いろいろな意味で強さを発揮する大手チェーン店ですが、あれだけたくさん店舗を全国に抱え、毎日、大量の仕入れが必要なわけですから、物価高に対する苦しさも個人店とは比べ物にならないぐらい大きいはずです。
われわれのような牛肉を扱う飲食店は狂牛病騒動からの25年間、ありとあらゆる困難と闘ってきました。
もはや安寧の時間などなく、常に苦しみ、悩んできた。その間、たくさんの競合店が廃業、閉店していく姿も見てきましたし、本当に飲食経営は生き残りをかけたデスマッチだな、と痛感させられました。

※本記事は、「ステーキハウス・ミスターデンジャー」を経営する元プロレスラーの松永光弘氏が上梓した『令和のステーキ店経営デスマッチ コロナ禍に完全勝利も物価高地獄でリングアウト寸前?!』(西葛西出版)より抜粋したものです。

「唐揚げ1個1000円」の時代が来る? 元プロレスラー経営者...の画像はこちら >>

豚肉や鶏肉の強みが失われつつある

過酷な経験をしてきたからこそ、強くなれた部分もあります。とにかく闘ってきた経験値がハンパないですから、なにか不測の事態が起きても「狂牛病のときはこうだったから、次はこうなるな」と、その後の展開が読めたり、過去の苦労を乗り越えてきたやり方を実践したりすることで新たな困難をブチ破ることだってできます。これは最高の財産です。

これは牛肉専門で生きてきた者だけが取得できた特殊技能だと思います。あんなにも価格が変動し、展開が読めない食材は他にありませんからね。

豚肉や鶏肉は仕入れ値があまり乱高下することなく、安定して調達ができます。いま、日本中に鶏のからあげ店がとんでもない勢いで増えていますが、調理の簡単さや調理スペースが狭くても問題ない点と、コロナ禍を経て需要が増えたテイクアウトの展開がしやすいというのが躍進のポイントだと思います。しかし、最高の強みは原材料の鶏肉が安く大量に安定供給されているということです。

しかし、この狂乱物価の流れでついに鶏肉の価格も上がりはじめています。同じく安定供給されていた豚肉まで価格変動が大きくなってきました。


飲食業界にとって戦後最大の苦境に

そこに関わる業者さんは大変だと思います。私たち牛肉専門業者のような過酷な経験がないので、うまいこと乗り切るノウハウもないでしょうし、いままで価格が高騰したことがないから、今後の値動きもまったく想像できないはずです。長年にわたって安価が続いてきた食材の価格が急騰すると市場がパニック状態に陥ることは「令和の米騒動」が証明してくれています。

ひょっとしたら、近い将来、唐揚げ1個が1000円という信じられないような時代が訪れるかもしれません。令和ニッポンは、過去最大の苦境に陥っている!

狂牛病騒動、東日本大震災、リーマンショック、およびコロナ禍。たくさんのピンチを乗り越えてきたからこそ断言できることがあります。それは「今この瞬間が、飲食業界にとって戦後最大の苦境である」ということです。

「もっと悪くなる未来」のほうが現実的…

過去の苦境の数々は「この問題点を取り除けば、なんとかなる」という希望の光がありました。狂牛病が制圧されれば、コロナの感染が終息すれば……どれもこれも何年かかるか分からなかったので、希望というにはあまりにもかすかな光でしたが、それでもゴールは見えていましたし、その要因以外はそこまで深刻な状況になっていなかったので耐え抜くことができたんです。

しかし、現在起きている狂乱物価と長引く不況は、誰が何をすれば収まるのか分かりません。さまざまな要因が複合しまくっているので、簡単には解決しない。ひょっとしたら、これが「日常」として定着してしまう可能性もある。元の世界に戻る可能性より、もっと悪くなる未来のほうが現実的なんです。

