「話したいことがたくさんあるんですよね」と笑顔を向ける俳優・津田寛治さん(60歳)。昨年はエストニアのタリン・ブラックナイト映画祭で、主演作『The Frog and the Water』が日本人俳優初の最優秀男優賞を受賞するなど、一線での活躍を続けている。

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 そんな津田さんに、自身の名前をタイトルに配した主演作であり、リアルと虚構が入り交じっていく異色の“サスペンス”となった最新映画『津田寛治に撮休はない』の舞台裏に始まり、現在の「俳優・津田」につながるエピソードを聞いた。

「予想外が飛び込んでこなくなる」いまも電車移動を続けるワケ

——北野武監督の『ソナチネ』で映画デビューし、本当に多くの作品に出られてきました。成功後も、メジャー作品だけでなく、短編やインディーズ系の映画にも積極的に出演されていますが、ポリシーがあるのでしょうか。

津田寛治(以下、津田):
いろんな仕事やってる人はかっこいいなとは思います。「売れたらこの仕事はやらないんじゃないか」とか選ぶようになったら、自分自身がつまらないなと。普段の生活にしてもね、たとえば「付き人がいて車移動でしょう?」とか思われたりすることもあるんですけど、普通に電車を使っているんですよ。車にしたこともあったんですけど、それだと家から目的地に着くだけなんで、予想外のものが飛び込んでこなくなるんです。それってつまらないなって。

「2日に一度しか寝られない」極貧生活も…津田寛治が明かす「下積み時代に事務所を辞めた“決定的な一言”」
(C) 映画『津田寛治に撮休はない』製作委員会
——主演を務められた映画『津田寛治に撮休はない』は、それこそ、観客にとっていい意味で“予想外”の、リアルと虚構が入り交じる不思議な“サスペンス”になっていきます。「津田寛治」を演じられましたが、萱野孝幸監督からの事前の取材は一切なかったと聞いて驚きました。

津田:
そうなんですよ。でも、脚本を読んだとき「やっぱり自分にすごく近い」というか、あんまり人に言ってないことも書かれてたりしていて驚きました。それに何よりすごく面白い脚本で。
相当真剣にこの作品のことを考えていただいていたんだなというのが伝わってきて嬉しかったですし、監督の中で一番本当にやりたかったのっていうのがサスペンスなんだろうなというのも感じました。

監督の演出に「あ、俺は今『津田寛治』なんだ」と納得

——人間ドラマだと想像していたので意外でした。

津田:
虚構と現実の境が分からなくなってしまった俳優が起こしていくサスペンスです。僕は知らなかったんですけど、WOWOWさんで同じ感じのタイトルのドラマシリーズがあるんですね。『だれだれの撮休』みたいな。

——ご存じなかったんですね。

津田:
僕は知らなくて。ただ一般的には、そうしたドラマのタイトルも浮かぶし、一見それのパロディかと思いきや、全然違うサスペンスになっていくと。そうした計算も、監督の中にはあったのかなと思います。

——「自分を演じる」という体験は純粋にいかがでしたか?

津田:
撮影中に、「いや、俺はその音量でここは喋んないけど」と監督に言ったことがあったんです。「俺は……津田は喋んないですよ」みたいに言ったら、「いやいや、津田さんじゃなくて津田なんです。(この映画の登場人物である)津田はその音量で喋るんです」って。「あ、俺は今『津田寛治』なんだ」ということはありました(笑)。


「映画を観るほど暇じゃない」極貧生活よりも辛かったのは

「2日に一度しか寝られない」極貧生活も…津田寛治が明かす「下積み時代に事務所を辞めた“決定的な一言”」
津田寛治さん
——津田さんは、ご著書『悪役』も出されています。「役者をあきらめようと思った瞬間はない」と書かれていますが、それでも若い頃の貧乏体験は相当過酷だったようですね。

津田:
貧乏な時って、東京という街から“拒絶されている感”が半端ないんです。「俺ここにいちゃいけねえのかな」と感じてしまう。一間の部屋に毛布と、(福井県から)上京してきた時に持ってきたズタ袋があるだけ。冬は寒くて寝れなくて、2日に一度しか寝られないんです。お金かかるから電気は契約もしてなくて、夜はコンビニで買ってきたろうそくを立てて、本を読んでました。

