2015年に放送された『中年純情物語~地下アイドルに恋して~』、その続編として2017年に放送された『その後の中年純情物語』は、中年男性の「キヨちゃん」がアイドルに夢中になる姿を追ったもので、異色のドキュメンタリーとして多くの視聴者の心を打った。今でも伝説の神回と言われている名作だ。
当時、小泉は何を感じてアイドル活動をしていたのか。その後の彼女にはどんな変化があったのか。『ザ・ノンフィクション』の放送だけでは知ることができなかった小泉の想いを語ってもらった。(全2回の1回目)
声を掛けてきた人物の正体は、まさかの…
――そもそも、なぜアイドル活動を始められたのですか?小泉りあ:当時、私は茨城県から東京の大学に通っていました。もともとは歯医者さんでアルバイトをしていたのですが、大学3年の時にそこを辞めて新しいアルバイトを探していたんです。そんな時に渋谷で「仕事を探してますか?」って声を掛けられました。ちょうどアルバイトを探していたので、神様が現れたって喜んで(笑)。これがSOD(ソフトオンデマンド)のキャッチの人でした。
――カタモミ女子はSODの企画だったんですよね。SODがどんな会社かは知っていましたか?
小泉りあ:いや、全くわからず……。仕事を探してくれるって言ってるので、いい人だなって。仕事内容としては、渋谷にあったお店でお客さんから指名されたら、「カタモミ」をしたり会話をする。
周囲の反応は芳しくなかった
小泉りあ:もちろん当時はAKBやももクロが人気だったので、見てはいました。ただ、話を聞いた段階では、あくまで店内だけのアイドルだと思っていて、自分がアイドルになったつもりはまったくなかったんです。そもそも人前に立つことも興味がありませんでした。
――当時、友達や両親など周囲の反応は?
小泉りあ:SODがどんな会社なのかを理解をしていなかったので、会社の話はしていませんでした。ただ、グアムに行ってお金がもらえるアルバイトなんて絶対にやばいよ、危ないよって心配されました。
普通に就職するのが物足りなかった
――仕事としてのやりがいはどう感じていましたか?小泉りあ:アルバイトなんで、楽しいとかやりがいがあるとかは考えずに、淡々とこなしていたと思います。グアムから帰国すると、20人くらいが辞めてしまって、私を含めて5人くらいしか残りませんでした。正直、私もみんなから「危ない」と言われていたので、辞めたいと言ったら、「せっかくグアムまで行って頑張ったんだし、義理みたいなものは何も感じないの」って言われて、「そうですよね……」と答えるしかなかったです。ずっと辞めたいと思っていたのですが、明確に「ノー」と言えないまま、グダグダといることになりました。ただ一方で、私はこのまま大学を卒業して普通に就職するのも何か物足りないと感じていて、そこで学校は1年休学をすることにします。その理由として、親には「カタモミ女子を頑張ってみたい」と説明しました。特別にやる気があったわけではないのですが、自分の自由な時間の言い訳に使ったんです。親は自分でお金を払うならいいよと納得してくれました。
――休学してアイドル活動に対する意識は変わりましたか?
小泉りあ:いや……。あまり(笑)。やっぱり辞めたいって思ってました。アイドルとして笑顔でいることに、「なんで楽しくもないのに笑わないといけないの」って思っていたし。
ファンがストーカー化することも
――その後、カタモミ女子は活動の場を渋谷から秋葉原に移すことになります。小泉りあ:秋葉原では「カタモミ」をする場所の上の階にライブスペースもあって、そこでライブをすることになります。私は「カタモミ」の売り上げは高かったんです。人の話を聞くのって今も好きで、お客さんの仕事のことや趣味の話などを聞かせてもらうのは、すごく楽しかったです。ただ、そのお客さんをライブに誘おうとは思えませんでした。他のメンバーは、「カタモミ」のお客さんをライブに誘うってやり方だったのですが、私はそれがうまくできなかったんです。だからアイドルとしてのファンは、しばらくはゼロ。他の女の子にはアイドルとしてのファンがいましたが、私はファンがいないことが辛いとも思いませんでした。
――カタモミ女子のコンセプトは他のアイドルと比べて、ファンとの距離が近いですよね。何か嫌な経験などはありましたか?