もはや私の店が、牛肉を扱う業者が、といったレベルではなく、飲食業界全体、もっといえば、何かを仕入れて、それを販売するというビジネスモデルがもう限界を迎えているのかもしれません。
すべての原価が高くなって、いつになったら落ち着くのかがまったく見えない。それでも庶民の給料は上がらず、可処分所得は減っていく一方。この状況で、長期的に経営を考えることなんて不可能ですよ。

ペットショップを開業しなくて良かった…

どんな商売にも「永遠」なんてありません。

私はステーキ屋をはじめる前に、もうひとつ考えていたセカンドキャリアがありました。プロレスラー時代、熱帯魚を飼うのが好きで、しょっちゅう専門店に通っていました。ある日、店長さんと話しているときに、なにげなく「やっぱり好きなことを仕事にするのが一番ですよね。プロレスを引退したら私も熱帯魚を扱うお店をオープンさせてみようかな」と漏らしたところ、さっきまでニコニコしていた店長さんの顔色がサーッと変わりました。

「松永さん、悪いことはいわないから、それだけは止めたほうがいいですよ。ぶっちゃけた話、こんなにマニアックな店、まったく儲かりませんから。ウチだって、いつまで続くことやら……」

こちらは熱帯魚店の経営状況なんて分かりませんでしたから、その深刻な雰囲気に驚きました。その店長さんの言葉にウソはなかったと思います。もう、そのお店は潰れてしまって存在しないのですから……。


もう一軒、懇意にしているペットショップがありました。私がリングにワニを登場させるデスマッチを実現させようと動いていたとき、そのショップの店員さんがノリノリで「ワニならいくらでも貸しますよ! ウチも全面的に協力しますから、絶対に実現させましょう!」と約束してくれたのです。

しかし、いざ試合が近づいてくると、決定権を持つ店長さんが出てきて「ウチの大事な商品をプロレスのリングに上げるとは何事だ!」と烈火のごとく怒り、NGを出してきました。他にワニを貸してくれるところを探さないと試合ができないと困っていたら、その店長さんが「まぁ、ウチからワニを買ってくれれば、別に問題ないですよ。お客さまが買ったものを観賞用にしようが、プロレスのリングに上げようが、それはもうお客さまの自由なんでね」とニヤリ。

結局、私は8万円でワニを買い取り、デスマッチは開催されました。ちなみに試合で使用したワニは「飼いたい」という知人がいたのでお譲りしましたが、その後どうなったのかは私にも分かりません。この、私にワニを売りつけたペットショップも、今はもう存在しません。

あんなにたくさんあった熱帯魚を取り扱うお店が、数えきれないほど潰れていったのを見てきたことで、お店が続くということは決して当たり前じゃないんだと身に染みて分かりました。あのとき、勢いでペットショップを開業しなくて良かったと、しみじみ感じます。

若いころならワクワクしたかもしれないが…

「唐揚げ1個1000円」の時代が来る? 元プロレスラー経営者が語る飲食業界“戦後最大の苦境”
「ステーキハウス・ミスターデンジャー 立花本店」(東京都墨田区)
どんなジャンルのお店でも栄枯盛衰があるのですから、飲食店だって、いつまでも当たり前のように生き延びていけるかどうか分かりません。常識で考えたら「食べることは人間に欠かせないんだから、少なくはなっても絶滅はしないだろう」と考えますけど、そんな常識すら通用しないのが令和の日本。


外食という習慣が当たり前では無くなり、誰もが家で食べるようになったら、もうおしまいなんですから。それに近いことが、コロナ禍で実際に起こりましたよね? 何がきっかけで、どんな事態になるかなんて、誰にも分からないのです。

ここ数年、何ひとつ明るい兆しが見えないまま経済は推移し、それに振り回されるような恰好で飲食店はずっと苦境に立たされています。多分、これからもそれは続くでしょう。誰も予想できない、新たな時代が到来します。若いころならワクワクしたかもしれませんが、私も来年で還暦ですから不安しかありません。

<TEXT/松永光弘>
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