父の暴力で手首の骨折したことも…
穏やかな語り口が印象に残る女性だ。凄絶な過去とは結びつかないほどおっとりと話す。「激昂した父が母を目の前で殴り、私は咄嗟に止めに入りました。すると『引っ込んでろ!』みたいなことを言いながら父が私の手首を相当な力で握ってきたんです。その衝撃で、私の手首は骨折してしまいました」
ゆまさんが高校受験をする少し前の一場面だ。下に2人いる妹は年が離れており、自らが盾になることで両親の諍いを止めようとした。もともと激昂すると手が付けられない父親と、その父親によく似た気性の母親。「私が中学校入学くらいから、徐々に険悪になった」という両親の関係性は、当時すでにお互いにパートナーがいるほど冷え切っていた。ゆまさんは母親から「交際している男性がいる」と告げられ、「どうリアクションをすればいいのかわからなかった」と苦笑いをする。
「父は自分も不倫をしていたのに、なぜか母にパートナーがいることが許せず、その日は暴力をふるいました。結果として警察沙汰に発展し、父が警察で一時保護されている間に、母と私たち姉妹は夜逃げ同然で家をでたんです」
夜逃げ後の過酷な生活
「両親は親権をめぐって2年近く調停で争ったと記憶しています。父がいた頃から、『同級生よりも物を買ってもらえるスピードが遅いなぁ』とは感じていましたが、母と私たち姉妹だけの暮らしになると、電気ガス水道が頻繁に止まる生活になってしまいました。
そればかりか、親権を勝ち取った母は、家に帰らないこともしばしばあったんです。たまに帰宅したかと思えば殴る、蹴る……タバコの吸殻を投げつけられたりもしました。もともと怒ると手が出るタイプの人で、小さいとき、宿題をやらないなどの理由で外に締め出されたりもしていました」
ライフラインを止められてしまうほど荒れた生活ぶりともなれば、当然食事もまともにはありつけない。
「高校時代は、朝ご飯と夜ご飯が出てくれば『ラッキー』という感覚でした。冷蔵庫に食材があれば、私が妹たちの分まで作るのですが、そんな日ばかりでもなく……。高校は私立に進学して片親世帯に適用される奨学金をもらいながら通っていました。お昼はお弁当でしたが、当然そんな状態なので、事情を知ってくれている友人のお母さんが余分に作ってくれたりして、ありがたかったですね」
児相への相談と施設の記憶
家庭環境に不安を抱えている生徒がいる――その噂はすぐに保護者たちの知るところとなった。結局、保護者を介した友人からの紹介で、ゆまさんは児童相談所に相談に行くことになった。「当時はわからなかったのですが、面談の対応をしてくれたのは社会福祉士の方だと思います。家庭の状況などを詳しく聞かせてほしいということで、丁寧にヒヤリングをしてくれました。その後、家庭にも来てくれて、母と面談をしていたと思います」
当然、母親は烈火のごとく怒った。
「面談が終わってスタッフさんが帰宅したあと、『なぜチクったんだ』と言って殴られました。母からすれば、私は裏切り者だったのでしょう。その後も数回、スタッフさんが来てくれて、話し合いをしていたように記憶していますが、いわゆる“改善の余地なし”ということで介入する事態になりました」
高校生だったゆまさんは、高校2年生のはじめから卒業目前までを児童自立支援施設で過ごした。妹たちは年齢が離れていたため、別の施設に引き取られたという。薬物などの非行で入所している人や、ゆまさん同様に親との生活に何かしらの問題があってきている人が多かったと振り返る。同時に、「あのころ、まず『3食きちんと食べられるんだ』と安心したのをなぜか今でも思い出しますね」と笑った。
婚約者の裏切りと中絶
高卒後に実家からは離れ、看護の専門学校を経てゆまさんは看護師資格を取得。現在も、病棟勤務をしている。不安定な家庭で育ったからか、「どんな家庭をみても、自分よりマシに思えてしまう」と顔を曇らせる。それが悲劇を招いたこともある。「26~28歳のときに交際していて、婚約もした彼氏の話です。名のしれた企業に勤めており、ご両親にご挨拶をした際も非常ににこやかで『嫁姑問題も少なそうな、良い家庭だな』と感じました。ところが、入籍予定日の数日前になり、いきなり彼から『実は同時進行で交際していた女性がいて、妊娠したらしいから、その人と結婚したい』と告げられたんです。
そのさらに数日後、ゆまさんの妊娠が発覚する。婚約者との子どもだ。
「彼にはそのことを伝えたのですが、『俺は(同時進行で交際していた女性と)結婚するから、産んでもらうのは自由だけれども、結婚はできない』と言われました」
本来であれば結婚と妊娠の喜びが二重になっただろう。だがゆまさんは失意のなかで中絶を選択せざるを得なかった。
救われた経験を国際協力に活かしたい
その後、冒頭で紹介したように性風俗店に勤務することを選択。「たまたまSNSで風俗の女性が『これくらい稼げる』みたいな動画が流れてきて……自分にもできるかなと思って」。けれども、「いまだに男性を心から信じることができないかもしれないです」と力なく微笑む。現在は性風俗店の出勤日数も限定的だというものの、最盛期は看護師と風俗の二足のわらじで月収100万円弱を稼いだ。そこまで働いて「国際協力をしたい」と思うのはなぜなのか。
「私自身、不遇な学生時代を過ごしたと思いますが、家族に虐げられたときに公助によって救われた経験が大きいからだと思います。日本では誰もが平等に医療につながることができますが、たとえば紛争地帯などでは医療にアクセスすることさえできずに亡くなるお子さんも多いと聞きます。そうした格差を是正するために、微力ではありますが私も力になれればと思ったのが大きいでしょうね」
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傷ついたり悲惨な目に遭ったとき、「自分だけが不幸だ」と思わないことは存外難しい。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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