小泉りあ:ストーカーみたいなことは珍しくなかったです。今から考えると自分の振る舞いもよくなかったなって感じるところがあります。勘違いをさせるようなこともたくさん言っていたと思います。
――ストーカーというのは、実際にどんな被害にあったのですか? お店を出たら待っていたり……。
小泉りあ:そうですね。気づいたら、家の近くでまだついてきていて。スタッフさんに相談をしたら、そんなファンをどう扱うかも仕事のうちだみたいに言われて。当時はそういう時代だったんです。他のメンバーも同じような悩みは抱えていたと思いますし、そんなことが原因で辞めていった子もいました。また、あるメンバーは矢面に立ってくれて、「これ以上、いじめるなら、それは好きとは違う」って言ってくれたこともありました。すると今度はその子がいじめの対象みたいな感じになってしまったり。
メンバーは「友達ではなかった」
――メンバー間は仲が良かったですか?小泉りあ:仲良くなるのはダメだって言われていました。連絡先は交換していましたが、ライバルであって友達ではないって言われてました。私は誰かが1番になったりすることがうれしかったのですが、それも喜んではダメだって。私は納得してなかったのですが、「言いたいことがあるなら売り上げを持って来い」って言われてしまって。
――そんな中で、『中年純情物語~地下アイドルに恋して~』に登場したキヨちゃんと出会うんですね。
小泉りあ:秋葉原に移って定期ライブをしていて、他のファンの方が連れてきてくれたんだと思います。ただ当時、私はファンがゼロみたいな頃。そんな中で、キヨちゃんが私に「応援します」と言ってくれました。
――キヨちゃんはどんなファンでしたか?
小泉りあ:基本的には他のファンと変わらないと思います。愛情が強すぎてトラブルになったこともありました。私から厳しく注意をしたこともあって、そんな時は無言のまま下を向いていました。
ビジネスモデルに限界を感じて、番組内で卒業を発表
――そもそも、なぜ『ノンフィクション』に取り上げられることになったのですか?小泉りあ:メンバーが、グループをどうにかしたいってよく異業種交流会に参加していたんです。その中で、秋葉原について取り上げたいというディレクターさんと出会ったそうです。そこでそのディレクターさんが取材をする中で、キヨちゃんを気に入ったという流れでした。
――番組内では卒業が発表されました。
小泉りあ:事業としては売り上げが伸びないということで、このアイドル事業をなくす方向になっていきました。でも当時、メンバー同士ではすごく頑張っていたという自負はあったんです。ただ、これ以上、頑張れっていっても現実的には今いるお客さんにもっとお金を出してもらうという方法しかなくて。このやり方も限度はありますよね。他にも店長と会社側でトラブルもありました。そんな中でメンバーからも、こんなに頑張っていてもうまくいかないならもう辞めようという話になっていったんです。
――小泉さんの当時の心境は?
小泉りあ:実は番組に取材をされていた頃って、キヨちゃんがファンになってくれるって言ってくれたこともあって、私はやる気が出てきたところでした。ただタイミングが悪かったですね。直前まで、私はどうするかとても悩みました。この時にはスタッフさんへの恩も感じていましたし。私たちを支えてくれていたことは事実なので簡単に「もう、いいや」とは言いたくなかったんです。なかなか自分がどうするかは事務所に言えませんでした。それでも番組で放送をされた通り、結局は卒業することになりました。
放送後に「不思議な感覚」になった
――放送直後はどんな反応がありましたか?小泉りあ:私にとってはあくまで日常の延長に過ぎない出来事だったので、それが反響を呼んだことには正直、不思議な感覚がありました。ネット上では中傷とも言えるような事実と異なる指摘を受けることもあって、言い返したい気持ちになることもありました。いまでは何を言われても気にならなくなりましたが、当時はネットの声にかなり敏感になっていたと思います。
――両親の反応は?
小泉りあ:親はさっさとアイドル活動は辞めてもらって就職してもらいたいと考えていたようですが、「こんなに注目をされたならば、頑張って何か続けてみたらという気持ちにもなっちゃう……」と複雑な気分だったようです。番組を通して、ファンの方たちがどんな気持ちで応援しているのかがわかったんだと思います。
再結成するも、5ヶ月で活動中止に
――「カタモミ女子」卒業後は?小泉りあ:カタモミ女子を卒業したのが3月で、4月から大学に復学をしました。すぐに「カタモミ女子」を辞めたメンバーでグループを結成することになって、私も加わることになったんです。学校に行きながらアイドル活動を再開しました。ただこの新しいグループも5ヶ月で活動中止になってしまいます。セルフプロデュースだったので、どうグループを進めていくかでメンバー同士の仲が悪くなってしまって、ほぼ喧嘩別れみたいな感じでした。
――再び、進路を考えることになったんですね。
小泉りあ:これまで私はずっと他人のゴタゴタに巻き込まれる形で、活動を諦めることに気づきました。結局、それで悲しい思いをするのはファンの人たちです。私も人の事情で私の進む道を邪魔されたくないという感情を持つようになって、そこから今度はソロで活動をしていこうと決めたんです。ここから先、私はとにかく辞めない。私が最後の砦として、ファンが戻ってこられるような場所を作れるように頑張ろうって気持ちになったんです。
――その後も、キヨちゃんは応援をしてくれたんですか?
小泉りあ:カタモミ女子を辞めて、次のグループの時も、そしてソロになってもずっと応援をしてくれました。
<取材・文/海老原一哉>
【海老原一哉】
1980年生まれ。ライター。元夕刊紙記者。週刊誌での人物インタビューなどを中心にカルチャー、芸能、スポーツなど幅広い分野を取材。ジャンルを超えて「異端」とされる人物、テーマを追いかけている。
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