東京は歌舞伎町、なにかと誘惑の多いこの街に話題のケーキ屋がある。周囲は夜の店がひしめく雑居ビル。
ShortCakeCompany(shortcakeco_)――平日午後5時に開店し、深夜まで明かりが灯る店だ。通常卓30席に加え、カウンターに5席のおひとり様専用席を設けるなど、じっくりスイーツに向き合いたい人からも人気を得ている。それもそのはず、ショートケーキのクリームは希少なジャージー生クリーム。受注生産で取り寄せているほどのこだわりが光る。
 同店のオーナー・岳野めぐみさん(47歳)は、母親から日常的に虐待を受け、高校卒業と同時に「今日から出ていってね」と追い出されて以来、身ひとつで成り上がった。彼女の半生に耳を傾けた。

時給50円で月300時間労働…「お父さんが何人もいた」“虐待...の画像はこちら >>

母が経営する焼肉屋で毎月300時間働く

――中学生時代から働かれていたと伺いました。

岳野めぐみ:そうですね。生まれは大阪府です。母はシングルマザーで、水商売で成功した女性ですが、そのお金を元手に焼肉屋をオープンさせていました。当時、3店舗あり、そこで中学生から働いていました。高校生になると、そのうちの一店舗の店長ポジションを任され、採用面接なども担当することになりました。毎月300時間超は働かされていたと思います。


――学校に行く時間は……。

岳野めぐみ:ほとんどないですね。だから不登校状態が続くときもあって、担任の先生が家庭訪問に来たりもしましたが、たいていの場合は家政婦さんが対応していて、先生も要領を掴めずに帰っていった感じだと思います。

時給600円がうらやましかった

――家族経営となると、給料のようなものは発生するのでしょうか。

岳野めぐみ:お小遣いみたいな金額ですよね。中学生で時給50円、高校生で時給100円でした。高校時代は、友人がアルバイトをすると時給600円もらえるというような話を聞いて、「いいなぁ」と思っていました。

――少なさに驚くわけですが、お金の使い道はどのようなものでしょう。

岳野めぐみ:母が途中から「学費も自分で出しな」と言ってきて、払っていたと思います。府立高校なので学費そのものは安いのですが、それでも毎月3万円ほどしかもらえないなかからの出費は痛いですよね。

“今年のお父さん”みたいな人が何人も

――奴隷的な働き方に加え、ご家庭では暴力もあった。

岳野めぐみ:殴る、蹴るは普通にありました。「うちのご飯を食べるな」ということもあり、仕方がないので自分の給料からご飯を買ったりもしていましたね。それから今振り返ると精神的にくるのは、家に水商売の人が入れ替わり同居していることですよね。
誰の子どもかわからない子を身ごもっている女性とか、彼氏のDVから逃れてきた女性とか。それから母は男性も年単位で変わるので、“今年のお父さん”みたいな人が何人もいました。当然、別で彼氏もいます。

――休まらなそうな家庭ですね。

岳野めぐみ:母のことが好きで家に出入りしている男性のなかに、居候の女性にベタベタする人がいたり、あるいは私と2人きりで食事をするおじさんもいたり……。とにかく異様な雰囲気だったと思います。当時は「こんなもんか」と思っていたけれど、小学校高学年から中学生くらいになると「おっぱい大きくなったか」と触ってくるおじさんもいて。普通に気持ちが悪かったですね。

――高卒と同時に、ご自宅を出る。

岳野めぐみ:ええ、母によそで就職したい旨を伝えたら、もう使えないと判断されたみたいで。「それなら出ていきなさい」と。当時、2個上くらいの大学生と交際していたので、少しの間だけでいいので身を置かせてもらえないか頼んだのですが、彼氏が消極的で。
そのとき「年上で頼れると思ってたけど、案外男性は頼りないな」と残念に思いましたね。

彼氏は裏切るけど、仕事は裏切らない

――彼氏に断られて、住み込みの、いわゆるリゾートバイトをされたとか。

岳野めぐみ:そうです、リゾバ自体は高校時代に実家の焼肉屋が休業する年末年始などに経験がありました。実家での働き方を経験しているので、外で働くほうが楽で、しかもきちんと報酬をもらえるのが嬉しくて。「これだけの労働で月40万円ももらえるんだ」と感動したのを覚えていますね。彼氏は裏切るけど、仕事は裏切らない――というような考え方が定着したのも、この頃かもしれません。極端に言えば、「金しか勝たん」みたいな。

――しかし27歳で結婚されていますよね。

岳野めぐみ:はい、確かに結婚しているんですが、正直に言えば、当時は愛情というものがよくわかりませんでした。あの頃は銀座の女将をやっていて、そこの板前さんと結婚したんです。求婚されたとき、ちょうど彼に外務省の公邸で料理を作る仕事が入って。私は銀座の店が居心地が良かったので随行したくなかったんです。ただ、フランスなら行きたいなと思っていたところ、フランスに行けることになったので結婚しました。
「自分も結婚すれば、愛情がわかって、真人間になれるかも」という期待もありました。

