―[その判決に異議あり!]―

’18年、千葉県内で起きた性的暴行事件で、米国籍のクリストファー・ステイブン・ペインさんが有罪判決を受けた。その控訴審でDNA鑑定の結果を改ざんした疑いが浮上。
弁護側の再検証を受け、東京高裁は昨年12月、一審判決を破棄し、審理を千葉地裁に差し戻した。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「DNA鑑定改ざん疑惑『クリス事件』差し戻し判決」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

検査人は鑑定結果を編集できる。DNA鑑定と「人質司法」の闇!

「DNA鑑定が改ざんされた疑い」元裁判官が危惧する、性的暴行...の画像はこちら >>
 昨年、佐賀県警によるDNA鑑定の不正改ざん問題が大きな話題となった。元科捜研の職員が7年にわたって鑑定手続きを偽装。証拠隠滅にも及んだとして起訴された。DNA鑑定の信頼性そのものを揺るがす事件だったが、今回紹介するクリス事件もまた、軌を一にするものである。

 ’18年に千葉県内で発生した女性に対する性的暴行事件で、強制性交致傷の容疑で逮捕・起訴された米国籍のクリスさんは、DNA鑑定が決め手となり千葉地裁の裁判員裁判で懲役8年の有罪判決を受けた。

 しかし、この判決を不服として被告は東京高裁に控訴。弁護団が証拠となったDNA鑑定を改めて精査したところ、基礎データであるエレクトロフェログラム(EPG)に「編集」した形跡があったという。

 実は、このEPGは、検査者によって容易に編集できる。そのため、クリスさんが犯人であるかのような鑑定結果を検査者が人為的に作り出した疑惑が出てきたのだ。


 そこで弁護団は、アメリカの専門家に再鑑定を依頼する。その結果、検査者がEPGに、クリスさんのDNA型を複数個所「上書き」していたばかりか、真犯人のものと思われるDNA型を「削除」し、2人の型が“矛盾しないように”データを改ざんしていた可能性があることが明らかとなったのだ。

 東京高裁の家令和典裁判長は、「DNA型鑑定が科学的に信頼できる方法で行われたのかを改めて検討する必要がある」と指摘。審理を千葉地裁に差し戻し、地裁で再審理されることになった。

 無実の被告が精度の低い旧方式のDNA鑑定で無期懲役とされた足利事件では、冤罪を証明するまで実に18年の時間を要した。

 このとき、DNA鑑定が冤罪を生むことの怖さが社会に共有されたはずだった。だが、佐賀県警の一連の不正やクリス事件を見るにつけ、警察は足利事件の教訓を共有しているとは言いがたい。さらに言えば、教訓を胸に刻んでいないのは裁判所も同様で、長期にわたって被告の保釈を認めない「人質司法」は今も何ら変わってない。

警察によるDNA鑑定の偽造は、許されることではない

 クリスさんは、今に至るまで一度も保釈を許されず、すでに4年以上も身柄拘束が続いている。

 過去に本欄でも取り上げた大川原化工機冤罪事件では、裁判所が社会から痛烈な非難を浴びた。

 被告の一人は、逮捕当初から一貫して無実を訴えるなか進行性の胃がんが発覚。7回の保釈請求を行ったものの、認められることなく死亡した。


 その後、事件自体が捏造されたものと明らかになったが、裁判所当局はこの件について、謝罪も検証もしておらず、コメントすら出していない。

 クリスさんが獄につながれて4年以上が経過した。最終的に無罪を勝ち取っても、これでは長期間の拘禁刑に服したのと同じである。

 警察によるDNA鑑定の偽造は許されることではない。だが、無実の人間に対する長時間の身柄拘束もまた、重大な人権侵害なのだ。

 裁判所がこの「人質司法」の問題に組織を挙げて取り組まなければ、裁判官の意識改革は行われず、同様の人権侵害がこれからも繰り返されることになるだろう。

<文/岡口基一>

―[その判決に異議あり!]―

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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