Z世代は、飲み会や同僚との付き合いに消極的だという話をよく聞きます。気の合う仲間や、気がおける相手を選ぶ傾向があり、それ以外は”コミニュケーション”による疲れが出てストレスになるのだとか。

 今回は、仕事帰りに乗車したタクシーで経験した“コミュニケーション”疲れについてのエピソードを紹介します。

仕事帰り唯一の「聖域」だったはずの車内

 都内の中堅出版社に勤務する細川さん(仮名・35歳)は、最近、激務の波に飲み込まれていました。

 配属された旅系情報誌の部署は、社内でも期待の新星。WEB記事のインプレッション数がすべてという風潮もあり、スタッフ全員が異様な熱気でデスクにしがみついているといいます。

「定時なんて概念、今の部署には存在しませんね。みんな『もっと面白いネタを』と必死なんです。さすがに徹夜は禁止されていますが、終電を逃すのは日常茶飯事ですよ」

 そんな細川さんにとって、深夜のタクシー帰宅は唯一の「休息場」でした。

 重いカバンをシートに放り込み、静寂の中で目を閉じる。自宅までのわずかな時間が、すり減った精神を回復させる聖域となっていたのです。

 しかし、先日の夜、その平穏は一人のドライバーによって無残に打ち砕かれました。

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「いつものように『甲州街道をまっすぐ、環七を左で……』と行き先を告げたんです。あとは眠るだけ、そう思っていたんですけどね」

始まりは「退屈でしょ」という優しい問いかけから

 タクシーが夜の都心を走り出して間もなく、ハンドルを握る70代後半とおぼしきシニアドライバーが、柔和な声で話しかけてきました。

「お客さん、こんな時間までお仕事? 退屈でしょ。よければ少しお話ししませんか」

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タクシー
 頭が薄くなった初老のドライバーは、見た目も声色も非常に穏やかでした。


 疲れ果てていた細川さんは、強い拒絶感を示す気力もなく、「あ、はあ……」と曖昧な返事をしてしまったといいます。しかし、これがすべての失敗の始まりでした。

「僕の曖昧な返事を『快諾』と受け取ったんでしょうね。そこからは、まるでダムが決壊したように、そのおじいさんドライバーの独演会が始まったんです」

 語られた内容は、ドライバー自身の波乱万丈な半生でした。若かりし頃の結婚式の思い出から始まり、かつて経営していた会社が倒産した際の大苦労。話題は脈絡なく飛び火し、聞いている側を置き去りにして加速していきました。

延々と続くまるでAMラジオのような語り

 細川さんを最も疲れさせたのは、ドライバーの「確認作業」だったといいます。話の区切りごとに、ドライバーは必ずルームミラー越しに細川さんの目を見て、こう尋ねてきました。

「ね、今の状況、伝わります? 苦労したんですよ」

「無下するのも申し訳なくて、『あ、はい……』と相槌を打つしかありませんでした。すると相手はますます乗ってきてしまって。話題は孫の成長記録から、近所のゴミ出しトラブルまで、延々と続きました」

 その口調はブツブツと独り言のようでもあり、まるで深夜のAMラジオから流れるお悩み相談を強制的に聞かされている気分だったと細川さんは振り返ります。

 本当ならば「静かにしてほしい」とはっきり告げるべきでしたが、細川さんは元来、人当たりが良く断れない性格。結局、環七を曲がり、自宅の街灯が見えてくるまで、一秒の空白もないノンストップの自分語りに付き合わされることになったのです。


「乗らなきゃよかった」と後悔するも時既に遅し

 ようやく目的地に到着し、支払いの段になった時、ドライバーは急に申し訳なさそうな表情を浮かべてこう尋ねてきたそうです。

「……お客さん、やっぱり迷惑でしたかね?」

 その寂しげな問いかけに、細川さんの「断れない性格」が再び顔を出してしまいました。喉元まで出かかっていた不満を飲み込み、結局「いえ、大丈夫ですよ」と引きつった笑顔で答えてしまったのです。

「車を降りた瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきました。休息するためのタクシーだったのに、仕事より気を遣ってしまって。本当に『乗らなきゃよかった』と心から後悔しましたよ」

 以来、細川さんはタクシーを利用する際、あえて若いドライバーの車を選んで乗るようになったといいます。深夜、煌々と光る「空車」の文字を見つけても、そこにシニアドライバーの姿が見えると、つい一歩引いてしまう。

「あのおじいさんには悪いですけど、僕が必要なのは、話相手ではなく静寂なんです。自分の優しさが仇となる夜は、もう二度と御免ですから」

 苦笑いしながら語る細川さんの帰路は、今日も少しだけ慎重な「ドライバー選び」から始まっているといいます。

<TEXT/八木正規>

【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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