数字さえ上げれば何をやっても許されると勘違いする「数字至上主義者」はどの業界にも存在する。そうした振る舞いが許される環境の場合、その万能感に取り憑かれ、一線を超えてしまう者もいるようだ。

 かつて都内の不動産会社に勤務していた武藤拓也さん(仮名・45歳)は、当時の上司だった課長の橘さん(仮名)のことを思い出すと、いまだに辛くなるという。

「稼げない奴に人権はない」部下を罵倒しまくるトップ営業マンが...の画像はこちら >>

圧倒的な結果を残すが、人間性は…

「橘は社内でも『怪物』的な存在でした。常に営業成績はトップクラス。表彰台の常連で、高額のインセンティブで買った高級外車を乗り回し、いつもブランド物のスーツに身を包んでいました。それだけ仕事ができたということですが、人間性は『最悪』の一言」

 橘さんは契約が決まるたびに、武藤さんら部下を飲みに連れ出し、いかに自分が優れているかを語って聞かせた。

「それだけならまだ良いんですが、『お前ら、稼げない奴に人権なんてねえんだよ。取れないお前らの分を俺が稼いでやってるんだから、お前らが奢れ』と罵倒された上に奢らされて……。飲み会を欠席すると、さらに激詰めされるので行かないわけにもいかず……王様のように振る舞っていて」

 まだ「パワハラ」という言葉が、今ほど一般的ではない20年以上前のことだったが、当時としても明らかに度を越していたという。

「橘は時には顧客を騙すような手法で強引に契約を取ることもあったんですが、そうした顧客からのクレームが入ると、『武藤に任せていたのに、顧客への連絡を怠った』とこちらに責任を押し付け、保身を図ることまでするんです」

左遷され、上層部に対して悪態をつきまくる

 だが、そんな無敵の立場が揺らぐ出来事が起きた。

「春の人事異動で、橘に『カスタマーサポートセンターへ異動』という辞令が出たんです。建物や設備の修繕などを担当する裏方的な部署で、橘にとっては左遷的な人事でした」

 営業部のエースだと自認していた橘さんにとって、到底受け入れられる人事ではなかった。

「辞令が出てからというものキレ散らかしていましたね。『上の能無しどもが、成果を出している俺を妬んでクソみたいな辞令を出しやがった』と周囲に毒を吐きまくっていました」

 そんな折に、年度末の飲み会が開かれることになった。

「橘はその席でも上司にも聞こえるぐらいの大声で人事異動に対する文句を言っていました。
何次会かでバーに行くことになったんですが、その席で、部長と話をしていた橘が、『俺がいなくなったら、この支店の数字がどうなるか分かってんのか! お前らはまともな評価もできねえのかよ!』と食ってかかったんです」

とんでもない悪事をやらかしていた

 部長は冷静に「外で話そう」と言い、橘さんを連れ出すことに。一触即発の様子だったため、武藤さんと同僚は後を追うことにした。

「案の定、橘は外に出るなり、部長の胸ぐらを掴み始めたんです。それに部長も激昂して、『お前が無理やり契約させた顧客たちから、損害賠償の裁判を起こされている。会社にどれだけの損害が出てると思ってるんだ!』と怒鳴っていました」

 それでも橘さんは「それ以上の成果を出してるだろ!」と食い下がった。

「ですが、部長が次に放った言葉で、橘は沈黙することになりました。『それだけじゃない。お前が今年入った新卒の女性社員に、無理やり酒を飲ませて何をしたかもわかってるんだぞ。親御さんが弁護士を立てて会社に来た。本来なら懲戒解雇もんだ。それを彼女の意向もあって、『異動』という形で収めてやったんだ!』と詰め寄ったんです」

 流石の橘さんも動揺を隠せない様子だった。

「どうするのかと思って見ていましたが、橘の口から出たのは、『それは……向こうだって楽しんでいたはずで……』という救いようのないものでした。
その言葉を聞いた部長の、心底蔑むような目が忘れられません」

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 その後、橘さんは一度もカスタマーサポート部門のデスクに座ることなく、会社を去っていったという。

<TEXT/和泉太郎>

【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め
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