――“愛情”がわかるようになったのは、もっと先ですか。

岳野めぐみ:そうですね。フランスで大統領の交代があって、外国人の就労について厳しくなり、私は労働が禁止されたんです。働くことは今も昔も生き甲斐なので、いよいよフランスにいる理由がなくなり、帰国しました。もともとアニメ好きだったこともあり、一念発起して秋葉原のメイドカフェで働くなどしているうちに、オタクサークルを立ち上げ、アニソンイベントを取材し始め、そこで仲間の必要性などを学んだ気がしますね。

「男性に対する怒り」も

――ところで、お母様には成人後も悩まされたとか。

岳野めぐみ:結婚の少し前、早朝に警察が来て、「大阪府のこの物件に差し押さえ令状が出ている」というんです。よく調べてみると、母が私の印鑑を無断で使用して親子ローンを組んでいた物件であることがわかりました。急いで大阪に帰って問いただしても、「あんたも帰る家が必要やろ」などと開き直るばかりで、話し合いになりませんでした。

 その前から、クレジットカードを作ろうとして断られることがあり、「なんでだろう?」とは思っていたんです。自分名義での滞納があるため、私は銀行から借りて起業することが難しくなったと思いました。それで当時の彼と結婚した、という打算も少しあります。


――岳野さんの根底にはお母様に対する負の感情はもちろん、男性に対する怒りもありますか。

岳野めぐみ:昔から、おじさんと相性がよくないんですよね。セクハラ、パワハラを受けやすいかもしれません。ホストクラブの広報として事務職をしたこともありましたが、あまりにおじさんたちが旧態依然としていて、「自分で事業をやろう」と舵を切った経緯があります。

――具体的に旧態依然と感じた点を教えてください。

岳野めぐみ:私が経験したことでいうと、「岳野さんは1回もお茶を汲んでくれない」「朝、(全体に挨拶を言うのみで)俺のところに個別に挨拶に来ないのはおかしい」みたいな、業務効率と無縁の小言でしょうか。それから広報のために接待にお土産を持っていったりしていると「遊びに行って給料もらっていいね」とか。

――岳野さんが感じる“おじさんのよくないところ”はどんなところでしょう。

岳野めぐみ:「◯◯ちゃん」呼びに代表されるように、基本的に女性を格下にみてリスペクトがないところでしょうか。それから、上から目線のアドバイスをするわりに、実際に頼ろうとすると意外とあてにならない点も落胆させられますね。自分の経験則だけが唯一の指針で、新しいものを受け入れられない点も改善すべきだなと思います。私がおじさんと相性がよくないのは、おそらく、幼少期から実家に出入りしていたおじさんたちに辟易していたことが根底にあると思います。


児童養護施設に出向くワケ

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「子どもが喜ぶ姿」はやりがいのひとつでもある
――話題は変わりますが、岳野さんは児童養護施設などにボランティアでケーキ作りを教えに行ったりしていますよね。

岳野めぐみ:私は児童養護施設に入ることはありませんでしたが、もしも当時入れるものなら入りたかったなと感じる程度には、家庭環境に問題があったと思います。実際にボランティアに行って感じることですが、入所している子たちに将来のことを聞いても、「◯◯がやりたい」という希望はほとんど耳にしません。それよりは「寮のあるところがいい」などの実際の生活に即した答えが多い印象です。人生に安易に希望を持てない気持ちは、僭越ながら私も理解できるつもりです。だからこそ、応援したいと思っているんです。

――ボランティア団体ではなく、個人でボランティア活動をするのはどうしてでしょう。

岳野めぐみ:定年した高齢者が善意でボランティアをすることは悪いことではないと思うのですが、一方で、そうした年代の人に傷つけられてきた少年少女も少なくないと私は想像します。「いいことをしている」という自負で満足してしまって、本当に当事者たちが困っていることに寄り添えているかと考えた時に、私は個人でできることをやろうと思いました。

――ケーキを目の前にすると、子どもの表情も変わりますか。

岳野めぐみ:そうですね、ケーキはおめでたいことやご褒美の場面で登場するものですから、自然に笑顔が増えますよね。そういう点で、ケーキ屋を選んで良かったなと感じます。

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 ShortCakeCompanyでは現在、10名ほどのスタッフが稼働している。採用基準は「本気で変わろうとしているか否か」。岳野さんは「なるべく多くの人に変わるチャンスを、とは思う」と目を細める。もがいた経験があるから、人の痛みに自らの面影を重ねられる。濃密でありながら後を引かない同店のショートケーキの甘みが、かつて岳野さんが探しあてた愛情にも似ている。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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