音と振動に没入するチェンソーの快感
記者が訪れたのは埼玉県大里郡寄居町。山あいの静かな土地にある林業職業訓練校「フォレストカレッジ」では、チェンソー特別教育講習が定期的に開催されている。参加者は林業関係者ばかりではない。会社員、DIY愛好家、ボランティア活動で木を扱う人など職業はさまざまで、年齢も10代から80代まで幅広い。女性の参加者も2~3割ほどいるという。講習会を主宰する同社代表の髙橋昭夫さんは、チェンソーの魅力をこう語る。「チェンソーの魅力は、なんといっても音と振動です。エンジンの鼓動が腕から体に伝わってきて、まるで生き物みたいに感じるんですよ」
エンジンを始動すると、山の静寂を破る轟音が響く。丸太に刃が入ると「バリバリッ」という乾いた音とともに木屑が舞い上がる。
「チェンソーを使っていると、周りのことを忘れてしまう。音と振動の世界に入り込んで、気づいたら時間が経っているんです」
講習会の参加者に話を聞くと、チェンソーに惹かれる理由は意外なところにあった。
「普段はデスクワークなので、こういう“力を使う作業”が新鮮でした」(38歳・東京・SE)
「エンジンの振動がすごくて、ちょっとクセになりますね」(47歳・東京・派遣)
都市生活では、自分の力で巨大な物体を動かす機会はほとんどない。だがチェンソーを使えば、何百キロもある丸太を自分の手で切り、形を変えることができる。髙橋さんは、その体験こそが人を惹きつけると話す。
「丸太を初めて切ると、みんな感動するんですよ。こんな太い木が、自分の操作で切れるのかと」
背景には2020年の安全規則改正もある。林業などの現場でチェンソーを使用するには講習修了証が必要となり、講習会の需要が増えた。フォレストカレッジでは毎月、チェンソー特別教育講習を実施し、修了証を発行している。
遠方から参加する人も多く、八丈島や伊豆大島から受講者が来たこともあるという。なかでも目立つのが、林業とは無縁の都市の会社員たちだ。
月1回の駆動日前は伐りたくてウズウズ!
都内在住の会社員、佐藤直樹さん(仮名・42歳)もその一人だ。IT企業でシステムエンジニアとして働く佐藤さんは、平日は朝から晩までパソコンに向かう生活を送っている。
チェンソーを手にしたきっかけは、長野県にある祖父の家だった。数年前に祖父が亡くなり、空き家になっていた家を家族で管理することになったという。
「庭の木が伸び放題で、このままだと家も荒れてしまう。最初は業者に頼もうと思ったんですが、結構な金額になると聞いて、それなら自分でやってみようかなと」
ホームセンターでチェンソーを見てみると、電動タイプなら1万円台、エンジン式でも3万~5万円ほど。思ったより手の届く価格だったことも背中を押した。現在は月に一度ほど長野に通い、庭木を切ったり倒木を片づけたりするのが習慣になっている。
「最初は家の管理のためだったんですが、だんだん楽しくなってきて。今は月1回の帰省がちょっとしたイベントですね。帰省日前はウズウズします(苦笑)」
作業をしていると、近所の住民が声をかけてくることも多い。
「“うちの木も切ってくれない?”と頼まれることもあります。チェンソーがきっかけで、近所の人と話す機会が増えました。都会だと隣に誰が住んでいるかもわからない。でも田舎では、木を切っていると自然と人が集まってくる。その距離感が面白いんですよ」
最近では、ある考えが頭をよぎるようになった。
「最初は空き家管理のつもりだったんですが、だんだん“ここを拠点にするのもアリかな”って思うようになってきました。リモートワークもできますし」
月に一度の“地方通い”。チェンソーをきっかけに、都会と田舎の二拠点生活を想像するようになったという。
轟音とともに木を切り倒す爽快感。チェンソーは単なる工具ではなく、都市生活に疲れた人々に新しい暮らし方を想像させる道具にもなっているのかもしれない。
丸太から動物が生まれる!?密かに広がる[チェンソーアート]ブーム
チェンソーの魅力は伐採や林業だけにとどまらない。丸太を豪快に削り出し、動物や人物などの立体作品を生み出す「チェンソーアート」という世界も広がっている。「ダイナミックに木を削っていく感覚がとにかく気持ちいいんです。ハンドカービングとは段違いのスピードで形ができていく。チェンソーの振動を体で感じながら作業するので、バイクやエンジンが好きな人はハマることが多いですね」
丸太の塊にチェンソーを入れると、木屑を舞い上げながら輪郭が削り出されていく。熊やフクロウなどの動物が人気で、庭のオブジェや看板として販売されることも多い。
なかには趣味の延長で作品を販売し、副収入を得ている人もいるという。
「意外とデスクワークの人が多いんですよ。普段パソコンばかり触っている人ほど、こういう“体を使う創作”に魅力を感じるんでしょうね」
轟音とともに丸太を削り、やがて動物の姿が浮かび上がる――。荒々しい機械から精巧な作品が生まれる。そのギャップに魅せられ、チェンソーアートの世界に足を踏み入れる人が少しずつ増えているのだった。
プロフィール
フォレストカレッジ代表
髙橋昭夫氏
ログハウス製作、森林伐採事業、森林整備事業を行う株式会社フォレストカレッジ代表取締役。
城所ケイジ氏
`01年からチェンソーアートの世界へ入門。以後、国内外の大会に出場し数多くの賞を獲得。現在は後進の育成にもあたっている
【松嶋三郎】
浅く広くがモットーのフリーライター。紙・web問わず、ジャンルも問わず、記事のためならインタビュー・潜入・執筆・写真撮影・撮影モデル役など、できることは何でもやるタイプ。X(旧Twitter):@matsushima36
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