では、米政府を代表して日本政府の担当者と何度も交渉してきたアメリカ人は、日本人をどのように見ているのだろうか。
日本人と実際に仕事をしてきた元米政府高官2人に、そのリアルな経験と彼らが抱く日本人像を聞いた。
日米交渉の現場で見えた日本人の特徴と文化の違い
初来日の衝撃
マロット氏が初めて日本を訪れたのは1969年。アメリカでは、日本に関する情報がほとんどなかった時代だった。羽田空港に到着すると、さっそく驚かされる出来事があったという。空港バスにバックカメラが搭載され、運転手が画面を見ながら後退していた。当時はアメリカでまだ一般的ではなかった技術で、マロット氏は強い衝撃を受けた。こうした体験に加え、アメリカでは見たことのない日本製品の数々に触れたことが、その後の人生や日本へのイメージに大きな影響を与えた。そんなマロット氏は、日本人の性格を「非常に細部にまで気を配り、控えめで間接的に意見を伝える」と表現した。
日本人の交渉スタイルや意思決定のアプローチについて、マロット氏は「情報収集マシーン」と表現し、決断前に細部まで徹底的に確認する傾向を指摘した。
「日本人は、アメリカ人と比べると、決断が非常に遅い。それは、すべての情報を集めて精査し、多くの質問を重ね、何度も会議を行うためだ。多くの日本人がリスクを嫌うからだ」と話し、その結果、情報を分析しすぎて意思決定ができなくなる「分析麻痺」に陥る可能性があるとした。さらに、「決断するのを恐れるのは、それが間違っていたら批判されるからだ」とし、この姿勢はまさに「石橋を叩いて渡る」状態だと説明した。
しかしマロット氏によれば、こうした慎重さは、テクノロジーが絶えず変化する現代社会ではもはや通用せず、多くの日本人がよりリスクを取る傾向が出始めているという。
日本人の礼儀正しさに驚いた
日本を知り尽くしているマロット氏だが、日本人の礼儀正しさに驚いたことの1つとして、「何でも直接会って話す」習慣を挙げた。大阪の米総領事館の総領事を務めていた頃、多くの日本人が全国各地から彼に会うために総領事館を訪問してきたという。招待状を直接届けるだけのために、わざわざ遠くから来る人も少なくなかった。
「アメリカ人の感覚では、招待状は郵送で十分です。しかし、日本人はわざわざ足を運んで会いに来てくれました。アメリカ人なら効率を重視してメールや電話で済ませますが、この直接訪問する行為が、日本人が相手への敬意を示す文化なのです」とマロット氏は語った。
マロット氏は、このような日本独特の交渉スタイルや意思決定アプローチ、日本人の慎重さや礼儀正しさを理解した上で、米政府の代表として日米交渉の場に立った。「日本人のことは理解できない」というアメリカ人の意見には反論し、日本人を理解するには、日本語だけでなく、身振り手振りや表情、挨拶、相づち、敬語なども含めて理解することの重要性を訴えたという。
マロット氏自身、日本人の考え方は理解していると思っていたが、それでもわからない時は日本のスタイルに合わせて、できる限り礼儀正しく質問するようにしていたという。長年の対日交渉の経験を通じ、こうした文化や価値観を理解していったことがうかがえる。
では、現場で日本人と向き合ってきたもう一人の元米高官は、どのように見ているのか。
韓国語のスペシャリストとして空軍に入隊し35年所属。その間、韓国の米軍基地に2回、日本の米軍三沢基地にも2回駐留した。
中国の米国大使館では駐在武官としての経験もある。統合参謀本部の戦略・計画・政策局では、アジア担当も務めた。空軍准将として退役後、第1次トランプ政権では国務省で日本、中国、朝鮮半島など東アジア地域政策を担当する国務次官補を務めた。韓国語、中国語が流暢で、日本語にも精通する東アジア政策の専門家だ。
スティルウェル氏の夫人は日系3世だ。日常生活の中で、日本の習慣や文化に触れる機会が多かったという。
そのため、初訪日前の日本の印象は、実際に訪問してもあまり変わらなかったという。スティルウェル氏は、馴染みがない日本の習慣や生活に戸惑っていた部下に、日本人の性格や手法について多くの助言をしたことがあったという。
日本人は「イエス」と言わない
日本人の性格について、スティルウェル氏はこう語る。「日本人は非常に時間に正確で礼儀正しい。ただ、交渉の場では簡単にイエスとは言わない」