——一時期事務所に所属するも、そうした物理的な貧乏状態よりも辛かった出来事があったのをきっかけに、当時の事務所を辞めることになったとのことで。

津田:
当時、マネージャーさんに「最近、なんの映画を観ましたか?」と聞いたら、「こっちは映画を観てるほど暇じゃないんだ」と言われてしまって。その一言で「ここにいちゃダメだ」と。その時の崖っぷち感は半端なかったです。「とにかく辞めて、インプットだ!」と思いました。どこにでもいるような顔して中肉中背で何の特技もない、それでも役者になりたい。
「そんなの無理だよ」となるかもしれないけど、「じゃあ俺は、なんでこんなに役者になりたいと思ってるんだ?」と。改めて考えると、「やっぱりスクリーンの向こうに行きたい」「映画の仕事に関わりたい」んだと思ったんです。

「2日に一度しか寝られない」極貧生活も…津田寛治が明かす「下積み時代に事務所を辞めた“決定的な一言”」
(C) 映画『津田寛治に撮休はない』製作委員会
——津田さんといえば、映画デビューに繋がった北野武監督とのエピソードが有名ですが、ほかにも好きな監督にご自身でプロフィールを渡しに行っていたと。

津田:
はい。5時間とか、平気でガードレールに座って待ってました。それでも監督が帰ってこない時は、ポストにプロフィールだけ入れて帰ったりしてましたね。

「大杉チルドレン」としての想い

――そうした下積み時代を経て、キャリアを重ねてこられました。様々な方との出会いがあったと思いますが、大杉漣さんの存在も非常に大きかったそうですね。

津田:
めっちゃでかいですね。大杉さんは、こちらからお願いしたらそれに応えてくれるとかじゃなくて、大杉さんのほうから、電話をしてきてくれるんです。「どうしてんの? 最近。俺さ、SABUっていうのと、あと黒沢清って、すげえいい監督見つけてさ、津田くん紹介するよ。今度舞台挨拶やるから、そこにおいでよ」と呼んでくれたりするんです。
俺から頼む以前に、大杉さんのほうからチャンスをくれる。

——それは津田さんに目をかけていたからでは。

津田:
それが、そういったことをいろんな人にやってるんです。これからの俳優に。だから「大杉チルドレン」がいっぱいいるんですよ。

今作の撮影現場にも「漣さん、近くにいらっしゃったんじゃないかな」

「2日に一度しか寝られない」極貧生活も…津田寛治が明かす「下積み時代に事務所を辞めた“決定的な一言”」
(C) 映画『津田寛治に撮休はない』製作委員会
――そうなんですね。津田さんは「いまも大杉さんの声が聞こえる」とお話しされていたこともありましたが、還暦を迎えられた今の津田さんには、どんな言葉をかけてくれると思いますか?

津田:
「楽しいよね」って言うんじゃないかな。「寛ちゃん、楽しいでしょ。楽しいよね」って。今って、大杉さんがとてつもなく好きな時代になっていると思うから。

――というと?

津田:
たとえば、俺自身、還暦とか言われても実感がまるでないんです。それは俺が若いとかじゃなくて、時代がそうなっているというか。
還暦だろうが別に関係ない。何歳だろうと好きなことができる。それって、大杉さんに持ってこいの時代だし、本当に生きていて欲しかったなと思います。たくさんの人に好かれていて、あれだけ自由奔放にやって、他人を全部認めている。「それはダメだよ」みたいなことは、あまり聞いたことがなかった。今こそ、本当に大杉さんの時代だなと思うんですよね。

——今作も観てもらいたいですね。

津田:
うん。今回、渡辺哲さんに出てもらったんですけど、本当は大杉さんにも出てもらいたかったです。以前、目黒シネマで「津田寛治ナイト」をやってもらったときに、武さんの『ソナチネ』をフィルムで上映したことがあって。大杉さんと哲さんにも来てもらったんです。そのとき大杉さんが、「ちょっと預かってきた」と言って、武さんからの手紙を持ってきてくれました。
ほんと、今回も大杉さんと3人での掛け合いができていたら——。でも意外と、今作の撮影のとき、近くにいらっしゃったんじゃないかなと思ってるんですよね。

<取材・文・撮影/望月ふみ ヘアメイク/馬場エミリ スタイリスト/三原千春>

【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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