規模な摘発と移動〟が始まりました。それまで稼働していた園区のような大型拠点を捨て、小口分散化が進んでいます」

 そう語るのは、現地の事情に詳しいカンボジア日本人会会長の小市琢磨氏だ。

「陳志の逮捕によって『いくら賄賂を支払っても逮捕されるときはされる』ことが明らかになったため、すでに蓄財していた幹部連中の中には国外逃亡する者も増えているようです。在住中国人が好んで使うテレグラムのグループには、プライベートジェットや船など〝逃走ルート〟を斡旋する広告も貼り付けられています。彼らはバヌアツやキプロス、マルタで現地パスポートや国籍を取得したうえ、第三国に出ることが多いようで、シンガポールや日本に高飛びする者もいるそうです」

日本人を騙したカネが日本の不動産に化ける…カンボジア特殊詐欺幹部が狙う“逃亡先”
特殊詐欺に従事する、在カンボジアの中国人が利用するテレグラムグループではプライベートジェットで国外逃避を呼びかける投稿も見られた
 彼らにとって日本は、逃亡先であると同時に、犯罪収益を“安全な資産”へ置き換えるための格好の市場でもある。

「そもそも、中国出身の特殊詐欺の連中の間で日本は人気の国でした。
陳が逮捕される前から長野の白馬を観光で訪れたり、紅葉を見に行く者がいるという話はポツポツ聞いていましたから。荒稼ぎした者はカンボジアから出国して第三国に移住し、自らは一線を引くか、あるいは家族を第三国において、現地から部下をコントロールして詐欺に従事させるスキームが〝上がり〟とされているため、逃亡先に日本を選ぶ者が一定数いてもおかしくはありません」

特殊詐欺のルーツは台湾説

 
 事実、特殊詐欺集団幹部の動向は、日本でも観測されていた。中国に詳しいジャーナリストの周来友氏が語る。

「陳志が逮捕されるより少し前から、経営管理ビザを使った事実上の移住スキームが悪用されていました。これは資本金3000万円を用意し、日本人または永住外国人を雇用すれば外国籍でも合法的に日本に居住できるようになり、法人を設立できるという仕組み。中国や台湾黒社会の息がかかった行政書士や司法書士がいて、渡航からビザの手配までをコーディネートするんです」

 詐欺で得た資金を持つ者が、日本で合法的な滞在資格と不動産を同時に手に入れられる仕組みが、整ってしまっているというわけだ。

「その際、行政書士らは日本の不動産の斡旋も同時に行うのが常です。彼らは資金が潤沢にあるし、現金でない資産を保有したがっている。実需で住む用には松濤や青山、神宮前といった静かで目立たない高級住宅地の物件を。投資用には、湾岸のタワマンを買い漁るケースが多いと聞きました。中央区などタワマンが密集するエリアを夜歩くと電気のついていない部屋の数の多さに驚きますが、〝買われたけど人が住んでいないタワマン〟の一部はこうした所有者のモノなのかもしれません」

 警察庁によると、2025年の日本での特殊詐欺やSNS型詐欺の被害金額は、3241億円にものぼる。むろん、その全てがカンボジアに起因するわけではないが、大部分は東南アジアが源と見られ、看過できない状況だ。
周氏が続ける。

日本人を騙したカネが日本の不動産に化ける…カンボジア特殊詐欺幹部が狙う“逃亡先”
今年3月、詐欺拠点から押収された資料。日本語が書かれており、今も現在進行形で起きている事案であることが生々しく感じられる
「特殊詐欺の原型はオレオレ詐欺ですが、発祥は台湾だと言われています。台湾国内で猛威をふるったあと、規制が厳しくなったため、詐欺グループは言語が近かった福建に移り住み、そこからスキームが伝播していった。中国、カンボジア、バヌアツやキプロスと国籍が都合に合わせてロンダリングされてますが、ルーツは台湾にあるというのが定説です。今、カンボジアで起こっている日本を標的にした特殊詐欺でも、日本の暴力団は台湾系マフィアと密接に連携をとり、かけ子を送り込んでいると聞いています。

 とはいえ、日本人を騙したカネで日本の不動産が買い締められている今の状況は、皮肉にも程がある。晴海フラッグの分譲抽選でも、多くの中国系企業が当選し、日本人に回らなかった。結果として不動産価格が高騰するとあっては、二重に苦しめられている構図にも見えます」

 日本人が騙し取られた巨額の資金が、海を越えてロンダリングされ、再び日本の土地を買い占める原資となるーーこの絶望的な循環は、一刻も早く断たねばならない。

【カンボジア日本人会会長 小市琢磨氏】
カンボジアで日本人会会長を務め、現地の事情に精通。noteで「カンボジア太郎の備忘録」を執筆するなど、さまざまな情報を発信

【ジャーナリスト・周来友氏】
1963年、中国生まれ。私費留学生として来日し、1995年に東京学芸大学大学院卒業。司法通訳を務めるいっぽう、タレントとしても活躍

取材・文/週刊SPA!編集部 写真/時事通信社
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