中国の伝統的要素と現代的デザインを融合させた「新中式」
2月3日、日本の人気漫画『僕のヒーローアカデミア』の登場人物の名前が、旧日本軍で細菌兵器を開発した731部隊を想起させるとして大炎上。さらに人気アニメ『名探偵コナン』に飛び火し、中国各地のイベントで日本のアニメのコスプレやグッズ販売が相次いで制限された。「『残念』『仕方ない』という反応が大多数。政府に文句を言うことができないので、諦めるしかないのです。高市発言から間もない年初には、上海などでは同人的な形で日本のアニメイベントを結構開催していましたが、日本のコスプレの規制は厳格化の流れにあります」
代わりに中国政府が許可・推奨したのが、中国の伝統的要素と現代的デザインを融合させた「新中式」だ。世界的にヒットしたゲーム『原神』のキャラも、伝統歌劇・京劇の衣装をベースにゴスロリ風のフリルを加えるなどモダンなアレンジが施されている。中国のコスプレイヤー・竹子魚さん(女性・25歳)も新中式を楽しむ一人だ。
新中式コスプレは、中国人に受け入れられているようだ。中国経済を専門とする神戸大学の梶谷懐教授は、その背景をこう説明する。
「コロナ禍以降、習近平政権はLGBTQやBL(ボーイズラブ)漫画などを厳しく締め付けてきた。つまり、高市発言の数年前から『逸脱』に対する規制強化は始まっていたのです。そんななかで生まれ、若者にも支持される新中式に政府公認の“正しい”ファッションとしてお墨付きを与えた格好です」
日本の着物や日式(日本の)コスプレは、「逸脱」と見なされたらしい。前出の山谷氏は、こう懸念する。
「’23年の治安管理処罰法草案には、公共の場で中華民族精神を損なう服装を禁じる条文が盛り込まれている。ネット上では日本の着物やコスプレが標的になるのではと『着物禁止法案』『コスプレ封殺法案』などと言われた。実際、和服を着ていた女性コスプレイヤーが連行されたり、アニメイベントで日本語の歌と和服が禁止されました」
Z世代に大流行の“漢洋折衷”の新中式
「唐の時代の漢服など、立ち襟(マオカラー)の服やチャイナドレスを現代風にアレンジした新中式ファッションが’21年に登場し、Z世代に大流行して浸透した。街中で新中式の服をまとった姿を撮影した写真や動画をSNSにアップする若者はとても多い。中国のアニメやゲームのキャラも同じような格好をしているので、イベントでもこうしたファッションの若者を多く見かけます」(山谷氏)
‘22年、中国最大級のECサイト・淘宝と天猫が発表した「アパレル業界トレンド白書」で、新中式はトレンド指数第3位に入ると、その後も人気は上昇。市場規模は実に2500億元(約5兆円)との試算もあるほどだ。前出の竹子魚さんは、若者に支持される理由をこう話す。
「漢服は手間がかかるけど、新中式は着るのが簡単で現代人のニーズに合っており、職場や学校でも楽しめる。
新中式の真の目的は中華文明の復興!?
「『4つの自信』とは、簡単に言えば、共産党体制を疑うなということ。裏を返せば、それだけ党への信頼が揺らぎ、国民の不満が高まっている。ゼロコロナ政策の失敗や不動産バブルの崩壊で経済が失速したが、中国では共産党は常に正しいので失敗の検証も反省もしない。溜まった国民の不満をガス抜きし、失政から目を逸らすために、新中式で中国人のアイデンティティを持ち出し、ナショナリズムを煽っている。全ては共産党体制の維持のためです」
中国の若者は、新中式に潜む共産党政権の真の目的を知っているのだろうか。前出の山谷氏が話す。
「大多数は新中式が政策の産物とは知らないし、単にカッコいいから着ている。
新中式には「中華民族の偉大なる復興」を目指す習近平の野望も透けて見える。ソフトパワー戦略に新中式を用いて、海外への影響力を強めようというのだ。ただ、梶谷氏の見方は懐疑的だ。
「これまで中国はプロパガンダで外国に影響力を行使しようして、失敗してきた。影響力を及ぼそうとするほど、むしろ逆効果です。そもそも新中式が国策であるか疑問ですが、仮に国策だったとしてもその匂いがすれば、海外で
は人心が離れていくでしょう」
新中式に醸成されたナショナリズムは、どこに向かうのか。矢板氏は、日本への影響を懸念する。
「新中式は中国文化の尊重とともに、他国文化の排斥も意図している。’24年に中国人インフルエンサーが靖国神社に落書きをしたが、こうした迷惑系YouTuberのような犯罪が日本で増える可能性は否定できません」
冷え込んだ日中関係の雪解けは、遠くなりそうだ。
◎プロフィール
中国アジアITジャーナリスト
山谷剛史氏
中国やアジアのITやトレンドを現地人の目線で精力的に取材。近著『異国飯100倍お楽しみマニュアル』(星海社)ほか著書多数
神戸大学教授
梶谷懐氏
専門は現代中国経済(財政・金融)。博士(経済学)。
ジャーナリスト
矢板明夫氏
中華民国出身。松下政経塾、産経新聞台北支局長などを経て現職。著書に『習近平の暴発』(共著・産経新聞出版)など
(取材/西谷格 取材・文/齊藤武宏 写真/中国通信)
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