さらに、日本人特有の表現についてこう説明する。
「日本人が『難しいです』と言えば、答えはノーだ。『多分』と言っても、やはりノーだ」
交渉を動かす「飲みにケーション」
そして、スティルウェル氏は、交渉手段として「飲みにケーション」の大事さを部下に伝えたという。スティルウェル氏はこう説明する。「まず事前ミーティングをする。そのあと一緒に食事に行く。生ビールで乾杯して酒を飲む。そして酒の席で真剣な話をする」
「飲みにケーション」の翌日、二日酔いの状態でようやく「イエス」という答えになる。
そんなスティルウェル氏でも、日本に駐留後、初めて知ったことや驚きもあったという。駅のプラットフォームで電車待ちの列があることも、訪日後に初めて知ったという。知らずに列に割り込む形で待っていると、日本人がイラッとすることも学んだ。
三沢基地での経験と学んだ日米の違い
部下の不祥事があり、テレビカメラの前で謝罪することになった。だが、日本式の謝罪方法を知らず、自分のやり方でやったら批判された。その後、日本式の適切なお辞儀の角度と秒数を学び、日本式の謝罪方法を何度も練習したという。
日米は、習慣や文化に違いがあり、当然、交渉方法にも違いがある。スティルウェル氏は、日米の交渉相手との間に自然な摩擦があるとし、そのスタイルの違いを「アメリカ人はせっかちで、手っ取り早く問題解決をしたがる。日本人は、相手のことを知るまでは、決断を慌てず、問題解決を優先させない」ことだと強調する。そのうえで、自身も日本のスタイルを十分に理解せず「アメリカ人は社交辞令や世間話を省き、いきなり本題に入る。要求を提示し、受け入れを迫る。
スティルウェル氏は、日米政府間の交渉は、「変化を求めるアメリカ」と「現状維持を望む日本」という構図が一般的だと指摘。物事を変えることに熱心で常に急いでいるアメリカ人と現状に満足している日本人の間に違いがあるのは自然なことであり、「アメリカ側はどのようにして物事を変えたいか明確に日本側に説明する必要がある」と話した。
「私はカンゴクに1年いた」
スティルウェル氏自身が経験し感じた日本人の礼儀正しさは、相手に明確なノーを突きつけたり、失礼になることを言わないことだった。だが、スティルウェル氏は、日本人の礼儀正しさにまつわる“忘れられない出来事”があると語る。三沢基地に赴任後、スティルウェル氏は日本側の関係者に初めて自己紹介した。日本語を少し話すと「日本語お上手ですね」と褒められたため、続けて「私は、カンゴクに1年いて、そこから来ました」と言った。すると、日本人は皆、驚いた表情を見せた。その後も同じように自己紹介したが、やはり驚かれたことを鮮明に覚えているという。
スティルウェル氏は、中国を「ちゅう・ごく」と読むのは知っていたため、韓国も「かん・ごく」と読むと勘違いしていた。「韓国に1年いた」と言っていたつもりが、「監獄に1年いた」と聞こえてしまったのだ。
それを親しい日本の友人に指摘されたのは、かなり後のことだった。
時代が変わっても、日本人は礼儀正しい
時代が移り、政権が変われば、交渉のアプローチも変わっていく。マロット氏が経験した「情報収集マシーン」アプローチや「何でも直接会って話す」習慣、かつてスティルウェル氏が強調した「飲みにケーション」のような交渉スタイルも、時代とともに変化しているのかもしれない。
現職の米外交官にも、現在の日本人との交渉について聞いてみた。詳細については語らなかったが、「日本人は、とても礼儀正しい」と返ってきた答えはシンプルだった。
時代が変わっても、「日本人は礼儀正しい」という印象だけは変わっていないようだ。
<取材・文/阿部貴晃(海外書き人クラブ/ワシントンDC在住ライター)>
【阿部貴晃(海外書き人クラブ)】
アメリカ在住のジャーナリスト。日系メディアのワシントン支局で20年以上、国際関係を中心に報道し、ホワイトハウスや米国の政治・社会、国際情勢を取材。2025年4月よりワシントンDCを拠点にフリージャーナリストとして活動。日米関係やワシントンDCから見たアメリカについて執筆している。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
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