取材で見えてきたのは“異国で働く苦労”ではない。
韓国の若者が日本で働きたい理由
労働政策研究・研修機構によると、日本で働く韓国人労働者は’14年の3万7262人から、’24年には7万5003人に増加。この10年間で約2倍になっている。「もう韓国に戻って働ける自信がないですね」
そう語るのは、日本のIT企業でプログラマーとして働く来日4年目のパクさん(仮名・29歳)。
開発者になるために大学でコーディングを学んだのち、「新卒でもインターンなどでの実務経験が求められる」という韓国ではなく、ポテンシャルを見込んでくれる日本での就職を選んだ。
「キャッシュレスをはじめ、IT化が進んでいる韓国と比べ、日本ではいまだ現金払いや印鑑の文化が残っていると知って驚きました。印鑑なんて、日本に来て人生で初めてつくりました。
一方で、VR機器のレンタルサービスを先駆けて展開していたりと、ギャップがおもしろかった。この国なら、まだ新しいものを生み出せるし、よい経験が積める。そう思ったのも、日本での就職を決めた理由でした」
日本で働くなかで、職場環境のよさを感じる場面が多かったと話す。とくに日韓での“責任の所在”の違いが印象的だったとか。
「韓国では新人だとしても、ミスは個人の責任です。でも、日本では組織全体のミスと捉えます。前に仕事で失敗したとき、管理者に必死の思いで謝ったら『それを管理するのが私の仕事だから、そこまで謝らなくていいよ』と言われ、思わず泣いてしまいました」
日本独特のチーム文化に安心感を覚えながら、難しさも感じるようになった。
「日本の会社は、細かいことまで報告しなければならないので大変です。韓国では『ユドリ』(日本語の『ゆとり』に由来する言葉で、融通の意味でも使われる)と言って、ある程度は個人の裁量で行っていいことになっています。
だから、緊急かつ簡単に済ませられる要件は自己判断でいいのですが、日本ではそうすると怒られます。うちはITなので、クリック一つで済むようなことでも、上の許可を待っていなければならないのはヤキモキします」
「次は何をすればいいですか?」韓国では無能扱い
「韓国では、『次は何をすればいいですか?』の質問は無能扱いです。
韓国は仕事でも何でも“早く早く”やる文化なので、自分から学び、タスクをこなしていくのが基本。日本はのんびりしていると思います」
日本で4年働き、十分な経験を積んだように思えるが、韓国に戻って就職するのは現実的ではないという。
「韓国で満足のいく給与の企業に就職するためには、留学経験、資格や職歴といったスペックが大事です。TOEICの点数なんて、満点の990点に近くないとアピール材料になりません。しかも、英語以外の言葉も話せる必要があります。
日本での経験は、日本との関わりがある企業じゃないと意味がないので、韓国では就業の幅が狭まってしまいます」
日本は新人にとって天国。韓国では2年働いて昇給50円
新卒にまで“経験”を求めるのは、先進的なIT業界に限った話ではない。ホテル業界を志し、大学を休学して福岡で正社員として働いていたチェさん(仮名・24歳)は「父親の反対を押し切って来日を決めた」という。韓国でのキャリアアップを見据え、日本企業で経験を積むことが一番の目的だった。
それに新人として働くならば、お金も日本のほうがいいんです。’23年に韓国で正社員として働いたとき、給料は時給換算すると1000円以下でしたが、日本では1500円。韓国は2年働いても50円しか昇給しなかったので『日本って最高!』って感じです」
チェさんもまた、日本の職場では「ぬるさ」を実感したという。
「日本は仕事のスピードがゆっくりだし、優しい人ばかり。韓国でミスしたときは、一日中怒られていましたね。
ただ、個人で成果を出したいと思ったときに、どうしても日本は“ぬるさ”や“非効率さ”を感じてしまうことはあります。仕事ぶりに対しては『大丈夫』としか言われないし、もう少しフィードバックがほしいくらいです」
現在は大学を卒業し、就職するため韓国に戻ってきているというチェさん。日本ではその働きぶりが評価され、元上司から「いつでも待ってる」とラブコールを受けているそうだ。
韓国人材にとって日本は“パラダイス”ではない
続々と来日してくる韓国人材は、日本人材を圧迫するのだろうか。日韓関係を取材するライターの安宿緑氏は、「一部の業界に限られるのではないか」と補足する。
「ITやゲームといった『日本語が完璧でなくても戦える分野』や、ホテルや化粧品のような『韓国語が武器になる分野』では流入が進みます。
韓国の大学生は、並行して専門学校に通って異なるスキルをつけることも珍しくなく、軒並み高スペックで向上心が強い。日本企業からしても魅力的に映るでしょう。韓国人材が熾烈すぎる競争社会から離れ、日本企業に目を向けるのは自然な流れだと思います」
ただ、「日本は楽に稼げる国」という認識で日本に過度な期待を寄せる韓国人材について、安氏は懐疑的な態度を示す。
「近年は、円安の影響で日本で働く経済的メリットが著しく低下しています。
かつてのような『日本企業から欧米企業へのステップアップ』というルートもほぼ存在せず、日本語のコスパの悪さに気づく人が現れるのは時間の問題でしょう」
また、日本で韓国人を受け入れているメンタルクリニックには、想像とのギャップに苦しむ患者が後を絶たないという。
「日本企業特有の“空気を読む文化”や“ことなかれ主義”に適応できなかった韓国人は『自分だけが頑張っている』と孤立し、メンタルを崩して帰国するケースもあります。
来日者が増えれば、同じ割合で“去る人”も増えていくでしょうね」
“ぬるさ”だけに惹かれて日本にたどり着いたとしても、そこは“ぬるい地獄”かもしれない。
<取材・文/松浦聡美>
【松浦さとみ】
韓国のじめっとしたアングラ情報を嗅ぎ回ることに生きがいを感じるライター。新卒入社した会社を4年で辞め、コロナ禍で唯一国境が開かれていた韓国へ留学し、韓国の魅力に気づく。
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